↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/22

第13章 贖罪

季節は、初夏になっていた。

ハルトと後藤が棚田で薬草の世話をしていると、てんとう虫通信からトアの声が聞こえてきた。


『私の通信を聞いた者は、会議室に集まって下さい』


いつもとは違う通信だった。


「何だろう?」


ハルトは少し気になったが、すぐに迎賓館内の会議室へ向かった。


集まったのは、ハルト、クリス、後藤、光、えま、佐伯の六人。


そして、すべてのモニターには世界のメンバーたちが映し出されていた。


やがて、モニターに映ったトアが静かに話し始める。


「予定の日になりましたので、皆さんに伝えておきたいことがあります。マイケルが亡くなって、ちょうど一年が経ちました。マイケルの後任は、リチャードが引き継ぎます。この後、各国の代表にリチャードが直接説明します。連絡を待って下さい。以上」


その言葉を聞いた瞬間、皆の顔から血の気が引いた。


そして、誰も言葉を発することができないまま、静かに涙を流し始めた。


トアはそれだけを告げると、すべての通信を切った。


「い、一年だって……?」


ハルトは呆然とした。


「じゃあ……結の郷に来て、すぐに亡くなったんじゃないか……」


何が起きているのか理解できず、頭の中が混乱する。


結の郷で、楽しそうに笑っていたマイケル。


要塞船をプレゼントしてくれた時の顔。


ハグした時に感じた温もり。


そして、マイケルの匂い。


今までの記憶が、次々と頭の中を駆け巡っていく。


光が、そんなハルトをそっと抱きしめた。


「あんなに元気そうにしてたのに……」


その時、モニターにリチャードの姿が映し出された。


「リチャード!!」


ハルトは涙を流しながら叫んだ。


「マイケルが亡くなって一年って……どういうこと?」


リチャードは静かにハルトを見つめる。


「ハルト。これは父の遺志なのです」


「遺志……?」


「あの船は、すべてのメンバーの国に届けました。ですが、父が実際に訪れたのは、日本だけなんです」


「それは……どういうこと?」


「父は、貴方にだけは元気な姿を見せて、直接船を渡したいと言っていました」


リチャードの声が少し震える。


「それは、貴方だからですよ、ハルト。あの時、父はすでに末期だったんです」


光がハルトに抱きつき、声を殺して泣いている。


「光さん。えまさん。辛い思いをさせてしまい、申し訳ありません」


光は涙を拭いながら首を横に振った。


「マイケルさんの判断は……今でも正しかったと思っています」


ハルトは光を見つめる。


「君たちは……知っていたの?」


後藤も、えまの方を振り向いた。


「えまも知っていたんだな」


「仁君……黙っていてごめんなさい」


リチャードが二人を見ながら、静かに口を開く。


「ハルトさん、後藤さん。彼女たちを責めないで下さい」


「……」


「えまさんが作ってくれた漢方薬のおかげで、アメリカまでの帰国の旅はかなり楽になりました。ありがとう、えまさん」


えまは涙を浮かべながら、静かに頷いた。


マイケルが結の郷を訪れた一年前。


一緒に過ごしていた光とえまは、癌患者特有のKrebsgeruchクレープスゲルーフを感じていた。


二人はマイケルを診療所へ連れて行き、陣内医師も交えて話し合った。


そして、マイケルの症状を少しでも緩和できる、最も有効だと思われる漢方薬をえまが作り、マイケルに渡したのだった。


その時、マイケルは三人に告げていた。


「このことは、発表があるまで絶対に言わないで欲しい」


患者の守秘義務でもある。


だから三人は、マイケルの遺志を守り続けたのだ。


「光!!」


ハルトは涙を流しながら光を見つめた。


「ゴメン! 一年も黙っていて辛かったよな。俺が気づけないばかりに……ゴメンな」


そう言うと、ハルトは光を強く抱きしめた。


光は、声を殺して泣いていた。


しばらくして、リチャードが静かに口を開いた。


「ハルト。貴方に伝えたいことがあります」


「……何?」


「このことは、日本の貴方たちにしか伝えられません」


リチャードは、マイケルが最後に残した思いを語り始めた。


マイケルは、自分が人類の幸せのために作ったAIが、ほとんどの人類を滅ぼす存在になってしまったことに、ずっと苦悩していた。


そしてハルトと出会った時、自分の息子よりも若い学生に、あまりにも重い十字架を背負わせてしまったことを悔いていた。


自分の病気が手遅れだと知ってから、マイケルは船作りに没頭し、自分が亡くなった後も、リチャードが必ず自分と同じようにメンバーたちの助けになってほしいと懇願したのだ。


