第10章 セラフィナ来日
「……うーむ……」
会議室で腕を組み、真剣な顔で頭を抱えているハルト。
その様子を遠目で見つめていた後藤とクリスは、理由が分からず顔を見合わせ、
痺れを切らしたクリスが声をかける。
「社長、どうしたんですか?」
ハルトはハッとした顔で二人を交互に見つめた。
「あ、いや……車のことを考えていたんだ。20年後に人類は、楽園に行く。70年後インフラが完全に止まったら、夏は山頂付近で暮らし、冬になったら郷に戻るにしても足が必要になるだろ? 20年後にはガソリンスタンドが無くなるわけだし‥」
「たしかにそうですね。ですが人間や資材を運ぶのに、酷暑を生き残れるか分からない牛や馬を連れて行くのは現実的じゃないですし、牛車や馬車は難しいですよね」
ハルトの問いかけに、後藤が頷きながら口を開く。
「ああ、牛や馬だと毎日の餌や水量を確保するだけで運搬が破綻するし、夏場に暮らす1000メートル級の山頂には向いてない。その点、ヤギなら山の雑草を喰って、俺たちに極上のミルクを分けてくれる。山での生活には最強の相棒なんだよ。ただ、ヤギに大きな荷物の運搬は無理だな」
ハルトはポンと膝を叩いて立ち上がった。
「だからこそ、ソーラートラックを開発したいんだ! 人や大量の荷物を運ぶための持続可能な足をね。クリス、候補になりそうな技術や人材を調べてみてくれるか?」
「わかりました。人材を含めて探してみます」
そこへ、すっと佐伯が部屋に姿を現した。
「ハルト様、セラフィナ様からご連絡が入りました。三日後にこちらにいらっしゃるそうです」
「本当かい!? やった! 佐伯、おもてなしの準備をよろしく頼むよ」
「畏まりました。万全の体制でお迎えいたします」
久々のお客様の知らせに、迎賓館のスタッフたちはやる気満々で動き出した。
◇
三日後、岡山空港。
「セラフィナさん!! お久しぶりです!」
ハルトは到着ロビーへ走っていき、手を振った。
「ハルト! 元気そうで良かったわ」
二人は軽めのハグを交わし、同行していたクリスと後藤も久しぶりの再会を喜んだ。
「結の郷は、あれから変わったかしら?」
「ええ、大きく変わりましたよ。ぜひ見ていってください!」
一同は車に乗り込み、結の郷を目指した。
居住区に入ると、車窓からの景色を見たセラフィナが目を見張った。
「えっ……あの洋館と美しい石橋は、前は無かったわよね?」
「はい。迎賓館と、源さんの娘さんの友人ジェームズが設計してくれた石橋です。みんなで力を合わせて造りました」
「迎賓館……? なにか凄いわね」
車が迎賓館へ到着すると、執事の佐伯をはじめとするスタッフが一列になって出迎えた。
「ようこそ、結の郷迎賓館へ」
感嘆の声を漏らすセラフィナの荷物をサッと受け取り、佐伯が静かに部屋へと案内する。
「まずは長旅の疲れをお癒やしください。夕食のお時間にご一緒させていただきます」
ハルトたちは一旦その場を辞した。
セラフィナが通されたのは、最高級スイートルームを思わせる落ち着きのある部屋だった。大きな窓からは日本の美しい里山の風景が一望できる。
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「はい」
メイド長の神谷とメイドの東が爽やかな笑顔で入ってきた。
「お飲み物をお持ちいたしました」
テーブルに並べられたのは、冷たいハーブティーと可愛らしい一口サイズのケーキ、そして彩り豊かなフルーツだ。
「温かいお飲み物がよろしければ、いつでもお申し付けくださいませ」
「わあ……美味しそう! ありがとう」
「貸切の温泉のご用意もできておりますので、ご希望の際はお声がけください」
「ありがとう。ぜひ利用させてもらうわ」
二人が辞したあと、セラフィナはハーブティーとデザートを楽しみ、日本ならではの温泉に身を沈めて長旅の疲れを心ゆくまで解きほぐした。
◇
そして夕食時。食堂にはハルト家族、後藤家族、クリス家族が集まった。
「光、久しぶりね! その子がハルトの子?」
「はい、息子の煌です」
「可愛いわね♡ハルトと光のイイ所を取ったわけね!!」
「ありがとうございます。今回は学会があり山での作業に同行できなくて申し訳ないのですが……えまさんは行く気満々ですので」
光の言葉を受けて、えまがひょっこりと顔を出した。
「セラフィナさん、私は山へ行くのをすごく楽しみにしているんです!」
