第13章 贖罪
季節は、初夏になっていた。
ハルトと後藤が棚田で薬草の世話をしていると、てんとう虫通信からトアの声が聞こえてきた。
『私の通信を聞いた者は、会議室に集まって下さい』
いつもとは違う通信だった。
「何だろう?」
ハルトは少し気になったが、すぐに迎賓館内の会議室へ向かった。
集まったのは、ハルト、クリス、後藤、光、えま、佐伯の六人。
そして、すべてのモニターには世界のメンバーたちが映し出されていた。
やがて、モニターに映ったトアが静かに話し始める。
「予定の日になりましたので、皆さんに伝えておきたいことがあります。マイケルが亡くなって、ちょうど一年が経ちました。マイケルの後任は、リチャードが引き継ぎます。この後、各国の代表にリチャードが直接説明します。連絡を待って下さい。以上」
その言葉を聞いた瞬間、皆の顔から血の気が引いた。
そして、誰も言葉を発することができないまま、静かに涙を流し始めた。
トアはそれだけを告げると、すべての通信を切った。
「い、一年だって……?」
ハルトは呆然とした。
「じゃあ……結の郷に来て、すぐに亡くなったんじゃないか……」
何が起きているのか理解できず、頭の中が混乱する。
結の郷で、楽しそうに笑っていたマイケル。
要塞船をプレゼントしてくれた時の顔。
ハグした時に感じた温もり。
そして、マイケルの匂い。
今までの記憶が、次々と頭の中を駆け巡っていく。
光が、そんなハルトをそっと抱きしめた。
「あんなに元気そうにしてたのに……」
その時、モニターにリチャードの姿が映し出された。
「リチャード!!」
ハルトは涙を流しながら叫んだ。
「マイケルが亡くなって一年って……どういうこと?」
リチャードは静かにハルトを見つめる。
「ハルト。これは父の遺志なのです」
「遺志……?」
「あの船は、すべてのメンバーの国に届けました。ですが、父が実際に訪れたのは、日本だけなんです」
「それは……どういうこと?」
「父は、貴方にだけは元気な姿を見せて、直接船を渡したいと言っていました」
リチャードの声が少し震える。
「それは、貴方だからですよ、ハルト。あの時、父はすでに末期だったんです」
光がハルトに抱きつき、声を殺して泣いている。
「光さん。えまさん。辛い思いをさせてしまい、申し訳ありません」
光は涙を拭いながら首を横に振った。
「マイケルさんの判断は……今でも正しかったと思っています」
ハルトは光を見つめる。
「君たちは……知っていたの?」
後藤も、えまの方を振り向いた。
「えまも知っていたんだな」
「仁君……黙っていてごめんなさい」
リチャードが二人を見ながら、静かに口を開く。
「ハルトさん、後藤さん。彼女たちを責めないで下さい」
「……」
「えまさんが作ってくれた漢方薬のおかげで、アメリカまでの帰国の旅はかなり楽になりました。ありがとう、えまさん」
えまは涙を浮かべながら、静かに頷いた。
マイケルが結の郷を訪れた一年前。
一緒に過ごしていた光とえまは、癌患者特有のKrebsgeruchを感じていた。
二人はマイケルを診療所へ連れて行き、陣内医師も交えて話し合った。
そして、マイケルの症状を少しでも緩和できる、最も有効だと思われる漢方薬をえまが作り、マイケルに渡したのだった。
その時、マイケルは三人に告げていた。
「このことは、発表があるまで絶対に言わないで欲しい」
患者の守秘義務でもある。
だから三人は、マイケルの遺志を守り続けたのだ。
「光!!」
ハルトは涙を流しながら光を見つめた。
「ゴメン! 一年も黙っていて辛かったよな。俺が気づけないばかりに……ゴメンな」
そう言うと、ハルトは光を強く抱きしめた。
光は、声を殺して泣いていた。
しばらくして、リチャードが静かに口を開いた。
「ハルト。貴方に伝えたいことがあります」
「……何?」
「このことは、日本の貴方たちにしか伝えられません」
リチャードは、マイケルが最後に残した思いを語り始めた。
マイケルは、自分が人類の幸せのために作ったAIが、ほとんどの人類を滅ぼす存在になってしまったことに、ずっと苦悩していた。
そしてハルトと出会った時、自分の息子よりも若い学生に、あまりにも重い十字架を背負わせてしまったことを悔いていた。
自分の病気が手遅れだと知ってから、マイケルは船作りに没頭し、自分が亡くなった後も、リチャードが必ず自分と同じようにメンバーたちの助けになってほしいと懇願したのだ。
そして、自分の死がメンバーたちの士気を下げたり、研究や活動の邪魔になってはいけない。
