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研究日誌13:大魔法実験

「実験開始」


「待て待て、説明を要求!」


 メルクがレバーを引こうとしていたけれど、手が止まった。


「起きたね、オーム君」


 面倒な顔、興味津々な顔、早くレバーを引きたい顔。

 それが混ざった笑顔をくれた。


「あれを見て」


 メルクが指を差す。


「君の魔力は、あの袋のようなもの」


 天井付近には白い袋(バラスト)が吊り下げられていた。


「スライム戦の時、君は意識朦朧の中で私の矢に触れた」

「あの時は無我夢中でした」

「だから良かった。精神防壁が緩んでいたからね」


 メルクが指を鳴らす。


「今同じことをやれば、君の精神に穴をあけることになる」


 横で待機していた矢が袋に飛んでいった。

 袋から砂が糸のように流れ出す。

 次第にそれは太くなり、ついには、袋が破れて砂が一気に落下した。

 地面が揺れる。


「ああなる」

「破裂……?」


 メルクがぴょんと跳ねて、体全体で爆発を表現した。


「人間は魔力が大きければ魔法が強いと思っているだろう。本当は違う」


 口に手をあてて、くくくと笑うメルク。


「魔力とは、魔流と魔圧の積!」


「…………」

「……人類には早すぎたね」


 メルクお得意の”エルフの人間見下し”ギャグ。

 ここは、笑ってもいい状況なのか判断に迷う。


「この古代文明の装置を見て」


 メルクが両手を挙げてくるくる回りだす。


 僕は今、古代文明の装置の一部である。

 僕の胴と手足は変形椅子でがっちり固定されていて身動きができない。

 しかも、あの触れたら死ぬという矢、十数本に取り囲まれている。

 よく見ると、矢羽から伸びた細いワイヤーが左側の機械に接続されている。


 何よりも異常なのは左右の装置。


「君の巨大な魔圧を下げる……はず!」

「はず?」

「形は機能」


 メルクは錆びたレバーを全力で引いた。


「機能は推測可能」

「安全なんですかこれ!」

「知らない。動かすの、はじめて」

「!」


 装置を見上げた。


「もしかして、黒龍クエストの賞金って……」

「全部使った」

「全部?!」


「進歩には犠牲が必要」


僕は精一杯、身体的、経済的、倫理的悲鳴をあげた。




黒化ニグレド! 魔流は回転し、燃え上がる。浄化せよ」


 鈍色にびいろのパイプがヘビのようにとぐろを巻いて天井近くまで積み上がっている。

 それが六本。星の形に美しく配置されている。

 

