Auf Wiedersehen Friedrich
この作品は、本編の1年後という設定です。
メルク、アレイスタの能力に関するネタばれを含みます。
エルメーテ=メルクリウスです。
メルクと呼んでほしい。
後で「三倍偉大なメルクリウス」なんて大層な二つ名で呼ばれることになる私だけど、この時はまだ、砂漠で風魔法使いに暗殺されそうな美少女です。
いや、本当に暑い。
砂漠の砂と熱は、精密機械である私の魔弓「デウス=エクス=サジタ」のグリスをじりじりと変質させていく。
いい加減にしてほしい。
対峙しているのは、いかにも「砂漠の傭兵」といった風貌の風魔法使い。
矢は残り十三本。
素数は素敵。
「じゅうぶんね」
言い聞かせるようにぽつりと呟いた。
「準備」
私の声に反応して、サジタの多段滑車が、キリキリと金属音を立てて、複雑怪奇な機械の腕がガシャガシャと展開する。
それが「弓」の形を成したとき、周囲の空気が一変した。
サジタを構えると、キーンと高周波の弦音が周囲の空気を震わせた。
「終焉」
轟音を立てて、白銀の矢が物凄い勢いで放たれる。
――飛ぶ。 ――飛びすぎる。 ――いや、どこ行くの。
矢は敵の頭上を遥か彼方へと通り過ぎ、砂丘の向こうへ消えていった。 敵の魔法使いも、杖を構えたままぽかんとしている。
……まあ、こういうこともある。《《あるよね》》?
計算ミスか、あるいは彼が私の寝起きの悪さを根に持っているのか。
さようなら【フリードリヒ】
残り、十二本。 さて、ここからが本番。
「変更」
サジタがそれに答えて、ワイヤーを伸展させる。
「曲射」
砂煙をあげて【ウルスラ】が飛び出す。ああ、やっぱり私、ポンコツ。
全く違う方向に向かった【ウルスラ】は、私のため息と同時に向きを変え、物理法則を無視した機動で敵を襲う。
……はずだったのだけれど、敵の風魔法士も流石にプロだった。
「甘い!」
彼が杖を振ると、鋭い風の刃が私の可愛い【ウルスラ】を叩き落とした。
「二重螺旋」
畳み掛ける。
【ワトソン】と【クリック】が、お互いの周りを回転しながら捻じれ飛ぶ。
後方乱気流がとてもきれいな、私のお気に入り。
「ウインドバリア!」
……うまいな、あれ。 ちょっと感心する。
敵の竜巻が、螺旋のピッチに干渉して【ワトソン】と【クリック】を絡め取る。
いや、感心してる場合じゃないな。
残り九本。
でも、うますぎるのよね、その対応、教科書的。
「整列」
【アンドレアス】【ディーター】【ギュンター】【フォルカー】【ルーカス】が私の前に浮かび上がる。なぜ、浮くのか……それは内緒。
「踊りなさい」
サジタの弦を楽器のようにかき鳴らす。矢は砂塵を巻き上げ、乱舞する。
カン、カン、キーンという綺麗な周波数、そして、減衰。
「何度やっても、同じだ……」
弾かれて、地面に刺さる。
冷静な敵の声。
……うん、いい子たち。配置は完璧。
敵がタタタと近付いてくる。
完全に舐められている。 まあ、舐められるように動いているのは私の方だけど。
でも、ちょっと計算違い。距離が近すぎるわ。
「整列!」
【ベアーテ 】【エマ】【ハイディ】【モニカ】を急展開。
「絶対防衛…」
弦に指をかけた。 ――その瞬間。
ばきん!!!
嫌な音が響いた。どす黒いナイフが、陽炎を切り裂いて振り下ろされる。
狙いは私……じゃなくて、サジタ!
「……!」
声にならない悲鳴。
あああ、私のサジタ!
黒死暗剣。なんでそんな国宝級の呪物がそこにある?
私の、最高傑作が!私のサジタが!
弓の弦が弾け、ワイヤーが跳ね、滑車が火花を散らして吹き飛ぶ。
矢達が、ばらばらと無残に地面に落ちる。
これで、零。
私はがくりと膝をつく。
肩を震わせる。
敵が勝利を確信して嘲笑う。
「……弓使いが弓を壊されては終わりだな」
私は……ならば、私も笑おう。
顔を上げ、最高の「してやったり顔」を彼に見せてあげる。
私の弓はただの弓。魔弓なんてただの趣味。
そもそもサジタは《《矢》》っていう意味だしね。
「残念。……終点」
地面に刺さった五本の矢を指差す。
砂に半ば埋もれていた矢たちが、突如として共鳴を始めた。
五芒星の幾何学模様が浮かび上がり、物理的な光を放つ。
敵が鼻で笑い、杖を振った。
「そんな小細工!」
猛烈な突風が矢を巻き上げる。五芒星の光が消える。
そう、それでいい。それがいい。
「殺すなと言われてるからな。俺のナイフは使わない。だが、自爆なら問題ないだろう」
敵は勝ち誇り、空中に舞い上がった矢の一本【フォルカー】を、事もあろうに素手で掴み取った。
その瞬間――。
敵の動きが、まるで時間が止まったかのように固まった。
「……ん、が…」
彼の鼻から、たらりと一筋の血が流れる。
存分に語り合って、今まで出会った友人たちと。
それは75人の鉄分からなる思い出。
これに関して、私は真に驚く物語を語れるけれど、ここは、それを書くには狭すぎる。
敵が、ふらつきながら、矢を投げ捨てる。
へー、強いね、まあ、アレイスタほどではないけれど。
彼はナイフを抜こうとしたけれど、もう遅いの。
「……やれ」
地面に落ちていた矢たちが、私を護るために一斉に跳ね上がる。
手足を容赦なく破壊し、逃げられないように砂漠へ縫い付ける。
「が、あああああ!」
絶叫。
それでも意識を保っているのは、彼/彼女たちがわざと急所を外しているから。
『あんたの膀胱に水をぶちこんでやったわ』
あの変態…いえ、天才水魔道士アレイスタのような決め台詞は、私には言えないな。
「謝罪を要求」
サジタの部品を敵の顔にぶちまける。
恐怖と怒りに満ちた目。
何度も何度も見てきた目。
「くたばれ……化け物」
そう、なら仕方ない。
「終焉」
はるか上空で、光が反射した。
重力加速度を味方につけて、初速を遥かに超えた《《彼》》が帰還する。
轟音。そして、静寂。
地面に突き刺さった《《彼》》が満足そうに「ぶるん」と震えた。
「おかえり【フリードリヒ】」
私はにこりと笑う。
遠くから、砂トカゲたちが口に矢を咥えて、わらわらと集まってくるのが見えた。
そう言えば……
なんで、私を殺そうとしたんだろう?
私は、深い溜息を一つついた。
終焉