そのため、死後一年が経過した段階で、自分の死を皆に知らせるように決めていたのだ。
マイケルの遺言の中で、トア•コーポレーションについては、こう記されていた。
・私の全権をリチャードに渡す。
・リチャードの補佐は、トーマス(クリスの兄)が行うこと。
・自分の死後一年は、メンバーに知らせないこと。
・研究は、世界メンバーと共有すること。
・結の郷が困った時は、優先的に全力で助力すること。
そして最後に、リチャードはもう一度、ハルトに伝えた。
「父の遺言には、『結の郷が困った時は、何より優先し、全力で助力をすること』と書かれていました」
「……」
ハルトは何も言えなかった。
リチャードは、涙を堪えながら続ける。
「私は、父の遺志を引き継ぎ、トア・コーポレーションの社長になります。秘書はトーマスが務めます」
そして、真っ直ぐにハルトを見つめた。
「ハルト。何かあったら、優先的に全力で助力すると約束します」
ハルトは、リチャードも辛いのだと気づいた。
自分がいつまでも泣いているわけにはいかない。
そう思い、涙を拭った。
「リチャード、ありがとう」
ハルトは、ゆっくりと言葉を続ける。
「こちらこそ、何か必要なことがあったら言ってきて下さい。結の郷が一丸となって当たります」
リチャードは、込み上げてくる涙を必死に堪えていた。
「ハルト。父が貴方に託したコンパスには、人類を導いて欲しいという願いが込められています」
ハルトは黙って聞いていた。
「メンバーの中で一番若い貴方ですが、父はハルトを信頼していました。お気に入りのクリスを秘書につけたのも、そのためでしょう」
リチャードは、深く息を吸った。
「どうか、よろしくお願いします」
「……分かった」
ハルトは静かに頷いた。
こうして、マイケルの死は郷の皆にも知らされることになった。
小出は、以前マイケルから貰った小箱を手に取った。
ゆっくりと蓋を開ける。
煙など出ることはなく、中から現れたのは、漆の葉をかたどったゴールドのピンバッジだった。
小出は、それを見つめながら呟いた。
(何故俺は、あの時、すぐに箱を開けてマイケルさんにお礼を言わなかったんだ……)
涙が頬を伝う。
小出は泣きながら、そのピンバッジを作務衣につけた。
そして、マイケルを偲んだ。
◇
ハルトはクリスを呼んだ。
「クリス、マイケルの写真を迎賓館に飾ろう」
「はい」
クリスは、優しかった叔父の最高の一枚を選んだ。
写真を額に入れ、迎賓館の目立つ場所に飾る。
その周りには、マイケルや世界メンバーたちが集まった、ハルトと後藤の結婚式の写真も一緒に飾られた。
皆が笑顔で、幸せそうにしていたあの日の姿。
まるで、昨日のことのようだった。
◇
数日後、ハルトは棚田に腰を下ろし、郷と三重の塔を静かに見つめていた。
マイケルがいなければ、これらはすべて作ることができなかっただろう。
結の郷も。
三重の塔も。
そして、ここに暮らす仲間たちも。
マイケルは、贖罪のために尽くしてくれたのだろう。
けれど、それだけでは決してない。
マイケルは、人間を愛していたのだ。
そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。
「ハルトさん。ここにいたのね」
振り返ると、光が麦茶を持って立っていた。
「あ、光ちゃん。どうしたの?」
光はハルトの隣に座ると、そっと肩を寄せた。
そして、コツンとハルトに寄りかかる。
「あのね……」
「うん?」
光は幸せそうに笑った。
「赤ちゃん、出来たの」
ハルトは目を見開いた。
「光ちゃん……身体、大丈夫?」
「うん」
光は笑顔で頷いた。
「そっか……赤ちゃんか……」
ハルトの顔に、ゆっくりと笑顔が浮かぶ。
「嬉しいな」
ハルトは、光のお腹にそっと手をやった。
しばらく二人で黙っていた。
やがてハルトが、優しく呟く。
「男の子だったら、真っ直ぐに生きてくれる事を願って真生にしましょう」
ハルトの目から、涙がこぼれた。
「真生か‥そうだね。それがいい」
ハルトは懐からコンパスを取り出した。
そして、それをギュッと握りしめる。
(マイケル。新しい命が出来たんだ)
(これからも俺に出来ることは、すべてやると約束するよ)
ハルトは、新たな決意を胸に刻んだ。
初夏の香りを乗せた風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。
ハルトと光は手をつなぎ、いつまでも結の郷を見つめていた。
第14章へ続く




