152 残り25日 勇者、厨房を借りる
勇者アキヒコと魔術師ペコ、毒ドワーフのギンタ、クモコは巨大なスフィンクスの背に揺られて港町ラーファを目指した。
かつてクモコが巨大蜘蛛だった頃、馬車を曳かせたことがあったが、スフィンクスはさらに大きく四肢が長い分、速かった。
だが、ライオンの肉体である。背中に乗れば極端な上下運動があり、アキヒコすら必至にしがみつかなければならなかった。
誰も落ちなかったのは、クモコが糸で張り付かせてくれたからである。
港町ラーファは、スフィンクスの脚力をもってすぐに到達した。
巨大な魔物を連れて入るわけには行かず、町から離れた場所で別れ、呼ぶまでは来ないよう命じた。
勇者アキヒコの一行は徒歩で港町ラーファに入り、冒険者組合の建物を訪れた。
「厨房を貸してもらいたい」
アキヒコが言うと、受付の女が渋面を作った。
「そのようなサービスはしていません」
そもそも、アキヒコは冒険者登録を以前断っていた。冒険者ではないのだ。
「魔王を倒すために、必要なことなのよ」
魔術師ペコが割り込んだ。受付の女は首を捻る。
「厨房で保存食を作って山籠りでもするの? たとえあなたが勇者だとしても……そんなことをしても意味がないでしょうし、この町の人たちは、別に魔王様のことを恨んでは……えっ? 魔王様?」
女の目は、一番後ろで佇んでいたクモコに向けられていた。
アキヒコが振り返る。事情を察した。
「魔王の……魔王様のお好きなものを作る。金は払うから厨房を貸してくれ。ラーファを滅ぼされたくないのなら」
アキヒコは恫喝した。あながち間違いでもない。ただし、この場には魔王はいない。
「……わかったわ。付いてきてください。魔王様」
受付の女が折れた。アキヒコたちは受付の女に従い、冒険者組合の食堂で提供する食事を作っている厨房に入り込んだ。
受付の女は持ち場に帰り、休憩していた料理人が数名たむろしていた。
「アキヒコ……以前ラーファにわしらが来た時とは、魔王に対する態度が違うんじゃが……」
「魔王……この町に来たことがあるのか?」
アキヒコは、カバデールで遭遇した以降の魔王の同行をしらない。ずっとカバデールか魔の山にいるものと思っていた。
くつろいでいた料理人たちは、クモコを見て場所を明け渡した。そろそろ夕食の準備をする時間帯のはずだ。それなのに、アキヒコに一部を利用させるのではなく、いつまでかかるかわからない仕事に厨房をまるごと使わせるというのは極端だ。
クモコを魔王だと間違えているのは間違いない。だが、クモコを魔王だと間違えたというのは、魔王の本物を見たことがなければありえないことだ。
しかも、魔王を恐れているだけではなく、むしろ魔王が使うならいくらでも、と喜んで場所を渡そうとしていた。
ギンタが尋ねると、料理人の1人が答えた。
「魔王様は、景気良く金を使ってくれるし、この町をのし歩いていた胸糞悪い亜人たちを締め出してくれた。この町は人間の町だ。おっと……魔王様の従者は別だ。ごめんよ、ドワーフさん」
料理人は、ギンタに詫びた。ギンタに詫びたのは、そばにクモコが立っているためだ。
「町から……亜人を締め出したのか?」
「まあな。お陰で、仕事をしやすくなったよ」
人間たちは笑って出て行った。
「……魔王は、どっちの味方なのじゃ?」
ギンタが唸り、ペコが分析した。
「魔王は……魔物しか、支配する相手として見ていないのかもしれないわ。歴史上の魔王にも色々いたみたいよ。魔物しか優遇しない魔王とか、魔物にすら嫌われていた魔王もいたみたい。もし今の魔王がそういう魔王だとすれば……近づくのは簡単なんだけどね」
「その分、本人が強いのじゃないのか?」
アキヒコは、自分が持ち上げて運ぶことしかできない聖剣を、ハルヒが武器として使用していた事実を思い出す。
「ええ。一人で動き回って……油断したところを勇者に殺される。そんな魔王の伝説もある。アキヒコ……私たちは、アキヒコと魔王を一騎討ちさせることまでは協力できる。隙をつくこともできるかもしれない。でも……魔王を倒せるのは勇者よ。アキヒコ、魔王を倒せるのね?」
「王家の宝剣を預かった。ギンタ」
「わしが預かっている。自分の魂を削り、その分強い力を生み出すという魔剣を預かっておる」
「それって……『魂喰らい』? 実在したの?」
ペコが顔をしかめる。
「ああ。ロンディーニャ姫も知らなかった。王が教えてくれたんだ」
「アキヒコ……決して、魔王以外には使わないでよ。魔王相手にも、できれば使って欲しくない。それほど、使った時の使用者への影響が大きい。そういう文献があるのよ」
「わかっている。だから、ギンタに預けてあるんだ」
ギンタとペコは頷いた。
この日は、厨房の道具と食材を確認しただけで出て行くことにした。訪れた時間帯が悪かったことも気にしたのだ。
宿に泊まり、必要な食材を購入して戻ることを約束して、冒険者組合を後にした。
明日以降も使用を許可すると、冒険者組合の支部長が出てきて、クモコと約束した。アキヒコには目もくれなかったのだ。




