Hcirdeirf Nehesrediew Fua
注意
ep6の敵視点です。
血液の表現があります。
ホラー要素を含みます。
メルク能力に関するの重大なネタバレがあります。
本当に暑い。
砂漠の砂と熱は思考を鈍らせるには十分すぎる苛烈さだ。
対峙しているのは、砂漠には似つかわしくない銀髪の小娘。
今回の標的。名はエルメーテ=メルクリウス。
『弓の威力は凄まじいが、腕はポンコツ』
それが雇い主、あのクソ成金貴族の情報。
だが、信用はしない。
俺は腰の短剣の柄に手を触れた。
あの豚は、新しい玩具で遊ぶことしか頭にない。
『殺すな、生け捕りにしろ』
と命令しながら、俺にこの「黒死暗剣」を貸し付けるとは。
詳しくは知らないが国宝級の呪物らしい。
いや、知らなくても、感覚的にこいつのヤバさは伝わってくる。
悪趣味な奴だ。
「準備」
女の声に反応して、奇妙な腕がキリキリ、ガシャガシャと音を立てて弓の形へと変形した。
女が弓を構える。
高周波が乾いた空気を震わせる。
俺は杖を握り直し、この判りやすい初手に備える。
「終焉」
轟音と共に、白銀の矢が放たれた。
――速い。 ――速すぎる。 ――いや、どこへ行く。
矢は俺の頭上を遥か彼方へ通り過ぎ、砂丘の向こうへ消えた。
弓はすごいが腕はポンコツ、という情報は正確らしい。
確かに、あの弓、あの複雑な機械が、ただの飾りとは思えない。
「変更」
弓が奇妙な形に変化する。
「曲射」
砂煙をあげて矢が飛び出した。
こっちもとんでもない方向。
やはり腕はポンコツ
――突然、矢が向きを変え、滅茶苦茶な機動でこっちに飛んでくる。
だが、見えてんだよ。
「甘い!」
俺は杖を一閃し、風の刃で矢を叩き落とした。
「二重螺旋」
畳み掛けてくる攻撃に、俺は少し感心した。
互いに周回する奇妙な攻撃、矢の機動が特殊で読みにくい。
くそ、面倒な攻撃だ。
「ウインドバリア!」
竜巻を発生させ、矢を絡めとる。
矢がまるで意思を持っているかのように、俺の魔法を掻い潜ろうとする。不快だ。
腕はポンコツだが、あの弓がそれを補っているのか?
「整列、踊りなさい」
5本の矢がまるでダンスをするように、俺を攻撃する。
それを魔法で弾き返す。
矢が砂に突き刺さる。
俺の予想は確信に変わる。
意思を持つ武器は俺も何回か見たことがある。
あの弓が「演算機」として機能しているのだろう。
不自然な間合いも、奇妙な軌道も、俺を特定の座標へ誘い込むため。
痩せた考え。
いいだろう。のってやる。
実力もわきまえず、道具の力に慢心する奴が、一番嫌いだ。
ずたずたにしてやる。
「何度もやっても、同じだ……」
ここは、教科書通りに、あくまでも自然に、感情を殺せ。
弾き落とされた矢が地面に突き刺さる。
女の顔の「やった」という幽かな笑みを俺は見逃さない。
そう言えば、こいつ、エルフだったな。
ヒトを見下しやがって、壊してやる!
フェイントを混ぜて、女との距離を一気に詰める。
「整列」
女は焦ったように、残りの矢を展開した。
「絶対防衛…」
指が弦にかかる。
そこ。
俺は、黒死暗剣を振り下ろす。
バキーン!!!
狙いはもちろん、女ではない。その自慢の「演算機」だ。
嫌な金属音が響き、陽炎をまとった刃が弓を分解する。
弓の弦が弾け飛び、ワイヤーが跳ね、滑車が火花を散らして吹き飛んだ。
バラバラになった部品が、砂漠に散乱する。
なんて威力だ、この短剣。
声にならない、絶望の叫びを俺は確かに聞いた。
女は力なく膝をつき、肩を震わせている。
「……弓使いが弓を壊されては終わりだな」
希望が絶望に変わる瞬間。
素晴らしい壊感。
それが俺の快感。
さあ、来い、もっと壊してやる。
女は……笑った。
最高の「してやったり顔」を俺に見せつける。
「残念。……終点」
地面に刺さった五本の矢を指差す。
俺が予測した通り、それらが、共鳴を始め、五芒星の幾何学模様が浮かび上がる。
「そんな小細工!」
俺は杖を振る。猛烈な突風が矢を巻き上げる。
五芒星の光が掻き消える。
予想通り、 女の顔は、驚きに固まっている。
「殺すなと言われてるからな。俺のナイフは使わない」
俺は、宙を舞う矢の一本を見つめた。
「だが、自爆なら問題ないだろう」
あの愚かな雇い主への言い訳も立つ。
――お前の弓が壊れて、制御を失った矢が暴走し、お前自身を貫いたのだと。
俺は宙に浮いたその矢を掴み取った。
これをお前にぶち込んでやる!
