第24章 それぞれの道
2064年。
地球規模の通信実験に成功し、大型貨物船も完成した矢先のことだった。アメリカ拠点が突然の襲撃を受け、世界中のメンバーに困惑が広がっていた。
かつてサンノゼ空港だった場所は、今やただの平地と化している。巨大IT企業が立ち並んでいたエリアにも何も残っておらず、ただ広大な土地に草花が揺れているだけだった。
唯一残されていたネクサス敷地内のマイケルの豪邸も、畑のあったトア・コーポレーションの拠点も、ことごとく平地へと戻された。
トアは人間だけを残し、武装集団の車両、兵器、食糧、資材のすべてを砂へと変えたのだ。そして過去最大規模となったナノマシン群は、アメリカ全土に潜む武装集団の地下施設や車両、兵器、食糧など、あらゆる物資をことごとく砂へと還すため、今も空を飛び回っている。ただ、ハルトたちのように自給自足で暮らしている集落については、ナノマシン群は無視して通り過ぎ、インフラ停止までは様子を見ていた。
そして多くの人類は、昨年から「楽園」でメタバースの世界に移行されていた。武装集団が生き残るには、自給自足か、楽園へ向かうほかない。感情を持たず、ただ地球再生のために最適化を導き出すトアには、今回のアメリカ拠点襲撃に対する怒りなど存在しなかった。ただ淡々と、人間と自然が共生するための世界を整えたに過ぎない。
だが、リチャードをはじめとするアメリカのトア・コーポレーションの人間たちにとっては違った。数十年かけて築き上げたものすべてを失った彼らは、深い喪失感を抱えたまま日本への旅路についていた。
一方、ハルトたちはリチャードたちが日本に着いてから不自由しないよう、受け入れ準備に追われていた。リチャードの話によれば、幹部以外のメンバーは要塞船で寝泊まりする予定だという。
やがて、リチャードたちを乗せた船が日本に到着した。
結の郷へと足を踏み入れたのは、リチャードの家族、そしてトーマスの家族だった。他の人々は要塞船に残っている。
彼らの姿を見るなり、クリスは駆け出して両親と強く抱き合った。美琴、陸、海、空の子供たちも「おじいちゃん! おばあちゃん!」と祖父母のもとへ駆け寄っていく。
「無事でよかった……父さん、母さん」
ハルトと光も歩み寄り、静かに声をかけた。
「どうか、ゆっくり羽を伸ばしてください」
クリスの父である塚野氏がハルトに近づき、深く頭を下げた。
「念願だった『結の郷』にようやく来られました。よろしくお願いします」
二人は固く手を取り合った。
その夜、一行は迎賓館へ向かった。
迎賓館に入ると、マイケルの幸せそうに微笑んでいる写真が出迎える。ハルトたちの結婚式の写真もあり、そこには世界メンバーも写っていた。
リチャードは、マイケルの写真の前に行くと――
「父さん……」
嗚咽と共に泣き崩れてしまった。トーマスが駆け寄り、肩を震わせている。
リチャードは、自分の不手際で、父が心血を注ぎ作ったネクサスや家がすべて砂になったと深く後悔していたのだ。
「リチャード!!」
ハルトは駆け寄り、後ろから力強く抱きしめた。
言葉が出なかった。少しの間を置き、ハルトは囁いた。
「温泉に行かないか? 結の郷自慢の温泉なんだ」
リチャードとトーマスを連れ、ハルトは温泉に向かった。
湯船につかりながら、リチャードがぽつりと呟く。
「ハルト、ありがとう。父の顔を見たら色々と思い出してしまって……後悔ばかり考えてしまう。父なら、もっと上手に立ち回っていたと思うと……」
「リチャードは悪くないよ。あのトアだって気づかなかったんだから」
すると、てんとう虫通信からトアの声が響いた。
『リチャード。ハルトの言う通りです。あなたが何も気にする必要はありません』
「トア!! ここは男湯なんだぞ!!」
ハルトは慌ててお湯の中で手足を動かし、身体を隠す。
『私には性別がありません』
「そういう問題じゃないだろ、こんなところまで来るなよ!!」
トーマスが思わず「プッ」と吹き出した。
三人で顔を見合わせ、やがて大きな笑い声が浴場に響き渡る。
リチャードは、色々な意味でハルトに救われた気がしていた。
温泉上がりの会議室。
「トーマス、みんなの様子はどうだ?」
双子の兄弟であるトーマスに、クリスが尋ねた。
「ああ、体はみんな大丈夫だ。ただ……数十年かけて作り上げてきたものが一瞬で砂になってしまったからな。正直、みんなかなり参っているよ」
「そうだろうな……。希望する人には、いつでも郷の温泉や施設を見学に来てもらって構わないからな」
