【没作品】悪役転生10
「なんだと……!?」
スラムの中央に位置する場所にギャング団「フェンリル」の拠点はあった。三階建ての建物の最上階、重厚な扉の向こうでカッサーノは苛立っている。
豪奢なデスクに拳を落とすと、報告に来たフェンリルの構成員が縮み上がった。自分に類が及ぶと思ったのだろう。
「ブリネッタを攫ったのはどんな奴だ?」
「ふ、覆面をした男だったそうです。恐ろしく強かったとか」
「もっと具体的な情報はないのかっ! 武器は? 魔法は?」
「ぶ、武器はショートソードで! 見慣れない魔法を使ったそうです!」
「見慣れない魔法……?」
「は、はい! 手からいくつもの光の矢が同時に放たれ、一気に何人もやられたそうです」
光の矢……? カッサーノの脳裏に嫌なシナリオが浮かんだ。
光魔法といえば勇者だ。最近、王家から勇者認定された男がいた筈。まさか……王家が俺の首を狙っている?
確かに最近はやり過ぎだったかもしれない。ブリネッタが売り捌く薬は貴族の間でも使われて始めていた。
加減を見誤ったか……。
カッサーノは眉間に皺を寄せ、唸る。
そこへ扉を叩く音が響いた。
「入れ」
「し、失礼します!」
息を切らしながら、若い構成員がカッサーノの部屋に飛び込んで来た。
「何かあったのか?」
「ホッジの兄貴が! やられました」
「なんだとっ……!!」
ホッジはフェンリル立ち上げ時からのメンバーで、カッサーノの幼馴染でもあった。
カッサーノの顔は蒼白になり、しばらく固まってしまった。
「……どこで誰にやられたんだ?」
「バッカスの酒場です。いきなり現れた髑髏のモンスターに、ホッジの兄貴は……」
構成員は泣き始める。一方のカッサーノは落ち着きを取り戻しつつあった。
「髑髏のモンスターについて詳しく聞かせろ」
「うっ……はい。本当に突然、ホッジの兄貴の背後に現れたんです。そして大きな鎌を兄貴の首に当てると、兄貴はそのまま意識を失ってテーブルに突っ伏して、冷たくなって……」
死神。ホッジをやったのは死神だ。
噂で売春宿「パシャ」に死神に憑かれた女がいると聞いたことがある。
もしかすると、ホッジが攫って売り飛ばした女の中にパシャの娼婦がいたのかもしれない。王家とパシャを同時に敵に回してしまったのか?
──コンコン。
そこへまたノックの音だ。
「今度はなんだ!」
苛立ちを隠さないカッサーノの怒声。
「は、はい! 出前が届きました!!」
ふっと力が抜けた。そうだ。いつものレストランに出前を頼んでいたのだ。トレイに載せられたオーク肉の煮込みはカッサーノの大好物であった。
スパイスの香りが部屋いっぱいに広がり、俄に緊張が緩む。
「これから戦争が始まる。お前達もメシを食って備えろ」
「「はい」」
二人の構成員が踵を返してカッサーノの部屋から出ていった。
急にしんとなる。
カッサーノはデスクの上の皿に向かい、スプーンで肉を掬っては口に運んだ。
さて、どうする? 繋がりのある貴族に助けを求めるか? 奴等だってブリネッタの薬がなくなれば困るだろう。
いや、借りを作ると後が面倒か? 勇者とはいえ、まだ小僧だ。一対一ならまだ自分の方が上な筈だ。
オーク肉を咀嚼しながら、カッサーノは考えを巡らせる。
「パシャ」を怒らせたのは不味かったな。もう通えなくなる。
最近やっとパシャの四階で遊べるようになったカッサーノは、お気に入りの娼婦の柔肌を思い出していた。
なんとかパシャとは関係を修復しなければならない。ワビを入れに行くか?
いやいや。それは不味い。そんな弱気な態度を見せてはダメだ。フェンリルはギャング団だ。舐められたらそこでお終い。あらゆる組織がフェンリルを狙い始めるだろう。
やるしかない。
最後のオーク肉を飲み込むと、カッサーノは腹を決めた。相手が王家だろうとパシャだろうと、引くものか。
カッサーノはデスクの引き出しからとっておきの酒を取り出し、コルク付きの蓋を開ける。オークの煮込みに負けない、芳醇な香りが鼻腔を抜けていった。
大きな手で酒瓶を掴むと、ぐいっとそのまま煽る。
酒精がカッサーノの喉を焼いた。
緊張から逃れる為か、それとも景気付けか。
カッサーノは二度三度と酒瓶を傾ける。
下の階では戦争の準備が始まったのだろう。バタバタと振動が伝わってくる。
──。
「うん? 誰かノックしたか?」
アルコールがカッサーノの弱気を吹き飛ばす。
「もうなんでも来やがれ!」と口にした瞬間、音もなく扉が開いた。
そこに立っていたのは、見慣れない男女四人組だった。




