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166 残り18日 勇者、魔王の声を聴く

 勇者アキヒコは、100年前と同様に整備されたという地下帝国城に案内された。

 女王ラミアは、アキヒコたちにはわからない感覚器官で、クモコを魔王だと断定した。

 本来ならばクモコは国賓の待遇を受けるべきだったが、クモコ本人の申し出により、アキヒコたちと一緒に厨房に立つことになった。


「さあ……クモコのスイーツで、ラミアを黙らせてあげましょう」


 ペコが張り切って、クモコの背負っていた道具と材料を並べていく。


「そうだな。スイーツに完成はないって言っていたものな。クモコ、頼むぞ」


 並べられた調理器具と材料を前に、クモコが立ち尽くした。


「クモコ、どうしたのじゃ?」


 ギンタがクモコの手元を覗く。クモコは近くにあった金属製の薄い容器、ボウルを手に取り、口に運んだ。


「ちょっと、クモコ、そのボウルを食べちゃダメよ。カカオ豆をすりつぶせ無くなるわ」


 ペコがクモコからボウルを奪う。

 金属のボウルに、しっかりとクモコの歯型がついていた。


「ちょっと待って。ああ……よかった。まだ使えそう」


 ペコはボウルに魔力を注いだのだろう。


「クモコ、ひょっとして……戻ったのか?」


 アキヒコが尋ねると、クモコは首を傾げた。


「僕たちとスイーツを作っただろう? 一緒に作って……試食しただろう?」


 アキヒコは、クモコが保存用として作成した容器から、固形のチョコレートを取り出した。クモコの口に含ませる。

 クモコが咀嚼し、吐き出した。


「……味がしない」

「クモコ……甘い味がわからんのか?」

「甘い? 甘いって……なに?」


 クモコには、甘いということすら理解できない。アキヒコはチョコレートをひとつまみ口に入れ、濃厚なしっかりとした甘さを感じ取った。


「まずいわ……この作戦、クモコにかかっているのに……」


 ペコが目に見えてうろたえる。アキヒコはペコの腕を掴んだ。


「ペコ、クモコがやったこと、覚えているだろう? あの時のクモコは、進化の女神の奇跡だったんだ。もともと、ペコが全て担うはずだったんだ。ペコならできる。ペコには……才能がある。僕と2人で町に出た時、クモコがそう言ったんだ。今思えば……クモコは、長くあの状態ではいられないことを知っていたんだ」


「私だって……あの時のクモコを知っているわ。私に代わりが務まると思うの?」


 ペコが震えている。ペコは料理に自信を持っていたはずだ。だが、それだけに、自分が知識と技術が足りないことを知ってしまった。進化したクモコとは、比較にもならないことを自覚している。

 ギンタは、並べられた保存容器を開けていく。


「……アキヒコ、あの時のクモコの作り置きがまだある。試作品だったのと、試食まで仕上がらなかったものじゃ」

「そうか……クモコが作ったようなスイーツは、この世界では未知の食べ物だ。試作品でも、ラミアになら十分だろう」


 魔王ハルヒは、アキヒコの世界のもっとも優れたスイーツを食べ歩いていた。だが、初めからスイーツを知らない女王のラミアなら、そこまでを求めることはないはずだ。


「ペコ……魔王を油断させるためのスイーツは、今はいい。まず、ラミアを納得させるんだ。クモコの作り置きでなんとかしよう」


 震えていたペコは、自分の頬を叩いた。気合いを入れたのだ。


「わかった。じゃあ……そこのチョコレートを温めて溶かして。あと……寒天、固すぎて食感が悪くなったやつを崩して盛り付けましょう」


 ペコが指示を出す。アキヒコとギンタは、指示に従ったつもりで色々と失敗しながらも、なんとか一品を仕上げた。

 それは、崩した寒天に溶けたチョコレートをかけ、干し果物をあしらった簡単なものだった。


 ※


 女王ラミアと地下帝国の高官たちがテーブルにつき、勇者アキヒコと仲間たちが壁際に立つ。ただクモコだけがラミア女王の対面に座った。

 魔術師ペコが、皿に盛られた寒天デザートを運ぶ。


「……これが、魔王様が探求しているというスイーツですか?」

「そう」


 ラミアが魔王だと認定したクモコが肯定すれば、反論の余地はない。


「何という食べ物なのでしょう?」

「もともとは、女神の足跡という名のスイーツでしたが、魔王様は発展させ……女神の野糞……ですか?」


 スイーツの名前はただの思いつきだ。ペコは言ってから、食べ物につける名前ではなかったと思ったのか、アキヒコを振り返った。


「女神の野糞です」


 もはや否定してもしかたない。アキヒコは断言した。


「……ふむ。女神の排泄物を食べるとか……女神を世俗に貶めるためには、絶好の食べ物ということですね」


 材料的にラミア女王の分しか用意できなかったが、王に試食してもらうという意味では、ちょうどよかったのかもしれない。

 ラミアは崩した寒天をスプーンで掬い、毒味役なのか側に立っていた獣人の少女に食べさせた。


「お……美味しいです。女王様」


 毒味役の犬耳をした少女が震える。

 アキヒコは胸を撫でおろし、ラミアも一口、口に入れた。


「なるほど……確かに、このような食べ物を作るのは、魔物たちには難しいかもしれません。わかりました。その人間たちは、魔王様に荷物を背負わせていたのではなく、魔王様が大事な荷物を持たせなかったのだと、理解いたしました。ところで……」


 女王ラミアは、食事のテーブルにそぐわないものを置いた。

 指でつまめるほどの大きさの、水晶玉だった。


「先程コウモリが、この水晶玉を魔王様からだと言って届けました。これは……いかなる意図でしょうか?」


 アキヒコたちは顔を見交わす。魔王の意図などわからない。アキヒコが口を開く前に、水晶玉から音が流れ出した。


『私はハルヒ。この声を聞く、全ての魔物を従える魔王です。私の声を聞くものよ。全ての戦力を結集し、人間の住む王都に向かいなさい。人間の世界を終わらせるわ』


 声が止んだ。クモコは口を開いていない。

 ラミアは、水晶玉を握りしめた。


「全軍出撃! 魔王様の元に馳せ参じるのだ! そこの女! 余を騙したな! ひっ捕らえるのじゃ!」


「ウインドトルネード」


 アキヒコが、覚えたての魔術を解き放つ。王の食堂が暴風に吹き荒れる。


「ペコ、ギンタ、クモコ、逃げるぞ」

「調理道具は?」

「わしがまとめておいた」


 ペコの問いにギンタが答え、クモコの手をとって食堂を飛び出した。

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