研究日誌02:「反雷」に関する考察
両腕をがっちり掴まれたまま、僕は街を引きずられるように歩いていた。
「離しても……」
「逃げるでしょ」
右から即答。
左からも、ほぼ同時に「逃亡の恐れ」と被せられる。
右が魔法使いで左が弓使い。
さっきまで殺し合いをしていたとは思えないほど、息が合っているのが余計に怖い。
街を抜け、人気の少ない道に出たあたりで、ようやく腕を離された。
逃げ道を探す前に、口が勝手に動いていた。
「あの……誰なんですか!あなたたち」
黒髪の魔法使いが、あっという顔をした。
「私は、アレイスタ。アレイスタ=クロウ。水属性。そっちのポンコツは、メルク」
「エルメーテ=メルクリウス。メルクと呼んで欲しい。土属性。」
僕はアレイスタの装備を一瞥した。
「僕は、ゲオルグ=オーム。あの、か、雷属性です」
属性紹介の声が掠れた。礼儀とはいえ、毎回、相手の反応は同じだ。
アレイスタの目が煌めき、顔がぱぁと明るくなった。2人が突然、僕の手を取り、撫で回すので、僕の耳は熱くなった。
この人たちも同じだ。
希少な雷属性に対する羨望、畏敬、嫉妬、恐怖、好奇心――この人たちは少し距離が近いけど――その後で、僕の出力を知って裏返る。
この人たちもきっと同じだ。
「あの、アレイスタさん」
「なに?」
僕は手を振り解き、アレイスタに一番聞きたかったことをぶつけた。
「アレイスタさんは杖を持っていないんですか?」
予想していなかった質問だったのか、少しだけ時間が空いた。
「使わないわ。私、強いから」
すごい。無詠唱魔道士なんてはじめて見た。
「将来、水の大魔道士になる女よ、覚えておいて」
「あの……さっきの」
二人が同時にこちらを見る。
「どうして、あんなことに?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、二人とも口を開いた。
「それは――」
「そもそも――」
また被った。
睨み合いが始まり、空気が緊張する。
さっき見た“黒”が、広がって来る気がして僕は慌てて続けた。
「い、いえ……聞かなくても……」
「いいえ、聞きなさい」
アレイスタが言った。
歩きながら話し始める。
「私はね、ずっと前から疑問に思っているの」
その声は、確信に満ちていた。
「魔法の火、風、水、土。これらは手で触ることができる。つまり“物質”」
彼女は、指を折りながら続ける。
「でも、光、闇、雷は違う。触れないし、形もない。だから、これは”性質”」
僕は黙って頷いた。
確かに、雷を“持つ”という発想はなかった。
「世界はね、対になっているの」
アレイスタは両手の人差し指を立てた。
「男と女。火と水。土と風。光と闇」
一つ一つが、きれいに釣り合っている。
言われてみると、確かにそうだ。
「でも、雷だけが違う。対になる魔法がない」
彼女は、少しだけ眉をひそめた。
「それは美しくない。欠けている」
美しいという基準が僕にはよく分からなかった。
欠けているという感覚はもっとよく分からない。
でも、アレイスタにとってそれが重要だということは伝わってくる。
「だから、”雷”には“反対の性質を持った雷”が在るはずなのよ」
その瞬間。
「訂正を要求」
メルクが、ぴしっと言い切った。
今まで無言だったのに、急に早口になる。
「雷魔法は破壊もできるし、触るとビリっとするから“物質”」
器用に弓を折りたたみながら、メルクは続ける。
「もし世界が対称性を保つというなら、光も闇も”物質“でないとおかしい。矛盾」
歩きながらでも、言葉が止まらない。聴き慣れない言葉が多くて理解が追いつかない。
「反対の雷が“有る”と決めるつけるのは、傲慢」
「決めつけてないわ。ただ、”無いとおかしい”と言ってるだけ」
「同じこと。雷が“性質”だというのも、決めつけ」
まただ。
二人の言葉が、正面衝突する。
頭の中が、ぐちゃぐちゃになっていく。
でも、不思議と、さっきの戦いよりは怖くなかった。
――整理すれば、分かるかもしれない。
そう思った瞬間、僕は足を止めていた。
「あの……」
二人が振り向く。
「ちょっと、書いてもいいですか」
地面に落ちていた枝を拾い、砂の上に線を引く。
「物質と、性質は長いので」
書きながら、ふと我に返る。
「……あ、すみません。“性”は……その……」
顔が熱くなる。
「“質”にしましょう」
「??」
「なに照れてんのよ。早く書きなさいよ」
慌てて書き直す。
「つまり、お二人の立場は、こうですよね」
雷
↓
質 :アレイスタ
物 :メルク
二人とも、黙って見ている。
枝を動かしながら、続ける。
「で、アレイスタさんは“反対の性質の雷”があるって言っていて、メルクさんは……」
「不明」
少し考えて、書き足す。
「分からないと」
雷 反雷
↓ ↓
質 〇 :アレイスタ
物 ? :メルク
「だから、完全に反対、ってわけじゃない気がします」
二人を交互に見る。
「なので……そんなに、喧嘩しなくても……」
言い切る前に、後悔が押し寄せた。
「反対の性質を持った雷」が長いから「反雷」にしたのは生意気だったかもしれない。
でも、反雷ってなんだろう。
地面から空に昇る雷?それとも黒い雷?
「……いい」
メルクが、笑った。
アレイスタも、腕を組んだまま頷く。
「反雷か……いい名前ね。あなた、才能あるわ。」
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
朝、危険だと言われたばかりなのに。
今は、違う言葉を向けられている。
理由は分からない。
でも。
――ここにいてもいいのかもしれない。
そう思えたのは、たぶん、初めてだった。




