第16章 子供たちへ
2061年。あれから3年が経過した。
満奇洞に作った結の郷2号には、とりあえず寝泊まりできるよう、長屋風の建物が建てられていた。宮大工チームや煌たち2世、弟子たちは、結の郷からこちらに移り住み、作業を続けている。
これから、結の郷2号は発展するのだ。
結の郷からは、親方たちが用意した物資がトラックで届けられている。
結の郷2号には、電気、ガス、水道に頼らない生活のため、共同井戸を掘り、山小屋同様にバイオ・コンポストトイレも作った。
そして、屋根にはソーラー瓦がついている。
トアのてんとう虫を使い温泉も掘り当て、風呂場と洗濯室を作り冬場のお湯を確保した。
そして難しいのが食品の保存だった。
皆で知恵を出し合い、煌たち2世チームは、まず氷池を作り冬場に綺麗な氷を切り出し、鍾乳洞内の奥に作られた氷室に運び入れ、天然の冷凍庫を作り、郷で作られた燻製肉や魚の干物などを保存した。
そして現在は、トアの作った無数の虫型ナノマシンが、野生化した動物に畑やヤギ達が襲われないように管理してくれているが、それもいつまでも続かないので、両方の郷に、柵を作る作業も進んでいった。
真生は、ハルトに提案する。
「父さん。犬を飼ったらどうかな?きちんと躾すれば、友達にも番犬にもなるんじゃないかな?図書館で、犬の訓練本を見つけたんだ」
「分かった。ミコ姉に相談してみよう」
ハルトと真生は、美琴の元へ向かった。
美琴は、ヤギの診察をしている。
「あ、ミコ姉!ちょっと相談があるんだけれど」
「あ、何かしら?」
「真生が、犬を飼ったらどうか?って言ってるんだ。きちんと訓練すれば友達にも番犬にもなるんじゃないかな?って」
「狂犬病などのワクチンは確保してあるから、飼っても大丈夫よ。それに——」
美琴は聴診器を白衣のポケットにしまい、真生とハルトの顔をまっすぐに見据えて続けた。
「今は、トアが管理してくれているようだけれど、これからインフラが止まって人間が減っていくと、里に降りてくる野生動物がもっと近づいてくるようになるわ。作物を荒らされるだけならまだしも、一番怖いのは狂犬病や未知の寄生虫・ウイルスを持ち込まれることよ」
美琴は話を続ける。
「それに、野生の動物は夜の暗闇に紛れて突然やってくる。人間の耳や目だけではどうしても限界があるの。人間よりはるかに優れた嗅覚と聴覚を持つ犬をちゃんとした番犬として育てておけば、危険をいち早く察知して警戒してくれる。番犬としてはもちろん、この広大な自然の中で子どもたちの最高の相棒になってくれるはずよ。もちろん、私もしっかり健康管理とワクチン接種をサポートするから、安心していいわ」
「ありがとう、美琴さん!」
「早速トアに相談してみるよ」
ハルトと真生は、会議室に向かった。
モニターに映るトア。
「ハルト、久しぶりです。何か問題でもありましたか?」
相変わらず淡々と話すトアだった。
「野生動物から皆を守る将来を考えて犬を飼ったらどうか?って話が出ているんだ」
トアは少し考えている。
「ワクチンは、ありますか?」
「ミコ姉は、あるって言ってたよ。それに来週ガブリエルが来るから、自分達でワクチンを作る実験をする予定なんだ」
「分かりました。結の郷に向いた犬種を探して届けます。それと……」
トアは少し間を置いて、さらに淡々と言葉を続けた。
「あなたたちが長く犬を飼育し、代を重ねていく上で『近親交配による遺伝的な弱体化』が課題になることは想定済みです。すでに最初の個体と一緒に、多様な犬種の凍結精液と受精卵を納めた特殊な超低温ストックも用意しましょう。美琴さんの医療技術であれば、将来的にも血統の多様性を維持することが可能です」
ハルトと真生は、トアの想像を絶する先回りした配慮に思わず顔を見合わせた。
「そこまで考えてくれていたのか……! ありがとう、トア」
「どういたしまして。人間が生き残るための、ささやかなバックアップです」
「ありがとう、トア」
そう。美琴も言っていたがワクチンは必須だった。2058年に、人類が楽園に行ってすぐ、陣内、光、煌たちは、ありったけのワクチンを郷の超低温フリーザーに保管した。
美琴は、動物用のワクチンを確保した。
野生化した動物が郷に来た時の為である。
今いる住人はワクチンを接種しているが、未来の子供たちの為に必要な事だった。
ただし、ワクチンには有効期限がある。保存状態を保っても10年以内には使えなくなるだろう。
光とえまの提案で、新たにワクチンを作る研究所を郷に作った。
トアに過去の医学文献や製造記録を解析してもらい、ワクチンを作っていく。破傷風も天然痘も、ワクチンが開発されてからすでに数百年が経っている。牛を飼育する設備はないが、トアのナノマシン技術や、かつて高度医療を支えた培養タンクの解析を応用すれば、家畜に頼らずとも細胞培養や遺伝子工学のラインを再構築することは可能だった。犬を飼うなら、狂犬病のワクチンも同ラインで作る必要があるだろう。
来週には、ガブリエルが要塞船でドイツから共同研究に来てくれることになっている。彼が持ち込んでくれる精密試薬やバイオリアクターの交換部品は、失われた技術を取り戻す大きな力になるはずだ。迎賓館メンバーも久しぶりの来客に盛り上がっていた。
第17章へ続く。