ブーーーーン


 機械が唸りだす。

 喉から腕を突っ込まれる。

 背骨を握られ、引き剥がされる。

 痛みはない。

 何か、が剥離していく猛烈な違和感。


 地下室自体が震える。

 腹に響く低音。

 世界が暗くなった。

 装置が熱を発し始める。

 暑いじゃなくて熱い。




白化アルベド! 回転は力を産む。ねじ伏せよ、さすれば与えられん」


 左の装置の先端から白銀の光が螺旋のうねりを持って放たれる。


「うわ眩しっ!」


 目を閉じても光が見える。

 光が熱い。


 体中の毛が、逆立つ様な感じがする。

 いや、感じじゃない。

 メルクの銀髪も逆立って扇型になっている。


損失ヒステリシス。問題なし! 続行!」

本気マジ!?」

魔磁マジ!」




黄化キトリニタス! 魔磁は回転し、再生する」


 光の螺旋が右側に吸い込まれ、振動を始めた。

 金臭い、生臭い、でも爽やかな臭い。

 唐突に、雨を感じた。


 左右の機械は似ているけれど、微妙に違う。

 赤銅色の蛇がとぐろをまいていて天井までそびえている。

 それが五本、星の形に配置されていた。


 吸い込まれた白銀の光が右回りに回転を始める。

 やがて、黄金の光があふれ出す。

 左右の機械が共鳴する。

 部屋全体が振動を始める。


「……最終段階」


 意識がふわっと遠のく。


「がんばれ、オーム」




赤化ルベド、荒狂う力は、精製、変性を経て、完成する」


 僕の前に置かれた赤い長方形の箱。

 右側の機械から伸びた二本のワイヤーが繋がっていた。

 箱の一部が点滅している。

 最初は□□□□□だった表示が、今では■■■■□に変わっていた。


「もういいだろう」


 メルクがレバーを元の位置に戻した。


 ――静寂。


 耳の中ではまだゴウゴウと鳴っているけれど、それもすぐに収まる。

 今までが騒しかったぶん、その静けさに重さがあった。


「完成だ」



  【BATTERY】

   ■■■■□



「これは古代の魔力壺らしい」

「らしい?……何か書いてありますけど」

「私の生まれる前の古代文字だからね。残念だけど言語学は専門外」


 メルクが僕の前に水槽を置いた。

 中には透明な液体が入っている。

 メルクは魔力壺のワイヤーを外して、矢に繋ぎ直していた。


「さあ、世紀の大実験だよ」


 メルクが二本の矢を水槽に差し込む。



 ぷく、ぷく……ぷく



 壮大な工程の末に現れたのは、ささやかな泡だった。



 「…………ちっさ」



 メルクは恍惚の表情で細長いガラスの管に泡――気体を集めている。


「見てごらん」


 左側のガラス管に溜まった気体は少ない。

「右側のガラス管の気体は左側の倍。おもしろいね」


 メルクの頬が上気している。

  いつもメルクは何がおもしろいのか答えをくれない。

 でも、面白いねという時のメルクとても人間で、

 僕は、またそのうっとりとした落差を見たくなってしまう。


 メルクが左側のガラス管を逆さにして火を近づけた。

  ――ぼっ。

 火が勢いを増して燃え上がった。


「興味深い。これは、燃やす力があるみたい」



 今度は、右側のガラス管を逆さにして火を近づけた。

 ポンッ!

 小気味よい音と共に青い炎が走った。


「成功よ! オーム!」


 メルクが抱きついてきた。

 拘束されたままなので顔が近い。


 やわらかい。

 エルフなのにやわらかい。


「君の雷は、水を分解するのよ!」


 機械が発する雨の匂いに混ざって、

 ほのかに甘く、重たい、サンダルウッドの香り。


「再現性が得られた!」


 僕の顔が、赤化ルベドする。


 投げ捨てられたガラス管が床に落ちて、パリンと音を立てた。


 僕の心臓の鼓動に合わせるように、

 背後で装置のハム音が異様な高音に跳ね上がった。


「あ、やべ」 


 装置の内側から悲鳴が聞こえ始める。

 悲鳴は左右で共鳴して、すぐに絶叫に変わる。

 地の底から不気味な振動が伝わって来る。


「こ、これ、はやく外して!」


 僕はまだ椅子に拘束されたまま。

 麻痺していた死の感覚が現実的な破壊の前で鎌首をもたげた。


「アーノルド!」


 途端に椅子の下から蒸気が吹き出した。

 メルクが僕に膝乗りする。

 アーノルドの脚が変形した。

 肉食獣のようにしなやかに、静かに力強く駆け出す。

 いつも座っていた椅子に名前があったなんて。


「逃げるわよ、オーム! 爆発する!!」

「やっぱりぃぃぃーーーっ!!」


 拘束されたまま昏いトンネルを椅子が疾走する。

 崩壊が始まった。


 わけの分からない部品や鉄板が降ってくる。

 メルクの矢が素早く反応して、僕らを守ってくれている。

 メルクはキャアキャアと楽しそうだ。


「成功はゴールじゃない」


「何が?」


「ゴールは出発点」


「何を?」


 メルクは振り向かない。


「今度は街を――――」


背後で黒龍の賞金が鉄屑へと変わる大音響が、メルクの呟きをかき消した。

研究日誌補遺


 後に私はこの体験をもとにオームの法則を完成させた。


 魔力量(Wh)=魔力(W)✕時間(h)

 魔力(W)=魔圧(V)✕魔流(I):メルクの法則

 魔圧(V)=魔流(I)✕魔法抵抗力(R):オームの法則

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