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167 残り18日 魔王、王都に向かう

 港町ラーファの領主邸で、魔王ハルヒは全軍に出動の命令を出した。

 太陽が西に消えた直後のことである。

 昨晩のうちに水晶は届け終わっていたが、報告できなかったのだとペンケースの吸血鬼が告げた。


「魔王様、見事な号令でございました」


 堕天使サキエルが手を叩く。


「もう、ノエルたちは地下帝国に到着しているのかしら?」


 魔王軍の最大戦力は、ネクロマンサー率いるゾンビ兵とゴーレムマスターテガが生み出したゴーレムたちだ。

 だが、魔の山に初めから住んでいた魔物たちも多く、魔王降臨の噂が広まり、各地から魔物たちが集まってきていた。


 ゾンビ兵やゴーレム、熊やオオカミの獣系戦士の多くはカバデールにいる。

 ハルヒ直轄の部隊で、もっとも近い場所にいると思われるのが、ハルヒが魔の山にいる時から地下帝国に移動するよう命じて置いた、ノエルを筆頭とした鬼族と山ガエルの王ジャバが率いる粘液部隊、そのほかの魔の山の軍勢である。


「そろそろ到着している頃合いだと思いますが」

「ラミアたち地下帝国の者たちは動くかしら? コウモリに水晶玉を持たせてはおいたけど」

「動きます。むしろ、動かないようでしたら私が承知いたしません」


「ああ……それは怖がるわね。あなたは、ベヒーモスを操って地下帝国を滅ぼした張本人だものね」

「滅ぼそうと思ってのことではないのですが」

「結果的な滅んだのだから同じことよ。ペンケースの吸血鬼……あなたはどうするの?」


 ハルヒは、ドワーフの名工がつくりあげたペンケースの蓋をスライドさせた。

 ペンケースから、20センチほどの吸血鬼が体を起こす。


「眷属が帰還すれば、お役に立てるはずです。できれば……このまま持ち歩いていただけると、良いタイミングでご協力できましょう」

「わかった」


「魔王様、お気をつけください。このコウモリ男、魔王様のお側にいたいだけですので」

「まるで、サキエルみたいね」

「わ、私だけではありませんとも」

「そこは否定しなさいよ。いいわ……私も出る」


 魔王ハルヒは、マントを纏い神殺しの剣を肩に、領主邸を後にした。


 ※


 魔王ハルヒはユニコーンにまたがり、ドラゴン王プリンと堕天使サキエルを従え、港町ラーファの北の平原で待った。

 月明かりが美しい、空気の冷えた夜だった。


 ラーファの町が動いて見えた。

 町の門が開け放たれ、半人半蛇の魔物ラミアと、ゴブリン、オークなどの魔物たち、人間に奴隷として虐げられて来たやせ細った獣人たちが溢れ出す。


 ラミアと並び、ドワーフの名工による金棒を担いだ赤鬼ノエルを筆頭にした鬼族が続き、山ガエルの王と粘液の魔物たちが従った。


「これだけでも、錚々たる顔ぶれですな」


 堕天使サキエルが口笛を吹いて賞賛した。


「まだまだ、これから間に合っていない者たちがくるわよ」

「存じております。ですが……地下帝国のラミアに赤鬼ノエル、山ガエルのジャバ……いずれも魔王だったとしてもおかしくない魔物たちです」


「魔王様の前で、滅多なことは言わないでちょうだい。あなた……サキエルだったわね。もう、へんな巨獣は操っていないでしょうね」


 ラミアがサキエルに苦情を言うが、サキエルを恐れているのは明らかだ。


「この子は、巨獣とは違うわね」


 ハルヒは、傍に控えていたドラゴン王の長い首を撫でた。


「……ひっ……ドラゴン……この鱗……まさかドラゴン王?」

「お初にお目にかかる」


 ドラゴン王が頭を下げると、ラミアが引きつけを起こしそうな声で後ずさった。


「まだ戦力は増える。さあ……王都を落としに行くわよ」


 ハルヒの微笑に、魔物たちが歓声をあげた。

 ユニコーンの馬主を王都に向けたハルヒに、ラミアが並びかける。

 馬にまたがった状態のハルヒと、ラミアの頭の位置がほぼ同じだ。


「魔王様、実は地下帝国に、魔王様を騙る痴れ者が現れました」


 周囲を気にしてか、ラミアは声を落としていた。


「私を騙る? どんな奴?」


 ハルヒには推測がついていた。あえて尋ねたのだ。


「魔王様のように美しく、人間たちを奴隷のように使っておりましたが……魔王様の醸し出す恐ろしさは感じませんでした」


 ハルヒは、ラミアが感じたという違和感の表現に、非常に微妙な気持ちになった。

 ハルヒは、恐ろしさを演出しようと思ったことはないのだ。


「後続の者達が惑わされることになると面倒ね。何が目的なのかしら?」

「魔王様は、スイーツを求めて各地を回り歩いていると……まさか、魔王様がそのようなことをなさるはずがないのに……浅はかでした」


 ラミアがうなだれる。

 ハルヒは、ユニコーンに前進を命じた。すでにノエル達は行軍を始めている。

 はるか先まで進んでいることがわかったが、足の速さでユニコーンに勝てる者はいない。ハルヒはゆっくりとユニコーンを進めながら尋ねた。


「私も、スイーツは嫌いではないけどね。平和な世の中だったら、私がやりたかったわ」


 以前の世界ではやっていたのだ。各地を回り、写真を取り紹介記事を書いていた。


「魔王様……お戯れを……」

「嘘ではないわ。ラミア、試食とかしたの?」

「はい。女神の野糞というスイーツを食べましたが……さすがに悪くなかったかと」

「そう。それは楽しみね」


 ハルヒは、ハルヒが教えなかったスイーツをペコが開発したのだと誤解した。


「魔王様、対処はいかがしますか?」


 堕天使サキエルが聞いていたのか、背後で尋ねる。ハルヒはラミアに視線を向けた。


「それは、ラミアがどうして偽物だと気づいたかによるわ」

「対面している最中に、魔王様のお言葉が流れましたので」


 ラミアがコウモリに配らせた水晶玉を取り出した。


「……なるほどね」


 ハルヒは、自分も水晶玉を取り出す。呼びかけた。


「全軍に告ぐ。私はハルヒ、魔王よ。現在はラーファを出て人間の都に向かっている。全軍の到着は待たない。王都に着き次第、攻撃を開始する」


 ハルヒは魔力を切断した。


「偽物がいることは、言わなくていいのですか?」

「私の現在位置を告げ、方針を語った。これで惑わされるような連中はいらないわ」

「なるほど……さすが魔王様」


 感心するラミアを急き立て、ハルヒは自らもユニコーンに、一軍の先頭を行くノエルを追わせた。

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