第12章 夢のトラック
セラフィナが小出を連れて帰国して数週間後、ハルトは後藤とともに山小屋生活を送っていた。
ヤギたちが雑草をきれいに食べてくれたおかげで「畑1号」も無事に完成し、夏には最初の収穫が期待できそうだ。
源、真田、宮地たちの協力により、敷地内には本格的なピザ窯やバーベキュー用の炉も出来上がっていた。
「山の管理は、すべて私どもにお任せください」
そう言って、山守の杉本夫妻もこの地に滞在してくれている。
妻の由香は山菜採りの達人である一方、パン作りが趣味という意外な一面を持っていた。
ハルトと後藤は毎日彼女からレクチャーを受け、今ではなんとか食べられるレベルのパンが焼けるようになっていた。
今日の昼食は、特製のピザ生地を作り、山菜とちりめんジャコのピザを焼くことになっている。
チーズ職人の和光が、ヤギのミルクで新鮮なシェーブル(山羊乳チーズ)を作って届けてくれた。
「このチーズなら、クルミと蜂蜜のピザにしても絶品かもしれませんね」
由香が嬉しそうに、香ばしいクルミと、養蜂家の山田自慢の黄金色の蜂蜜を持って来た。
一方、賢三がシラス漁で仕込んでくれたちりめんジャコは、絶妙な塩加減とピカピカの輝きで、炊きたてのご飯のお供にも最高なのだが、今回は贅沢にもピザの具材へと化ける。
「焼き上がりましたよ! まずはシラスと山菜のピザです!」
「うわぁ!! めちゃくちゃ美味しそうだな!」
後藤は待ちきれないといった様子でピザカッターを握り締め、ザクっ、スーッと焼きたての生地を切り分けた。
熱々の一口を口に含んだ瞬間、思わず笑みがこぼれ出すハルト。
「テーマパークにも絶対にピザ窯を作ろう! コレ、本気で絶品だよ!」
「本当だな! こりゃ子どもたちも大喜びするぞ」
「百合子さんもね」
ハルトと後藤は、インフラの整っていない山頂付近で、毎日汗を流して畑を耕し、自分たちで食事を作り、薪を割ってお風呂に入るという暮らしを整えていた。
(みんなのおかげで、サバイバルっていうより豊かな自給自足生活ができているな。今のメンバーが優秀すぎるからなんだろうけど……問題は、この後の後継者だな……)
ハルトは、次の世代を担う若い後継者を育てることに、もっと力を入れるべきだと考えていた。
現在のメンバーは全員、トアの厳しい適性試験をパスした人物だ。つまり、技術だけでなく人間性も優れた人格者たちである。
郷で育っている子どもたちには、まだ世界の真実を告げていないが、いずれ時期が来たら知らせる必要があるだろう。
のんびりと草をはむヤギの脇に、腰を下ろすふたり。
「なぁ後藤。俺たちの子どもたちは、この郷を守っていってくれるかな?」
ハルトがぽつりと漏らした言葉に、後藤は驚いて目を丸くした。
「煌なら大丈夫だよ。ハルトや光の背中を、あいつなりにじっと見てるからさ。子どもってのは、親の背中を驚くほどよく観察してるもんだよ」
「そうか……親の背中か……」
「うちの仁愛なんて、最近じゃハーブの名前を口にしてるんだぞ!えまに似てきそうで、ちょっと恐ろしいんだけどさ」
「『パパ、ちょっと薬草探しの旅に世界を回ってくるね』とか言い出したりしてな」
「えまとふたりで出かけそうで本気で怖いよ……」
「煌は……『医者になる』って言い出すかな」
「それも悪くないんじゃないか?」
「そうだな。この郷を守ってくれるなら、本人の好きな道を進ませてやるのが一番だよな」
ふたりで少ししんみりとした空気に浸っていると——。
「なにふたりで黄昏れてるんですか?」
クリスがひょっこりと姿を現した。
ハルトと後藤はクリスを見上げ、苦笑いを浮かべる。
「子どもたちの未来について話してたんだよ」
クリスは何を心配しているんだと言わんばかりの表情で、
「みんな伸び伸びと育っていますから、何の心配もいりませんよ。間違いなく立派な後継者になります」
そう言うと、クリスは軽くウインクしてみせた。
すでに三人の子の父親であるにもかかわらず、相変わらず隙のない男だ。ウインクひとつ取っても絵になる。
「……なんかズルい気がするのは俺だけか?」
後藤はハルトの肩にポンと手を置いた。
「いや、郷の男衆全員がそう思ってるから安心してくれ」
クリスは何のことですか?と一瞬首をかしげたが、すぐに表情を引き締めて本題に入った。
「社長、車両製造の体制についてですが——」
「えっ? もう目処が立ったの? さすがクリスだね」
3人は一度、迎賓館へと戻ることにした。
◇
迎賓館、会議室。
