第23章 故郷
2062年。
会議室に呼ばれたハルトは、迎賓館に向かっていた。アメリカのリチャードから連絡が来たらしい。
会議室に入ると、モニターにはリチャードとトーマスが映っており、クリスと笑顔で会話をしていた。
ハルトも会話に加わる。
「久しぶり、リチャード、トーマス」
「久しぶりハルト! 今日は伝えたいことがあって連絡したんだ。郵便の件、トアから聞いたよ。現在アメリカで大型貨物船を建造している。この船を使って、手紙や物資を定期的に世界中へ運べるようにと考えているんだ」
「リチャード……! それは凄いよ! みんなが喜ぶね」
「ハルトのアイデアで、世界中の仲間が動き出したんですよ。アマチュア無線の実験も成功すれば、互いの安否もすぐに分かりますからね。視線が世界に向けられるのは素晴らしいことです。国なんて関係ない……人類として繋がっていることこそが、未来の強みになりますから」
「リチャード、本当にありがとう。楽しみに待っているよ」
――それから2年の歳月が流れた。2064年。
アマチュア無線の実験は、結の郷、第二結の郷(満奇洞)、そして山小屋との間で日常的に問題なく通信できるようになっていた。
そしてついに、世界各地の拠点と足並みが揃い、地球規模の通信実験を行う日がやってきたのだ。
迎賓館の裏手。杉本一家が作った竹アンテナ塔の下で、メンバーが固唾をのんで見守っている。
「接続完了だ。真空管、ヒーター通電……!」
煌がスイッチを入れると、木製筐体の中で山本の手吹きガラス管が、ぽっと淡い橙色に灯った。
電線から微かなノイズ音が、スピーカー代わりに設置した手製レシーバーから漏れ聞こえてくる。
「ハルト、電鍵を叩いてみてくれ。周波数はトアが調整してくれた短波帯だ」
後藤に促され、ハルトは真田が真鍮で削り出した電鍵に指を置いた。
トントン、ツーツーと、無機質だが確かな電気信号が、竹のアンテナを通じて上空の電離層へと放射されていく。
送信しているのは、かつて世界中で使われた共通の救援信号と、自分たちの存在を示す識別コード。
『CQ CQ CQ DE JINNAI YUI NO SATO……(こちら結の郷、応答願います)』
何度も、何度も電鍵を叩く。だが、レシーバーから返ってくるのは「ザーッ」という虚しいノイズばかりだった。
「……やっぱり、山に囲まれたこの地形じゃ、電離層へ跳ね返る前に減衰しちまうのか?」
陸がアンテナを見上げながら焦りを見せる。
「待って。今は電離層のコンディションが切り替わる日没直前だ。焦っちゃダメだ」
海が静かに手元のクロノメーターを睨みつける。
その時だった。ノイズの波の向こうから、極めて微弱な「ト・ト・ツー・ト」という規則的な信号が混じり始めた。
「! 音が変わったぞ!」
真生が叫ぶ。煌が即座に手製のダイヤルをミリ単位で微調整すると、ノイズが急激に引き下がり、クリアなモールス信号が途切れ途切れに響き渡った。
『— . . . . — . — . . . — . . . —』
「……R-A-F-A-E-L-A……!」
光が受信紙に即座にコードを書き起こし、目を見開いた。
「ラファエラさんだ! フランスの拠点から返信が来た!!」
「マジかよ……! 聞こえた、本当に地球の裏側と繋がったんだ!」
陸と海が思わず拳を突き出し、真生と煌が大声をあげてハイタッチを交わした。
ハルトは震える指で再び電鍵を握り、ゆっくりとメッセージを打ち返した。
『こちら結の郷。ワクチンの製造ライン確立に成功。そちらの状況はどうだ? Over』
数秒の沈黙の後、今度はモールス信号ではなく、真空管の増幅回路を通じたノイズ混じりの「人間の声」が、スピーカーから小さく、けれどはっきりと響き渡った。
『……聞こえますか、ハルト! こちらフランス、ラファエラです! 無線の開通、そしてワクチンの完成おめでとう! こちらも……こちらのチームも全員無事です!!』
その声が届いた瞬間、集まっていた全員から地鳴りのような歓声が上がった。
勢いに乗り、トアの周波数調整のもと、次々と世界各地のトアコーポレーションの拠点との通信が試みられた。
ドイツのガブリエルからは、手仕事による農工具の再現と保存食の進捗が届いた。
イギリス、オーストラリア、カナダの拠点……途切れ途切れの音声やモールス信号ではあったが、地球上のあらゆる場所で、仲間たちが同じ志で生き抜き、未来への準備を進めていることが確かめられていく。