その瞬間――。
世界が暗黒に変わった。
********―――********
眼の前に扉がある。分厚い扉だ。
俺は振り向くが、何も無い。ここにはこの扉しかない。
俺は慎重に、扉を、開く。
そこは、落ち着いた雰囲気の酒場だった。
困惑する俺に、初老のバーテンダーが、渋い声で語りかけてきた。
「ようこそ、【フォルカー】へ。
この酒はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。
うん、『そう』なんだ。済まない。謝って許してもらおうとも思っていない。
でも、メルクのあの表情を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない『ときめき』みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい……そう思って、ここに呼んだんだ。
じゃあ、注文を聞こうか。」
俺は言われるがままに、席につき、出された酒に手を伸ばした。
口中に広がる血の味、鉄の味。
俺は、即座にそれを吐き出した。
「それは、北暦987年、メルクがはじめてパーティーを組んだ勇者の最期の血」
いつの間にか隣に男が座っていた。
格好は確かに勇者みたいだが、血まみれで、半透明で、ゆらゆらしている。
俺の耳に不快な高周波が響く。
こいつの声? 何を言っている?
「では、次に、これを。北暦1192年、メルクと一緒に国を作った皇帝からいただいた献血」
「やめろ!」
テーブルに置かれた小さなグラスを払いのけようと、俺は手を挙げた。
しかし、バーテンダーはそれを許さない。
「お客さん、ここで暴れないでください、他のお客様の迷惑になります」
反抗は許されない。恐ろしい威圧。
おれは仕方なくそのグラスに口をつける。
今度は左に奇妙な鎧を着た男が現れた。何か言っているが、やはりよくわからない。
「では、次に」
「まて!一体ここはどこだ、何をするつもりだ!」
バーテンダーは、やれやれという表情で、ボトルを置いた。
「ここは【フォルカー】です」
「それは聞いた」
「ここは彼女の記録室ですよ。短命な種族を愛した、孤独なエルフのね。親友から血を譲り受け、その鉄分を矢に鋳造した。……そう、ここは75人分の人生を詰め込んだ場所なのです」
そう言って、バーテンダーは芝居がかった身振りで背後の酒棚を誇らしげに示した。
「みなさん会話に飢えておるのです。なにせここ数百年、会話するのはメルクだけですからな。あなたは久々の……いや、この間【フリードリヒ】が気の強い女性と話したと自慢しておりましたが……」
「やめてくれ……」
「幸いここの時間は止まっております。夜はまだ始まったばかり」
「やめてくれ!」
俺の懇願は一切無視して、テーブルにグラスが並べられる。
「さあ、存分に語り合いましょう」
******** ********
俺は、手にした矢を投げ捨てた。
女がちょっと驚いた顔で、俺を見る。
ははは、耐えてやったぞ、この、クソ女。
もう、ルブランとの契約なんてどうでもいい。
俺は黒死暗剣の柄に手をかけた。
「……やれ」
女の合図と同時に、散らばっていた矢が一斉に動き出す。
矢が、皮膚を、骨を貫く。
そのまま砂漠に固定される。
「が、あああああ!」
猛烈な痛みに絶叫するが、矢が、失神することを許さない。
攻撃が止んだ。
女が近付いてくる。
笑いに来たのか、雇い主の情報を聞きに来たのか。
奇妙な部品が降ってきた。
俺が破壊した弓の部品だった。
「謝罪を要求」
俺は女を睨みつける。
「くたばれ……化け物」
女は、悲しそうな目をしていた。
「終焉」
☆
はるか上空で、光が反射した。
俺の悲鳴は轟音に塗りつぶされる。
静寂の後に、女の声が聞こえた気がする。
「おかえり【フリードリヒ】」