(……薬草目当てなんだよな)
後藤は苦笑しつつ、えまの頭を軽く撫でた。
「山頂の拠点も素晴らしい出来ですから、楽しみにしていてください」
その後もクリス一家を交えて和やかな会話が弾み、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、夜はゆっくりと更けていった。
◇
翌朝。ハルトたちは、あらかじめセラフィナから指示されていた材料と、真田が試作した撹拌用ハンドルを荷物に積み込み、セラフィナとともに標高1000メートルの花見山頂付近にある「木の砦」へと向かった。
現地に到着し、宮大工たちが建てた渡り廊下でつながる別棟のトイレ小屋を見たセラフィナは目を見張った。
「素晴らしいわ! 木の造りも完璧だし、位置も理想的ね」
小屋に入り、地下のピット(穴)を覗き込んだハルトが、ふと首を傾げた。
「セラフィナさん、1.5メートルの穴を掘ってレンガを積んでもらいましたけど……ここに複数人が毎日排泄したら、あっという間に溜まって溢れたりしませんか?」
セラフィナは待ってましたと言わんばかりにニッコリと微笑んだ。
「大丈夫よ。事前に指示した通り、地下を2槽構造に仕上げてもらっているでしょう? まずはA槽だけを使うの。いっぱいになったら投入口をB槽へスライドさせて、A槽はそのまま寝かせて発酵・乾燥させるのよ」
「でも、水気が溜まったら腐ったりしないんですか?」
「それも計算済みよ。尿の水分はおがくずと竹炭が吸い取ってくれるし、ハンドルで混ぜて空気を送れば、微生物の発酵熱で水分はどんどん水蒸気になって蒸発していくの。二酸化炭素と水蒸気になってカサが大幅に減るの。交互に使って十分に寝かせれば、容量にも余裕ができるわ」
「へえーっ! 穴を掘る段階から、そこまで計算されていたんですね……!」
指示通りの構造を見事に形にした職人たちの手際と技術に、ハルトは深く感心した。
さっそくセラフィナの指導のもと、最終的な組み上げが始まった。
真田が手際よく鉄製の撹拌ハンドルを取り付け、後藤とセラフィナがおがくずと腐葉土、発酵菌を仕込んでいく。
そこへ、えまがあらかじめ摘んで乾燥させておいたハーブの袋を抱えてやってきた。
「セラフィナさん、この乾燥ハーブと竹炭を混ぜたらどうでしょう? 嫌なアンモニア臭が消えて、木の爽やかな香りが引き立ちますよ!」
「まあ、えま! それは素敵なアイデアね。コンポスト特有のおがくずの香りとハーブが混ざって、本当に快適なトイレになりそうだわ」
――排泄物の嫌な臭いは大幅に軽減され、おがくずと腐葉土のほのかな土の香りに、えまが持ち込んだハーブの爽やかさが優しく漂う。
職人たちの技術、セラフィナの知識、そしてえまのアイデアが見事に融合し、1000メートル級の山頂に完璧な「完全循環型バイオトイレ」が完成した。
「熟成が終われば、これは野菜や果物を育てる最高の『完熟堆肥』になるわ」
セラフィナが微笑むと、後藤も目を輝かせて頷いた。
これで、山頂での生活インフラはすべて整った。
(ようやく実験出来るぞ)
ハルトは、ワクワクが止まらない。
そこへ、山守の杉本の妻(由香)がやって来る。
「皆さん。お食事の用意が出来ましたよ」
「あ、杉本さんありがとうございます」
「ここは山菜の宝庫ですね〜沢山採れました」
山小屋に入ると、良い香りが部屋中に漂っていた。
藤堂が、腕を振るって山の幸の料理を作っていたのだ。
筍の刺身、山菜ごはん、浅漬け、味噌汁にイワナの塩焼きなどこの山と郷の材料を使って季節の料理を作ってくれていた。
「見た事ない日本食ばかりね」
セラフィナの目が輝いている。
そこへ、後からやってきたクリスがハルトの側に近づいて来た。
「社長、漁船が完成して港に着いたそうです」
「やったね!!明日見に行こう」
「分かりました。瀬戸さんにも明日来るように伝えておきます」
「新しく仲間になった漁師さんだね。クリスもこのご馳走を食べて行きなよ」
「もちろんです。その後戻りますね。社長はどうしますか?」
するとセラフィナが
「ハルト!私、今日はここに泊まりたいわ」
一瞬ハルトは驚いたが
「藤堂さん!!今日泊まって!!」
まだ湯しか沸かせないハルトが必死に言ったので、察した皆が爆笑するのだった。
結局、クリス以外全員泊まる事になった。
(第11章へ続く)




