表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/20

研究日誌12:メルクラボ

『【モニカ】を連れてきて』


 玄関横の小さなテーブルの上に矢が一本。

 メルクは矢に名前をつけている。

 抱きしめて寝るくらいだ。


『入って』


 真鍮のパイプからメルクの声。

 ドアのベルを鳴らす前なのに。

 なぜ分かるのだろう?


 矢は、見た目以上にしなやかだった。

 シャフトまで銀色の金属でできている。

 触れると、僕の体の中から何か吸い出される様な感覚があった。


「いつもの実験室ですね」


『そう』


 くぐもったメルクの声は、こころなしか楽しそうだった。


 クエストの件、悩んでいたらここに来てしまった。

 いつものように階段を下りる。

 だんだんと空気が重くなって、砂漠の日常が僕から離れて行った。


 メルクが実験室ラボと呼んでいる部屋は、整理されているのに混沌としている。

 半透明になったモンスターが入ったガラスの瓶の隣には、真鍮製の機械がカチカチと規則正しい音をたてている。

 異国風のナイフが飾られているかと思えば、魔力水晶が紫色の光を発している。


「やあ」


 ここに来ると、酸っぱい匂いや、甘くて重い臭いで、不思議に懐かしい気分になる。

『グアイヤコールのせい』とメルクは言うけれど、グアイヤコールが何なのかは教えてくれなかった。


「はい、これです」

「……なんともない?」


 予想外の質問に少し、不安になった。


「不思議な感じですけど、軽いですね」


 僕を見つめていたメルクがからんと笑った。


「お茶淹れる。座って」



月餅マアムールを買ってきました、いっしょにどうです」

「うん」


 テーブルの上のランプに火をつけて、お湯を沸かした。

 円筒形のガラス容器に、メルクが丸い塊を投げ入れた。


「これはビーカー」


 メルクは僕が知らない知識をよく教えてくれる。

 こっちの細長い円柱は試験管、三角形はフラスコ。


「形は機能」


 禅問答には慣れてきた。

 疲れるから、いちいち反応しない。


「君が、魔法を使えない理由」


 カップを並べながらメルクが続ける。


「今、分かった」


 ビーカーの中で、赤色の花が咲いた。



****



 甘い餡が疲れた頭に染み込んでいく感じがした。


「美味しい」

「ナッツの交易が再開したんです。コーヒーも入ってきたし、メルクさんのお陰ですよ」


 とはいえ、クエストの件はメルクが原因でもある。

 ままならない。


「それで、魔法が使えない理由って、なんですか?」

「想像して」

「はい」

「君が持ってきたお菓子の袋」

「これですね」

「砂を入れる」

「え、はい」

「持ち上げる」

「重いです」

「袋に穴を開ける」

「砂が落ちますね」

「それが原因」


 メルクが淹れてくれたお茶を一口啜った。


「うわ、これ口の中で花が咲いたみたい」

「美味しいね。東の国の工芸茶」

「いや、全然分からないです」

「お茶?」

「そうじゃなくて」


 メルクが残りの月餅を口に入れた。


「君は、穴が小さい」


 僕はカップを置いて、顔を手で覆った。




「君は、魔力量が大きい。とんでもなくね。スライム戦で明らか」

「はあ」

「褒めてる」

「あ、ありがとうございます」

「魔法抵抗値も高い。だから、抵出力」

「ああ、だから穴が小さい。どうして分かったんですか?」

「【モニカ】」


 さっきの矢だ。

 そういえばアレイスタも矢に触れていたことを思い出していた。


「これは血鉄けってつ


 スライム戦の後プレゼントされた冊子にそんな記載があった。


「確か、魔力を通しやすいんでしたっけ」

「私の血鉄は、魔力を吸うし、与えもする」


 だから吸われる感じだったんだ。


「普通の人が触れたら……」

「どうなるんですか?」

「死ぬ」

「へー。あ、お茶おかわりいります?」

「貰う」



 ふー。



「え、死ぬんですか?!アレイスタさんは平気だったじゃないですか」

「アレは化物。精神力の」

「僕もさっき矢に触れましたけど」

「君も化物」


 化物。

 そう言われても悪い気はしなかった。

 アレイスタと同じ、というところが、少し嬉しい。


「もし、死んだらどうするつもりだったんです?」


 メルクは、隣のテーブルの上の液体を見ている。


「聞きたい?」


 メルクの表情はいつもの禅問答のように曖昧。

 だけど今は笑っている気がする。


「いえ、いいです。今度試す時は先に言ってください」

「善処」


****


 そういえば、魔法体質の話になってしまったから言いそびれていた。

 これだけは聞かないと。

 カップを片付けながらメルクに話しかけた。


「そうだ、くるみ亭でおかしなことがあったんです……聞いてもらえますか?」

「うん」


 魔法が回転して水になったことを、覚えている限り詳しく話した。

 ”白き矢“のことは黙っていた。


「興味深い。回転は右回り?それとも左回り?」


 時折メルクの質問は突拍子もない。

 水になったことよりも、回転。

 それも回転の方向が気になるなんて。

 でも、何かとても重要なことを見ている気がする。


「確か、マスターの眼帯の横を抜けていったから、右回り、だと思います」


 身振り手振りであの時の様子を再現した。


「よく観ている」

「メルクさんたちの時も右回りだったと思います」

「どちらも、右回り。……それは面白い」

「面白いですか?いったい何が?」

「分からない」

「分からないのに、面白い?」

「分からないから、面白い」


 メルクが両手を上げた。


「右回りがあるなら、左回りもある。はず」


 右と左に合わせて、掌をくるくると回す。


「そうですね。でも、左回りは、見つかっていない」

「何かに似ている」

「……反雷ですか」

「話が早いね」

「じゃあ、左回りの雷が反雷?」

「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない」

「曖昧ですね」

「工学者は、見るまで、断定しない」


 メルクが急に真面目な顔つきになった。


 あ、これはいつものヤツだ。

 周囲を警戒する。

 絶対に何か来る。


「私からも、君に頼みたいことがある」

「な、なんです、改まって」

「工学にとって一番重要なのは、何?」

「また、なぞなぞですか?」

「真面目な話」

「そうですね、さっきメルクさんが言っていた、断定しないことですか?」

「そうだね、それも重要。けれど、同じように重要なこと」

「なんです?」


 メルクが指をならした。


 突然、椅子が唸りを上げる。

 背もたれの歯車が回転。

 座面の下から蒸気が吹き上がる。

 変形する。 

 椅子の脚。

 肘かけ。

 

 何か来る、とは思っていたけれど。

 いつも座っている椅子にこんな仕掛けが。

 声を上げる間もなく、手と足が枷で拘束される。


「ちょっと、メルクさん!何するんです」

「スライム戦の再現実験」

「嘘でしょ」

「試す時は先に言えばいいって、言ったのは君」

「そういう意味じゃ――」


 床板が抜けた。





 僕は闇に落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