研究日誌08:ヴュステン・ローゼ
乗り合い魔車を降りると、砂トカゲの焼ける匂いが鼻を刺激して、生きた世界に帰って来たことを実感した。
街の落とし大門を抜けたところでメルクがギルドとは反対の方に歩いていった。
「市場寄ってく」
いつも通りの平坦な口調を残して、メルクが人波に紛れて消える。
「……じゃ、ギルドに報告してくる」
そこにいないメルクに話しかけて、僕は歩きだす。
ずり落ちそうなリュックの肩紐をかけ直し、僕は気合をいれた。
冒険者ギルドの扉がいつもより軽く感じた。
ヒソヒソ声は、今日は全く気にならない。
「オーム?……そう、戻ってきたのね」
それが懸命よ、という顔。
3日で帰ってきたのだから誰だってそう思う。
僕だって思う。
「疲れたでしょ、今日は、」
「終わりました」
ギルドがザワッとした。
遠慮しないヒソヒソ声。
僕は袋から花を取り出す。
砂漠の砂の花――オアシスの中心でしか咲かない、淡く光る結晶質の花弁。
ニーナが、しばらく無言で観察してから、僕を見た。
「……店長」
待たされる時間は、妙に長く感じた。
ささやき声が増え、視線が刺さる。
調理室の奥から歴戦を纏った眼帯の男。
「くるみ亭」のギルドマスター。
戦利品をじっくり観察。
それから書類に目を落とす。
「……確認が必要だが、
証拠は十分だ。報酬が高額だから、まず三分の一を支払う。残りは調査完了後に」
書類とペンが渡された。
サインして返すと、ニーナがウインクした。
「黒龍のせいで、交易がずっと滞っていたんだ。感謝する」
ギルドマスターが頭を下げる。
ギルドの音なんか聞こえやしない。
胸の奥が熱くなる。
ギルドマスターが僕をよぶ。
耳元で、囁くように、
「メルクに感謝しろよ」
ギルドマスターがウインクしたように見えた。
「あ、そう言えば」
ニーナの声が背中に飛んできた。
「オームにお願いしたいことがあるの」
さっきまでの誇らしさは、今はもう萎んで、
「はいっ!」
大きな声で返事した。
二階の別室。
「写真家のダゲルです」
白髪白眉の青年。
年齢不詳。
妙に整った顔立ち。
「……写真家?」
初めて聞いた。
鞄から、布と小さな魔導具が取り出される。
「光魔法による記録法です。お二人さん、並んで」
言われるがまま、僕とニーナは顔を寄せる。
なぜか二人でピースサイン。
「はい、笑って」
閃光。
目をつむった気がする。
オブスキュラの中から布を取り出す。
テーブルの上に間の抜けた僕の笑顔。
これは面白い。
殺さない魔法もあるのか。
どういう原理。
光魔法、それって……
ニーナがはしゃいでいる。
仕事して欲しい。
「君にあげるよ」
ニーナが飛び上がる。
仕事して。
「ああ、興奮して、忘れていました。こちらオームさん、アレイスタさんのお知り合いですよ」
「それはよかった」
ダゲルが春の砂漠のように笑う。
「僕をアレイスタのところに運んでくれないか」




