研究日誌09:オブスキュラ
研究日誌08:ヴュステン・ローゼ
砂トカゲの焼ける匂い。
重なり合った人の声。
生きた世界に帰って来た。
乗り合い魔車を降りる。
街の落とし大門を抜けたところでメルクがギルドとは反対の方に歩いていった。
「市場寄ってく」
いつも通りの平坦な口調を残して、メルクが人波に紛れてあっというまに消えた。
「……じゃ、ギルドに報告してくる」
そこにいないメルクに話しかける。
ずり落ちそうなリュックの肩紐をかけ直す。
冒険者ギルドの扉がいつもより軽い。
今日は、ヒソヒソ声が気にならない。
「オーム?……そう、戻ってきたのね」
それが懸命よ、という顔。
3日で帰ってきたのだから誰だってそう思う。
僕だって思う。
「疲れたでしょ、今日は、」
「終わりました」
ギルドがザワッとした。
遠慮しないヒソヒソ声。
僕は袋から花を取り出す。
砂漠の砂の花――オアシスの中心でしか咲かない、淡く光る結晶質の花弁。
ニーナが、しばらく無言で観察してから、僕を見た。
「……店長」
待たされる時間は、妙に長く感じた。
ささやき声が増え、視線が刺さる。
調理室の奥から歴戦を纏った眼帯の男。
「くるみ亭」のマスター兼ギルドマスター。
戦利品をじっくり観察し、
それから書類に目を落した。
「……確認が必要だが、
証拠は十分だ。報酬が高額だから、まず三分の一を支払う。残りは調査完了後に」
書類とペンが渡された。
サインして返すと、ニーナがウインクした。
「黒龍のせいで、交易がずっと滞っていたんだ。感謝する」
ギルドマスターが頭を下げた。
胸の奥が熱くなる。
ギルドの音なんかもう聞こえない。
ギルドマスターが僕を呼ぶ。
耳元で、囁くように、
「メルクに感謝しろよ」
ギルドマスターの口角は上がっていた。
誇らしい気持ちが、しぼんでいく。
「あ、そう言えば」
ニーナの明るい声。
「アレイスタに会いたいっていう人が来てるの。ちょうど良かった。オーム、案内を頼めない?」
沈んだ気分を変えたくて、
「はいっ!」
大きな声で返事した。
****
二階の別室に彼はいた。
「ダゲルです。アレイスタの知り合いは君かい?」
白髪白眉の青年。
妙に整った顔立ち。
質素だけれど上品な服。
いくらでも上流社会向けの形容詞が出てくる。
「オームです」
「君の眼、いいね。僕は好きだな。そうだ一枚撮らしてもらえないかい?」
取る?
何を?
ダゲルが小さな魔導具をカバンから取りだした。
「お二人さん、並んで」
言われるがまま、僕とニーナは顔を寄せる。
なぜか二人でピースサイン。
「はい、笑って」
閃光。
目をつむった気がする。
「これはオブスキュラ、魔法による記録法ですよ」
小さなガラスがたくさんついた箱の中から布が取り出された。
テーブルの上には間の抜けた僕の笑顔。
すごい。
殺さない魔法。
どういう原理。
光魔法?
ニーナがはしゃいでいる。
仕事して欲しい。
「君にあげるよ」
ニーナが飛び上がった。
「ああ、興奮して、忘れていました。オームさんに案内をお願いしました」
「それはよかった」
ダゲルが春の砂漠のように笑う。
「僕をアレイスタのところに運んでくれないか」