「ありがとう、みんなに伝えておくよ。この郷の景色と温泉なら、きっとみんなの心を癒やしてくれるはずだ」
ハルトもまた、傷ついた人々が少しずつ元気を取り戻し、再び立ち上がれる日が来ることを心から祈っていた。
それから数日。アメリカから来た人々も、結の郷での散策を楽しむくらいには心が落ち着いてきたようだった。
ハルトの発案で、かつてこの地にあったテーマパークを部分的に復活させ、観光気分を味わってもらえるように工夫した。
休憩所にはピエール特製のプリンやシフォンケーキ、ばあちゃん直伝のいなり寿司、朝採れの新鮮な野菜などが自由に食べられるよう並べられた。
また、三重の塔で結城紬を織る鈴木さん一家の手仕事を眺めたり、鍾乳洞内にある蔵を見学して試食を楽しんだりもした。彼らもトア・コーポレーションの大切な仲間だ。居住区への出入りも自由に認められ、誰もが温泉や豊かな自然を満喫していた。
迎賓館の食堂には、リチャード一家、トーマス一家、クリス一家、ハルト一家、そして後藤一家などが一堂に会した。テーブルにはプリンやシフォンケーキ、いなり寿司やサンドイッチなどの軽食とスイーツが所狭しと並び、和やかな歓談の輪が広がっている。
塚野氏がいなり寿司を美味しそうに頬張りながら言った。
「これは本当に美味しい! クリスから噂には聞いていましたが、手仕事の温もりを感じますね」
ハルトは誇らしげに微笑んだ。
「うちのばあちゃん自慢のレシピなんですよ」
すると、それまで少し考え込んでいたトーマスが口を開いた。
「ハルトさん、実は……もし可能なら、例の『壁画』を見せていただくことはできますか?」
「え? あの地下の壁画ですか? 封印の入り口を開ければすぐ見られますが……」
「昔から、そういう古代の歴史やロマンに関するものが大好きなんです」
そこへ、ハルトの息子の煌がやってきた。
「父さん、壁画って何のこと?」
「ああ。鍾乳洞を掘削しているときに、偶然見つけたんだよ。当時はニュースになると開発が遅れてしまうから、いったん封印したんだ。明日、みんなで行ってみようか」
翌日。鍾乳洞の奥にある封印された扉が開けられ、一行は地下へと伸びる階段を降りて行った。
目の前の壁一面に広がる古代壁画に、全員が言葉を失い、見入った。
「これは……かつて存在した高度な文明が、何かに失敗して逃げてきた記録なのか?」
この手の分野に目がないトーマスは、目を輝かせながらあちこち動き回って調べ始めた。
「すごいな。よくぞこれほど綺麗な状態で残っていたものだ」
「……なんだか、少し俺たちに似ているな」
ポツリとつぶやいたのはリチャードだった。
ハルトはリチャードの肩に手を置き、まっすぐな目で見つめた。
「でも、この壁画を描いた人たちの世代は生き残って、巡り巡って俺たちの血肉になっているかもしれない。生きてさえいれば、人間は何度でもやり直せるんだよ」
ハルトは言葉を重ねた。
「リチャードたちも、今は辛いと思う。でも幸いなことに、みんなこうして元気に生きている。思い出や経験は、胸の中でずっと生き続けるんだ。失った『物』なら、また作ればいい。俺たちも全力で手伝うからさ。もう一度、1から一緒にがんばろう」
リチャードは深く息を吐き、ハルトを見つめ返した。
「そうだな……。また作ればいいだけのことか。よし、船のみんなと話し合ってくるよ」
その後、リチャードたちは仲間全員で話し合いを行った。アメリカに帰れるその日が来るまで、それぞれの「ルーツ」を目指すことに決まった。
日本に残るチーム、先祖の故郷であるドイツを目指す者、イギリスへ向かう者――各自がゆかりのある地へと避難することになったのだ。
数日後、要塞船は結の郷からのたくさんのお土産と希望を積み込み、世界各国の地を目指して旅立っていった。トアから「アメリカの安全が確認された」という連絡が入るその日まで。
日本には、現地に馴染みの深い採掘チームや塗装チーム、そしてリチャードとトーマスの家族が残ることになった。彼らのチームは、これから満奇洞の開発を力強く手伝ってくれるという。
ハルトは、リチャードに額に入れたマイケルの写真を渡した。
「ありがとう、ハルト。父の写真が何も残っていなかったから、お願いしようと思っていたんだ」
ハルトは、リチャードの肩をポンポンと優しく叩いた。
それぞれの人間が、それぞれの選択した道を歩み出す。
いつか、愛する故郷へ帰るその日まで。
(第25章へ続く)




