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研究日誌01:加速装置

 空に黒(ない)が浮いている。


 街は賑やかなはずなのに、僕の周りだけ音が遠い。

 

 何をしていたっけ?


 冒険者パーティーを解雇された。

 そこは間違いない。


「オーム、これ以上は雇えない」


 冒険者パーティーのリーダー。

 声は覚えている。

 顔だけが思い出せない。


 誰でもいいや。

 誰だって変わらない。


「レアな雷属性だから役に立つと思ったが。これはお前の今の価値だ。受け取れ」


 銅貨一枚。パンも買えない。


 ぱちん

 

 大きなな音がした。


「痛っ!」


 リーダーが右手をさすっていた。


 いつも僕の周りではおかしな事が起こる。

 

 枯葉が吸い付いたり

 触れてもいないトラップが発動したり

 今みたいに小さなショックを与えたり

 リーダーの髪の毛を逆立てたり。


「ぷっ」


 笑ってはいけないことは分かっていた。

 でも、止められなかった。


「出ていけ」



 それから音の無い街を彷徨った。

 

 気がつくと街の空気が変わっていた。

 ヒリヒリしている。


 人の流れがおかしい。

 誰もが道の端に寄り、何かを避けるようにしている。

 露店主が、指差して大声で叫んでいる。

 子供が泣きながら親に抱きついている。


 え?


 疑問に思った時には遅かった。


 空気の匂いが、急に重くなった。


 次の瞬間、世界がひっくり返る。


「どいて!」


 怒鳴り声。

 空気を裂く音。


 避ける暇もなかった。


 僕に向かって、飛んで来る。


 矢が。

 魔法が。


 終わった、と思った。


 なのに。


 止まった。

 いや、

 回っている。


 矢と魔法が、ぐるぐると、同じ速さで、同じ距離を保って。


「……え?」


 回転はどんどん速くなる。

 風が巻き起こる。

 耳鳴りがする。


 異常だ。

 不思議だ。

 でも、怖くない。

 どうして回転するのだろうと思った。


 矢と魔法が、頭上でぶつかった。

 

 その瞬間。


 闇が、生まれた。


 そこだけなにも



   黒(ない)



 音も、風も、重さも、全部吸い込まれたみたいだった。


 黒は不意に消えた。


 矢が鈍い金属音を響かせて、僕は現実に帰ってきた。


 前に、二人の女性がいる。


 銀髪の小柄な女性。

 耳が長いからたぶんエルフ。

 瞳からは表情が読みにくい。

 それよりも弓。

 弓が奇怪。


 もう一人は、黒髪の女性。

 綺麗だけど見透かす眼光が鋭くて怖い。

 多分こっちが魔法使い。


 二人とも、僕を見ている。


 逃げなきゃ、と思った。

 でも足が動かない。


「……今のを見た?」


 黒髪の魔法使いが低い声で言った。



「確認した」

 銀髪のエルフが、ゆっくり弓を下ろす。



 二人の視線が、僕に突き刺さる。


 街の喧騒が、遠くの方では戻り始めていた。

 でも、僕の世界は、まだ静かなままだった。


 ――何か、取り返しのつかないところに、足を踏み入れた。


 そんな気がした。


10話まで毎日投稿いたします。


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