165 残り19日 魔王、配下と合流する
港町ラーファの町は、1日で3度地震に襲われた。
魔王ハルヒが、ゴミ捨て場の埋まり具合を見て、ゴミ捨て用の穴を三箇所増設したからである。
事情を知っているのは領主だけだったが、家が倒壊するような大地震にはいたらず、ハルヒは再び神殺しの剣を軽量化して背負った。勇者アキヒコに接触するための透明化も解除してある。
これだけ何度も魔法陣を刻み直せば、ミスリル銀であっても崩壊するはずだが、神殺しの剣には歪んだ兆候もない。
「何でできているのかしら?」
神殺しの剣を巨大化するには、この世界の存在に触れさせる必要がある。そのために連れてきた純白の堕天使サキエルに尋ねた。
「石ではないですか?」
「知恵を司るサキエルがいうのならそうなんでしょうね。なら、材質の問題ではないということね」
何であろうと構わない。ハルヒはそれ以上の追求はせず、神殺しの剣を背負い直した。
町に戻ると、町中は騒然としていた。
「地震の影響ではないわね。なにかあったのかしら……」
「地下帝国の入り口がある方向ですね」
サキエルは人間の町では翼を隠している。隠したままの翼では飛ぶことができないようだ。
現在ハルヒは、ペンケースの吸血鬼からの報告を待っている状況である。
昼間に報告が入ることはないため、時間はあるのだ。
騒がしい場所に、自然と足が向いた。
人間たちの怒声が聞こえてくる。
「ほらっ、そっちに行ったぞ。捕まえろ」
「角にだけ気を受ければ、ただの馬だ」
「殺すなよ。死体でも価値はあるが、生け捕りのほうが高値で売れる」
ハルヒは、堕天使サキエルを振り向いた。
「……ユニコーンって、魔の山の置いてこなかったっけ?」
「確か……『先に行っている』……魔王様はそう告げてドラゴン王に乗り、出かけたと……ユニコーンから聞きました」
「あなた、ユニコーンと話せるの?」
「ある程度の知能を持つ者なら、大抵は」
ハルヒはサキエルの、分厚いレンズ入りの眼鏡をかけた顔を見た。
知恵を司るというのは、伊達ではないのだろう。
「ドラゴン王とは話したけど……」
「ユニコーンは寡黙ですので……ただ、口を開けば魔王様のことしか言いませんな。魔王様が先にいくと行っていたので、ついて来るのを待っているはずだと……言っておりました。私も、あの時は置いていかれたので、すぐにラーファに勝手に向かったのですがね」
「悪かったわよ。じゃあ……赤鬼のノエルたちは、ユニコーンと話せるのかしら」
「角が生えただけの、ただの馬だと思っているでしょう。誰とでも話せますが、寡黙なため話せることを知る魔物は少ないでしょう」
「ふむ……ということは……大変じゃない」
ユニコーンは、ハルヒが待っていると思って駆けてきたのだ。
地下洞窟に脅威となる魔物はいない。魔王ハルヒが通過する時に駆除してきたからだ。いたとしても、ユニコーンが駆け抜けたなら捕まえることはできないだろう。
地下帝国を抜けて階段を駆け上がり、ラーファの町で迷っている間に、人間たちに捕まったのかもしれない。
ハルヒが走り出す。現在のハルヒが走れば、地面がえぐれる。
石畳ですら砕け散る。
足元の破損など気にしてはいられなかった。
ハルヒが見たときには、ユニコーンが投網に絡め取られ、地面に倒されていた。
「ユニコーン!」
ハルヒが叫ぶと、傷ついた頭部を弱々しく持ち上げた。
「なんだお前、これは俺たちの獲物だ。今更来て、邪魔をするな」
「おい、待て……この人……魔王じゃないか?」
「なに?」
誰かが指摘し、人間たちはユニコーンを隠そうと人垣を作った。だが、ハルヒはすでに見ている。弱った愛馬と、蹂躙しようとしていた人間たちを。
「ユニコーンから離れなさい」
ハルヒは、声を抑えた。声を張り上げたら、自制できなくなりそうだったからだ。
「ま、魔王だとしても……これは、俺たちがやっと捕まえたんだ。あんたのものじゃないんだろう? 何しろ、ユニコーンだ。純潔の乙女しか、乗ることはできないんだし……」
「私は、離れろと言ったのよ」
ハルヒは魔法陣を展開させた。ユニコーンのいる場所を中心に、空間に魔法陣が生じる。魔力を注いだ。
突風が巻き上がり、たちどころに竜巻に成長する。
「魔王様、皆殺しにするのでなければ、そろそろよろしいのでは」
堕天使サキエルが囁いた。ハルヒは魔力を解除し、逆に竜巻を霧散させた。
舞い上がった人間たちが地面に落下する。まだ、死んではいない。
ハルヒは、囚われたユニコーンに近づいた。
突風の中心にいたため、むしろ風の影響は受けなかったようだ。
「ユニコーン……ごめんなさい。ちゃんと言っておかなかったわね。他の魔物たちには、地下帝国で合図を待つように言ってあったのよ。まさか、あなたがちゃんと私の言うことを理解して、ついて来ようとするとは思わなかった。これからは気をつけるわ」
投網を引き裂き、ユニコーンを解放する。
ユニコーンは、ぶるぶると頭を振り、横に倒れていた体を起こして前足を地面につけた。
「それとも……あなたにとってはもう、私は乗せるに値しないかしら?」
「魔王様……ひょっとして……」
サキエルが呆然と呟く。だが、ハルヒは否定した。
「そういう意味じゃない。私のために、多くの者が死んだ。私が純潔だなんて、私自身は思ったことはない」
『ユニコーンは……一度の生涯に一人にしか仕えないんだよ。その人が汚れれば……僕の角が二本に別れるんだ。バイラコーンになれば、誰にでも仕えられるんだけどね……汚れを持つ人なら』
突然、ハルヒはユニコーンの言葉を理解した。ユニコーンを凝視する。
「……今まで……ただ、しゃべらなかったの?」
『お話ができると、魔王様を困らせると思って』
ユニコーンがぶるぶると震えた。ハルヒはユニコーンのツノを撫でる。まだ、ユニコーンの角は別れていない。
「……なるほど。私が汚れたら……そのことをみんなに知られてしまうわね」
『だから……ユニコーンは喋らないんだ』
「……なるほど。あなたもよ」
ハルヒは、背後でかしづくサキエルを睨んだ。
「もちろんです。魔王様の逢瀬を誰が口外するものですか」
サキエルがまじめに言ったので、ハルヒはおかしくなった。
「待ってくれ。その馬が……あんたのものだって証拠があるのかい?」
人間たちは死んでいなかったし、心も折れていなかった。突風に巻き上げられ、地面に叩きつけられても、まだ欲に駈られていた。
ハルヒは、人間たちに囲まれた。
「……サキエル……どう思う?」
「皆殺しが妥当かと」
「天使のお墨付きね」
「堕天使ですが」
「堕天使じゃなかったら、判断が変わるの?」
「天使の方が判断は苛烈です。もし堕天使でなければ、先程も魔法で皆殺しになっていただしょう」
「了解」
ハルヒは魔法陣を空中に描く。
「このユニコーンが私のものだという証明はできないわ」
「だろう。欲しけりゃ売ってやる。どうだい? 魔王様、金はあるんだろう?」
「でも……私が魔王だという証明なら、これで足りるかしら」
ハルヒが描き出した魔法陣の中央に、巨大な目が出現した。
目が輝き、真下にいたハルヒとサキエル、ユニコーン以外の者たちが、石と化した。




