151 残り26日 魔王、死の支配者を召喚する
魔王ハルヒを乗せたドラゴン王プリンは、平原の町カバデールの手前で東に舵を切った。
途中で行軍中のネクロマンサー率いるゾンビ兵の群を眼下に収め、さらに飛翔する。
スフィンクスがなぞなぞ勝負をしているはずの場所を見つけ、ハルヒはドラゴン王に空中での停止を命じた。
翼を使って飛んでいるなら、空中で停止するのはホバリングという翼を激しく動かす運動が必要になる。だが、ドラゴン王プリンは翼を大きく広げたままで空中に停止した。
翼に加えて、強大な魔力によって飛んでいるのだとハルヒは承知していたため、できると判断して命じたのだ。
「……人間の軍隊がカバデールに向かっているわ。どうやら、スフィンクスは負けたみたいね」
「さほど強力な魔物ではありません。負けることもあるでしょう」
ドラゴン王の姿は、人間を騒がしはしなかった。高く空中にいるプリンは、人間の群に気づかれていないのだ。ドラゴンにしてはかなり小さな部類に入ることもあるだろう。
もちろん、プリンは強力であるために小さいのだと、ハルヒは承知している。
ハルヒの視線は、スフィンクスがいたはずの場所の、さらに先に向けられていた。
「ええ……スフィンクスはなぞなぞの勝負にこだわっていた。本来の強さとは別に、簡単に負けることもあり得るわ。でも……私が人間の軍隊を足止めするために設置した壁もなくなっている。あの壁は……多分、異世界から来た人間でなければ動かせないわ」
「……勇者ですか?」
ハルヒは、ハルヒと勇者が同じ異世界からきたとは、プリンには言っていない。ハルヒの口ぶりから察したのだ。それだけ、ドラゴン王は知能も高い。
「スフィンクスが負けたのが勇者の介入だとしたら……スフィンクスはまともな勝負をさせてもらうなかったかもしれないわね。それだけ、勇者は悪どいわ。スフィンクスの死体はある?」
「……いや」
プリンは首を振る。ドラゴン族の知覚は鋭いことで有名だ。ドラゴン王の言葉であれば、間違いないだろう。
「なら、スフィンクスも支配の首輪で従えられたのかもしれない。まずいわね。神殺しの剣も勇者に持ち去られたとしたら……あっ……あった」
誰かが触れたのだろう。崩れかけた町道の端に、巨大な剣型の巨石があらゆるものを圧して転がっていた。
「取りに行きますか?」
「そうね……人間の兵は500を少し超えるぐらいかしら。ネクロマンサーのゾンビ兵では荷が重いわね。もっと削れると思ったけど……」
ドラゴン王の問いに応えながら、ハルヒは別のことを口にした。様々に思考が回転しているのだ。
「加勢しますか?」
ハルヒの言葉を受け、ドラゴン王プリンも提案を変える。
「いいえ。とりあえず、石の剣のそばに降りて。確認したいことがある」
「はっ」
ドラゴン王が答え、高度を下げた。
地上に降りる。
ハルヒは、地上に横倒しになった巨大な剣の上におり、足元に触れた。
石の冷たい感触の後、急速に足場が消える。
ハルヒは崩れた街道に、手にまるで惑星をつかんだような衝撃を受けた。
「この剣を動かすなんて……勇者の力は異常ね」
言いながら、すでに慣れた工程である、軽量化の魔法陣を何重にも重ねて刻みつける。
最後に剣として役立つよう、破壊力と斬れ味を増す魔法陣を施し、かつてのように背中にくくりつけた。
「……強大な力を感じる。その剣にも……魔王様にも……」
ドラゴン王プリンが恐るほどである。ハルヒは傍のプリンの顔を撫で、平原の町カバデールの方向に歩いて進んだ。
ハルヒが想像した通り、大量の死体が転がっている。
空中の高い位置からはわからなかった。
スフィンクスの死骸はなく、人間の兵士とオークたち魔物の死骸で埋め尽くされていた。
ドリアドとエルフの死体はないが、全員が無事なら人間の軍隊は行進していない。
ハルヒは、死体で埋め尽くされた戦場跡に立ち、魔法陣を展開させた。
巨大な魔法陣が空中に描き出され、その中に、黒い結晶体が生じた。
地面に落下する。地表に到達する前に、死体の中からなにかが生まれ出た。
大柄な人間大の人骨に、黒い靄を纏わせたような禍々しい姿だった。
「……これほど死んでくれたことに感謝すべきなのかしら。そうでなければ、召喚できなかったでしょう。死の支配者よ」
「魔王様……お呼びいただき光栄です」
ネクロマンサーのように、死体の誰かが依り代となったのではない。大量の死体から生み出された魔物が、骨の手を黒い胸に当てた。
「この戦場に転がる死体、好きにつかっていいわ。好きなだけ下僕を作り出し、私が支配するカバデールを襲おうとする人間の軍隊を殲滅しなさい。ネクロマンサーが率いるゾンビ軍がいるから、従えるといいわ。あなたに……クレープの名を与えるわ」
「名まで……魔王様のご期待に答えて見せましょう。立ち上がれ、我が兵よ」
死の支配者クレープが腕を振るう。視界いっぱいに広がる死体から、数十の個体が立ち上がる。
「……あなたに似ているわね」
「眷属です。不死の騎士団……この死体の数では10人が限界でしたが……人間の軍隊程度なら容易いでしょう」
「ふむ……では、あなたが私の配下である証を与えるわ。神殺しの剣を取り戻したし、もう必要はないから」
言うと、ハルヒはドワーフが作り出した傑作の中から、自分の代用武器として選び出した王笏を取り出し、自分の証としての魔法陣を刻み、クレープに下げ渡した。
「こ、これほどのものを……感謝いたします」
骨だけの存在が、深く頭を下げる。
「その王笏は預けるわ。結果で示し、必ず私に返しなさい」
ハルヒは、自ら召喚したが帰ってこなかった、支配階級の魔物ダークロードを思い出していた。




