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第15章 次世代へのバトン

挿絵(By みてみん)

2058年。人類が楽園に向かい、結の郷テーマパークには、誰一人として観光客が来なくなった。それでも工房は、変わらず忙しく動き続けている。


郷の外の土地も自由に使えるようになった。

ハルトは、郷のすぐ側にある墓地に向かう。

そこは石碑ではなく、桜の木が植えられており、春になると桜の花びらが舞い散る中で彼らに会いに行くのだ。


そこには、婆ちゃん、沖田船長、源の母、そして畳職人の金森が眠っている。自分たちもいずれ、彼らと一緒にこの桜の木の下で眠るのだ。


「婆ちゃん。いなり寿司持ってきたよ。光の腕も上がって、婆ちゃんの味に近づいてきたよ。沖田船長や伯母ちゃん、金森さんの分もあるんだ。みんなで食べてね」


ハルトや後藤の両親も、今では結の郷の住人だ。トアは年老いた家族には試験もなく住むことを許してくれた。おそらく、悪影響はないと判断したのだろう。


ハルトの長男・煌(こう)は20歳になり、陣内や光のもとで医学の勉強をしている。次男の真生(マイク)は17歳になり、ハルトや後藤と一緒にヤギたちの世話と畑作りに精を出していた。


後藤の長女・仁愛(にか)も20歳になり、えまについて薬草の知識を深めている。


源の娘、花はジェームズと結婚し、宮大工チームに加わり新しい風を運んでくれている。

源には可愛い孫、太郎が出来た。


そして郷の職人たちには、全員に後継者が育っていた。実の子であったり、弟子であったり、テーマパークの見学がきっかけで弟子入りした若者もいる。順調に技が受け継がれていた。


一番意外だったのが漆職人の小出で、セラフィナと共にカナダへ赴き、漁船へ漆を焼き付ける技を伝授していた際、現地塗装チームのギルバートが「日本で学びたい」と言い出したことだった。元々日本のアニメファンだったギルバートの姉・アンと小出は意気投合し、嫁と弟子を同時に得て帰国したのだった。小出にも長男の貞治(ジョージ)が誕生し、頼もしい後継者が増えた。これで、漆黒の乗り物やソーラー瓦はこれからも作られ続けていくだろう。


結の郷は、食料も衣類も充実していた。

外の世界では自然に還らないものが容赦なく砂へと変えられているが、郷には猶予が与えられている。


居住区では、まだ電化製品が使えていた。

そう。2113年のインフラ停止までは——。

ただし、いくら新品を集めたとはいえクーラーなどの家電は補充が効かないため、壊れたらそこで終わりだ。山頂付近での完全な自給自足の暮らしも、住人たちはまだ誰も経験していない。インフラが止められる頃まで生きていけるのは、子どもや孫の世代なのだ。


煌も、その現実に気づいていた。


「ねえ、父さん。相談したいことがあるんだ」


「何だい?」


「新しい結の郷を作りたいんだ。完全にインフラ無しの」


「そうか……場所はどうするんだ?」


煌は言葉を続けた。


「同じ新見にある満奇洞にしたいと思います。

山は、これまで通り花見山を使い、あそこに小屋を増築します。僕たちはインフラ無しの生活に慣れておかないといけないから、父さんが言っていた『夏は山で暮らし、冬は郷で暮らす』生活を始めます」


「そうか……」


ハルトは、かつてマイケルが抱いていた気持ちに近いものを煌たちに感じていた。

生まれながらに過酷な未来を背負わせてしまったという、申し訳なさのようなものを——。ハルトの表情を察したのか、煌が優しく笑った。


「父さん。僕たちは生まれてきて良かったと思ってるよ。こんな素晴らしい人たちに出会えるなんて、奇跡だと思ってる」


ハルトは目頭を熱くし、涙をこぼした。


「ありがとう、煌……! じゃあ、みんなに伝えて新しい結の郷を作ろう」


ハルトは目元をぐっと拭うと、すぐに郷の仲間たちを集めるよう声をかけた。


集会所に集まった職人や仲間たちの前で、ハルトの隣に立った立派に成長した煌が、まっすぐな瞳で自身の考えと「第二の結の郷」計画を語った。


「2113年、トアのインフラが完全に停止した時、試されるのは僕たちの世代、そして僕たちの子どもたちの世代です。だからこそ、今あるインフラが生きているうちに、新見の『満奇洞』と『花見山』に、完全オフグリッドの拠点を築きたいんです。夏は花見山の山小屋で自給自足の暮らしを学び、冬は郷へ戻る。そうやって、僕らの体に『本当の山生きの術』を叩き込みたいです。どうか皆さん、力を貸してください!!」


