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研究日誌06:シンギュラリティブラックドラゴン

 ぼんっ。



 鈍い音。

 壁が震える。


「げほっ……!」


 勢いよく扉が開く

 メルクが部屋から飛び出す。


 部屋からモクモクと溢れ出す。

 薄黄緑色の煙。

 鼻を刺す刺激臭。


「げほっ、げほっ……!」


 僕も転がり出る。


「……っ、危なかった。窓開けて、窓」



 ようやく呼吸が落ち着いた。

 メルクは平然と――たまに咳き込みながら、手帳に何か書き込んでいる。


 何度目の光景だ。


「……いつまで、続けるんですか」


 窓を閉めながら聞くと、メルクが即答した。


「成功はゴールじゃない。ゴールは出発点」


 禅問答のような会話にもだいぶん慣れてきた。


 例えば今の解答は、実験は続く。


 最近は、メルクの喜怒哀楽も読めるようになってきた。


 メルクも楽しそうだ――多分。


 

「でも、現実は重大」


「え?」


「お金がない」



 

 ギルドは今日も賑やか。

 笑い声。

 酒瓶の音。

 依頼内容を巡る口論。


 扉を開けると、一時の静寂。


 すぐにひそひそ話に変わる。

 何度もここに来ているから聞こえないふりには慣れている。


 メルクが入ると空気が変わった。


 誰も、何も、言わない。

 たまに、こっちを見る奴がいるけれど、目が合うとさっと下を向く。

 

 メルクは気にしてない様子だった。



 掲示板の前に立つ。

 いつものように品定め。


 Cランク、Bランク。

 安全寄り、そこそこ稼げるやつ。

 僕の視線は、自然とその辺りを探していた。


 ――が。

 メルクが、迷わず上の方へ手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「ときめきを感じたから」


「なんですか、それは」


「お金もいい」


 想像よりも2桁多い。

 でも、”命”につり合うとは思えない。


 周囲の妙な視線が気になる。


 他人に関わっても金にならない。

 他人に関わったら死ぬ。

 そんなギルドの連中が、見て見ぬふりをしている。


 メルクが依頼票を引っ張る。

 新しい紙なのか破れる音がやけに大きく響いた。



「……これ、Sランクなんだけど」


受付のニーナに小さな声で聞かれた。


「オーム、ほんとにいいの?ドラゴン退治だよ」


 僕としては辞退したい。

 メルクは高速で首を縦に振っている。


「メルクの方は心配していませんよっと」


 ドンと、大きな判子を押す音がカウンターに響く。


「クエスト”オアシスの解放”が受注されました。クリア条件は、黒龍の討伐または撃退です」


 ニーナが機械的に告げた後、ぷいっと顔を背けた。

 その横顔の、耳の付け根が赤くなっている。


「規則だからね、これ」


 ニーナはショットグラスにジンを注ぎ、メルクに差し出す。


「メルク、ちゃんとオームを帰しなさいよ」


 軽い、けれど重い受領書を受け取った。


「五体満足でね」


 メルクがジンを舐めて、小さな舌を突き出した。


「行く」


 怖い。


 でも、メルクのことをもっと知りたい。


 僕は、一度止めた足を、もう一度動かした。

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