そして、空が茜色に染まりきった頃。
最後に繋がったのは、大西洋を越えたアメリカの拠点だった。
ノイズの向こうから、聞き慣れた懐かしい声が力強く響き渡った。
『……ハルト! クリス! 聞こえるか! こちらアメリカのリチャードだ!』
「リチャード!!」
ハルトとクリスが思わずスピーカーに駆け寄る。
『ハルト、君の言った通りだったよ! 職人たちの技術で作ったこのローテク無線機が、僕たちを世界と繋いでくれた! こちらも大型貨物船の建造が完成間近だ。インフラが途絶えても、僕たちの絆と手紙は止まらないぞ!』
リチャードの弾んだ声に、ハルトは目頭を熱くしながらマイクを握りしめた。
「ありがとう、リチャード! 君たちがいてくれて本当に心強いよ。船が完成したら、一番に手紙を送るからね!」
『ああ、楽しみに待っているよ! 僕たちは国境を超えた一つの家族だ。未来のために、共に生き抜こう!』
通信が切れた後も、レシーバーの向こうにある世界中の温もりを感じ、誰もが言葉を失うほどの感動に包まれていた。
最先端のマイクロチップも、人工衛星も使っていない。
木と、漆と、ガラスと、手紡ぎの絹。そして職人たちの血の通った手技だけで組み上げた無線機が、途絶えかけた世界と結の郷を確かに繋いだのだ。
「やったな、ハルト」
クリスがハルトの肩を強く叩く。
「ああ……これでインフラが完全に途絶えても、僕たちは孤立しない。地球のどこにいても、手紙とこの無線で、いつだって助け合える」
ハルトは棚田の風を受けながら、丸くなって眠る子犬たちを見つめた。
文明が砂となろうとも、職人の技と人間同士の絆がある限り、この郷の未来が途切れることは絶対にない。
沈みゆく夕日の中、ハルトは世界メンバーの顔を思い出し思いを馳せた。
♢
1週間後、緊急サイレンが鳴る。
サイレンが鳴ったのは、初めてだった。
ハルト、クリス、後藤は、慌てて会議室に向かった。
「ハルト!!」
疲れきった顔のリチャードがいつもとは別の場所から連絡してきている。
「リチャードどうしたの?そこは?」
リチャードは、深呼吸して
「私は今、要塞船の中にいるだ。アメリカのトア・コーポレーションのメンバーと家族全員だ。今、日本に向かっている」
(え⁈何があったんだ?)
あまりの急な出来事にハルトは思考が一瞬止まった。
「レジスタンスと名乗る武装集団に襲撃されたんだ。アメリカにはいくつもの武装集団がいるのは知っていたが、トア・コーポレーションの拠点が見つかってしまった。私達は、拠点を捨て必要な物を全て持って脱出した。」
「え?じゃあネクサスやマイケルの家は?」
リチャードは、下を向いて少しの間沈黙する。手だけが小刻みに震えている。
「武装集団に悪用されないように、見たことがないくらいのトアの昆虫ナノマシンでネクサスや父の家も一瞬で、砂になったよ。トアは準備していたんだと思う。そして本気で何も残さないつもりだ!!」
ハルトは、クリスや後藤の顔を見る。
あのネクサスの地下の会議室で世界メンバーと話し合った日々、居心地の良かったマイケルの豪邸。ハルトの頭に走馬灯の如く記憶が巡っていた。
「リチャード。君達を歓迎するよ。何が必要か?いつでも連絡して」
「ありがとうハルト。完成したばかりの大型貨物船も一緒に向かってるから」
「分かった。気をつけてね」
リチャードの通信が切れた。
クリスは、青ざめている。
懐かしい故郷が一瞬で砂になったのだ。
そこへ慌てて煌が飛んできた。
「父さん!!サイレンが鳴ったけど何があったの?」
ハルトは、煌に説明した。
煌は、目を見開いたまま拳を握りしめ、拳が震えている。
「義父さん大丈夫ですか?」
クリスは、ショックを受けていたが
「ああ大丈夫。それよりアメリカメンバーと家族達を迎える準備をしないと‥」
ハルトは、佐伯の執務室に向かう。
「佐伯、アメリカからリチャード達が来る。用意して。あと、皆辛い思いをしてるから、いつもより念入りにおもてなししてあげてほしい。」
「かしこまりました」
ハルトは、トアの言葉を思い出していた。
日本にも武装した集団がいる。人間が減り、野生動物がいる以上、武装するのも仕方ないだろう。しかし結の郷とは異質な集団なのだ。距離的に、すぐには来られない位置にいるらしいが、安心はできない。
ハルトは、リチャード達が無事に日本に着くようにと心から祈るのだった。
(第24章へ続く)