静まり返る集会所の中で、最初に声を上げたのは、還暦を越えた大工棟梁の源さんだった。


「——よし、ワシの最後の大仕事だな!」


白髪混じりの頭になっても元気いっぱいな源が、豪快に笑い飛ばす。


ハルトも声を張った。


「子どもたちのために、結の郷が一丸となって第二の結の郷を作っていきたいと思います。皆さん、よろしくお願いします!」


ハルトと煌は、集まった仲間たちへ深く深く頭を下げた。


最初の結の郷とテーマパークが完成するまでは、外部の人間の力を借りても十年かかった。これからは、郷の人間全員が力を合わせていくしかない。


「まずは、下見をしに行こう」


トラックに、宮大工チーム、ハルト、後藤、クリス、えま、煌、真生、陸、海、空、仁愛、そしてギルバートが乗り込み、満奇洞へと向かった。


現地に着くやいなや、クリスと息子の陸、海、娘の空の親子は、手際よく鍾乳洞周辺の地形や安全性の偵察へと向かった。


満奇洞は元々観光名所だったため、洞内には既に橋が架けられていた。そして何より、水が極めて豊富だ。


この場所に食品貯蔵庫を作るのは、一見するとかなり難しいように思えた。


「源さん。本当にここに貯蔵庫を作れる?」


「岩盤に木製の支柱をしっかり固定して、床を浮かせた高床式——渡り廊下のような構造で蔵を組むしかないだろうな。あとは結の郷と同じように、湿気対策を念入りにしていくぞ。花とジェームズには、蔵の土台となる高床の橋を担当してもらおうと思う」


宮大工チームに加わっている花とジェームズは、真剣に岩盤を見つめている。


「分かりました」


「任せたぞ」


そう言って源は、足元の堅固な岩盤をコンコンと叩いた。


「洞内は一年中十五度前後で安定しとる。天然の冷蔵庫としてはこれ以上ねえ。ヒノキと焼杉を使い、床を水面から十分に離す。噛み合わせの組木で組んで、釘なんて一本も使わん。これなら長く使える蔵にできるぞ」


「それなら、蔵の木材の表面にはオレたちの生漆(きうるし)を何度も塗り重ねましょう」


小出の弟子として腕を上げたカナダ人のギルバートが、日本語で力強く買って出た。


「漆は湿気で固まる性質があります。この高い湿度は、むしろ漆を育てるには悪くない環境です。木材そのものを湿気から守るためにも、何度も漆を塗り重ねましょう。『黒漆の防空壕蔵』に仕上げてみせます!」


「頼もしいね、ギルバート」


ハルトは嬉しそうに微笑み、満奇洞の奥で静かに湛えられた水面を見つめた。


「真生、この温度と湿度なら、お前が搾ったヤギのミルクで作るチーズの熟成や、味噌・醤油の醸造に最高の場所になるぞ」


「うん! ヤギを放牧して、搾ったミルクをこの満奇洞の蔵に運んで熟成させるんだね。最高のヤギチーズを作ってみせるよ!」


十七歳の真生が目を輝かせる。

後藤の長女・仁愛も、母であるえまと顔を見合わせた。


「ママ、ここなら光叔母さんたちが使う薬草の種は、乾燥した保管庫を作れば保存できそうね。長期保存したい薬用酒の保管場所としても使えそう」


「ええ。何百年先の子どもたちにも、病を治すための薬草と知恵をそのまま手渡せるね」


仁愛も母の言葉に深く頷いた。


◇


一方、結の郷の工房群でも、新見への下見隊を支えるべく、残った職人たちがそれぞれ熱気あふれる作業に打ち込んでいた。


「よし、ソーラー用の瓦作りだ。小出さん、どんどん送るからよろしくな」


瓦職人の中島が、漆職人・小出の肩をポンと叩く。


「任せてください!! 待ってますよ」


小出が快活に笑い返した。


隣の鍛冶場では、真田がカンカンと威勢よく鎚を打ち振るっていた。


「新見の冬は過酷だ!! ダルマストーブや生活に必要な道具をドンドン作るぞ!」


炭焼き職人の三宅は、作業小屋にこもりながら静かに気合を入れる。


(また松炭が大量に必要になるぞ……!)


備前焼陶芸家の宮地も、竈(かまど)用の耐火レンガ作りに黙々と精を出していた。


手縫い畳職人の一朗と治朗の兄弟も、亡き父・要の技を受け継ぎ、手仕事で丹念に畳を縫い進めていく。


木樽蒸留・樽・桶職人の大迫親子も、満奇洞の蔵に納めるための強固な樽作りを開始していた。


そして倉庫では、自動車整備士の坂本健三・隆志親子が静かに佇んでいた。

巨大な布を取り払うと、かつて根岸造船に特注で作ってもらったトラックのボディーが現れる。そこには、小出によって丁寧に漆の焼き付けが施された、深みのある漆黒のパーツが鈍い光を放っていた。


「よし!! 新しいトラックを作るぞ!!」


「刻の文」を遺した職人たちの技と情熱は、今やその子どもたち、そして海を越えてやってきたギルバートたち若い弟子へと確実に受け継がれていた。


外の世界では、ザーという不気味な音と共に、トアの放ったナノマシンが過去の人工物を容赦なく砂へと還し続けている。


しかし、ここ結の郷と、新見の満奇洞・花見山では、数十年先、数百年先の未来を見つめる人間たちの手仕事の音が、かつてないほど力強く響き渡っていた。


「さあ、帰ったらすぐに資材の切り出しと運搬を始めるぞ! 『結の郷2号』の開拓だ!」


ハルトが蒔いた種が、煌によって芽吹き、そしてまだ見ぬ子孫たちが大輪の花を咲かせていく。そんな温かい未来が訪れることを、誰もが心から信じていた。


(第16章へ続く)

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