そして、自分の死がメンバーたちの士気を下げたり、研究や活動の邪魔になってはいけない。


そのため、死後一年が経過した段階で、自分の死を皆に知らせるように決めていたのだ。


マイケルの遺言の中で、トア•コーポレーションについては、こう記されていた。


・私の全権をリチャードに渡す。

・リチャードの補佐は、トーマス(クリスの兄)が行うこと。

・自分の死後一年は、メンバーに知らせないこと。

・研究は、世界メンバーと共有すること。

・結の郷が困った時は、優先的に全力で助力すること。


そして最後に、リチャードはもう一度、ハルトに伝えた。


「父の遺言には、『結の郷が困った時は、何より優先し、全力で助力をすること』と書かれていました」


「……」


ハルトは何も言えなかった。


リチャードは、涙を堪えながら続ける。


「私は、父の遺志を引き継ぎ、トア・コーポレーションの社長になります。秘書はトーマスが務めます」


そして、真っ直ぐにハルトを見つめた。


「ハルト。何かあったら、優先的に全力で助力すると約束します」


ハルトは、リチャードも辛いのだと気づいた。


自分がいつまでも泣いているわけにはいかない。


そう思い、涙を拭った。


「リチャード、ありがとう」


ハルトは、ゆっくりと言葉を続ける。


「こちらこそ、何か必要なことがあったら言ってきて下さい。結の郷が一丸となって当たります」


リチャードは、込み上げてくる涙を必死に堪えていた。


「ハルト。父が貴方に託したコンパスには、人類を導いて欲しいという願いが込められています」


ハルトは黙って聞いていた。


「メンバーの中で一番若い貴方ですが、父はハルトを信頼していました。お気に入りのクリスを秘書につけたのも、そのためでしょう」


リチャードは、深く息を吸った。


「どうか、よろしくお願いします」


「……分かった」


ハルトは静かに頷いた。


こうして、マイケルの死は郷の皆にも知らされることになった。


小出は、以前マイケルから貰った小箱を手に取った。


ゆっくりと蓋を開ける。


煙など出ることはなく、中から現れたのは、漆の葉をかたどったゴールドのピンバッジだった。


小出は、それを見つめながら呟いた。


(何故俺は、あの時、すぐに箱を開けてマイケルさんにお礼を言わなかったんだ……)


涙が頬を伝う。


小出は泣きながら、そのピンバッジを作務衣につけた。


そして、マイケルを偲んだ。



ハルトはクリスを呼んだ。


「クリス、マイケルの写真を迎賓館に飾ろう」


「はい」


クリスは、優しかった叔父の最高の一枚を選んだ。


写真を額に入れ、迎賓館の目立つ場所に飾る。


その周りには、マイケルや世界メンバーたちが集まった、ハルトと後藤の結婚式の写真も一緒に飾られた。


皆が笑顔で、幸せそうにしていたあの日の姿。


まるで、昨日のことのようだった。



数日後、ハルトは棚田に腰を下ろし、郷と三重の塔を静かに見つめていた。


マイケルがいなければ、これらはすべて作ることができなかっただろう。


結の郷も。


三重の塔も。


そして、ここに暮らす仲間たちも。


マイケルは、贖罪のために尽くしてくれたのだろう。


けれど、それだけでは決してない。


マイケルは、人間を愛していたのだ。


そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。


「ハルトさん。ここにいたのね」


振り返ると、光が麦茶を持って立っていた。


「あ、光ちゃん。どうしたの?」


光はハルトの隣に座ると、そっと肩を寄せた。


そして、コツンとハルトに寄りかかる。


「あのね……」


「うん?」


光は幸せそうに笑った。


「赤ちゃん、出来たの」


ハルトは目を見開いた。


「光ちゃん……身体、大丈夫?」


「うん」


光は笑顔で頷いた。


「そっか……赤ちゃんか……」


ハルトの顔に、ゆっくりと笑顔が浮かぶ。


「嬉しいな」


ハルトは、光のお腹にそっと手をやった。


しばらく二人で黙っていた。


やがてハルトが、優しく呟く。


「男の子だったら、真っ直ぐに生きてくれる事を願って真生マイクにしましょう」


ハルトの目から、涙がこぼれた。


「真生か‥そうだね。それがいい」


ハルトは懐からコンパスを取り出した。


そして、それをギュッと握りしめる。


(マイケル。新しい命が出来たんだ)


(これからも俺に出来ることは、すべてやると約束するよ)


ハルトは、新たな決意を胸に刻んだ。


初夏の香りを乗せた風が、二人の間を静かに吹き抜けていく。


ハルトと光は手をつなぎ、いつまでも結の郷を見つめていた。


第14章へ続く

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。