「瀬戸さんご家族には、港の近くに住居を用意し、漁や海上輸送の拠点として暮らしていただいていますが……」
クリスがホログラムの図面を投影しながら話し出す。
「幸い坂本さんの工場は岡山にあるので、とりあえず今は引っ越していただく必要はありませんね。」
ハルトが大きく頷いた。
「そうだね。いずれ郷に工場用意するまでは、今まで通りでイイね。ところでボディーは、根岸造船の岩田技師長に協力してもらえそう?」
「はい。面白そうだと了承していただいてます」
「さすがクリスだね!!」
「で、坂本さんについてですが‥」
ハルトの問いかけに、クリスはホログラムの画面を操作し、一組の親子のデータを表示させた。
「岡山で自動車整備工場を営んでいる坂本健三さんと、息子の隆志君です。お父さんの健三さんは古い農機具からクラシックカー、EV(電気自動車)の改造までこなす天才整備士。息子の隆志君は足回りやサスペンションのメンテナンスを担う若きメカニックです」
「へぇ! 地元・岡山にそんなすごい親子がいたんだ!」
ハルトが感心すると、クリスは微笑みながら話を続けた。
「はい。車両全体の設計図やシステム構成は、すべてトアが計算・設計した完璧なデータを準備してあります。ですが、その設計図通りにモーターや足回りを組み込み、現場でミリ単位の微調整を行って『走る車』として完成させるには、彼ら親子の熟練した技術と現場の勘が不可欠なのです」
後藤が手を打って笑った。
「なるほどな! 岩田技師長が作った頑丈な鋼鉄ボディに、小出さんの漆焼き付けを施して、坂本さん親子がトアの設計通りに駆動系を組み上げて仕上げる……完璧な分業体制じゃないか!」
「ええ。ハルト社長は、まだ彼らとは面識がありませんので、さっそく岡山の坂本さんの工場へ挨拶と打診に向かいましょう」
「うん、行こう! どんな人たちか楽しみだな!」
◇
車を走らせ、ハルト、後藤、クリスの3人は岡山県内にある坂本整備工場へと到着した。
潮風とオイルの香りが混ざり合う工場内からは、金属を叩く快い音が響いている。中を覗くと、改造中の車に囲まれ、汗を流しながら工具を握る二人の男の姿があった。
「すみません、連絡させていただいたトア•コーポレーション•ジャパンの者です」
ハルトが声をかけると、スパナを手にした年配の男——健三が顔を上げ、手ぬぐいで汗を拭いながら歩み寄ってきた。
「い、いらっしゃい。話しは聞いてます」
(やはり、トアが簡易メタバースを見せているからか?)
ハルトの顔を見た健三は、驚いたように目を見開いた。
ハルトは真っ直ぐに目を見つめ、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして! トア・コーポレーション・ジャパン社長の天照陽人です。こちらは相棒の後藤と、秘書のクリスです」
「あの噂のテーマパークですよね」
「はい。」
クリスがニコリと微笑む。
健三と、奥から出てきた息子の隆志が驚きで目を丸くする。
クリスがトアの作成した『ソーラートラック』の図面を見せた。
「坂本さん、単刀直入にお願いがあります。この設計図の通りガソリンを使わない『持続可能な電動トラック』の組付けと足回りの整備を、おふたりの技術で引き受けていただきたいのです」
設計図を目にした瞬間、健三と隆志の目の色がガラリと変わった。
「な……なんだこの構造は!? トラクションの分散とサスペンションの配置が尋常じゃねぇぞ……!」
隆志が図面に食い入るように見入ると、健三もゴクリと唾を呑み込んだ。
「骨組みやボディの溶接は根岸造船の岩田技師長、防錆は漆職人の小出さんが担当します。この最強のボディに、設計通りに魂を吹き込めるのは、坂本さん親子しかいません」
ハルトが熱を込めて語りかけると、健三は一瞬の沈黙のあと、豪快に膝を叩いて大声を上げて笑い出した。
「ハハハ! 超絶設計に、造船の親方の溶接、伝統の漆焼き付けだと!? そんな面白ぇ話、断ったら男がすたるぜ! ハルト社長、この仕事、坂本親子が喜んで引き受けた!」
隆志も興奮した様子で拳を握りしめる。
「親父! 俺たちの工場で、陸の歴史を変えるトラックを組み上げようぜ!」
「おうよ! よし社長、さっそく図面をじっくり見せてくれ!」
健三の力強い握手に、ハルトも「よろしくお願いします!」と笑顔で手を握り返した。
海の要塞船に続き、トアの頭脳と日本の職人技が融合した「陸の足づくり」が、いよいよ力強く動き出したのだった。
第13章に続く




