400万
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
門脇家の朝に、私の絶叫が響き渡った。
「どうした、月?」
「どうしたじゃない!」
私はパソコンの画面を指差した。
未読メール。
四百十二万件。
いや。
四百十三万。
四百十四万。
まだ増えている。
「これ全部、昨日のアンケートなの!?」
「そう言うておる」
「世界中の女子高生に送ったの!?」
「うむ」
「どうやって!」
「ぱそこんで」
「パソコンでできる規模じゃないでしょ!」
「できたぞ?」
「できたぞ、じゃない!」
頭を抱える。
何なの、この子。
そもそも世界中の女子高生をどうやって探した。
どうやって連絡先を調べた。
どうやって一晩で数百万人に送った。
疑問しかない。
……ん?
「待って」
「何じゃ?」
もう一つ、とんでもないことに気づいた。
「普通のパソコンって、四百万件もメール受信できるの?」
「できぬぞ」
「…………」
私はゆっくり振り返った。
「今なんて?」
「普通のものでは無理じゃ」
「じゃあ、なんで私のパソコンには入ってるの?」
「入るようにしておいた」
「何してくれてんのよぉぉぉ!」
「騒々しいの」
「私のパソコンに何したの!?」
「少し手を加えただけじゃ」
「どこに!?」
「色々じゃ」
「色々って何!?」
「心配するでない。昨日より性能は良くなっておる」
「そういう問題じゃない!」
私のパソコン。
買ってもらってまだ一年も経ってないのに。
中身が何になっているのか、もう怖くて聞けない。
「月? 朝からどうしたんだ?」
騒ぎを聞きつけたパパが部屋を覗いた。
「パパ!」
「うん?」
「大変!」
「何が?」
「かぐやが世界中の女子高生にアンケート送った!」
「…………何?」
さすがのパパも固まった。
◇
「四百三十七万……」
パパが画面を見つめている。
返信はまだ増えていた。
「これ、本当に昨日渡したアンケート?」
「うん」
「回答内容も?」
「見てみて」
パパが何件か開いて確認する。
さっきまでの眠そうな顔が消えた。
画面を見る目が変わっている。
「……ちゃんと回答されてる」
「そうなの?」
「ああ。それも日本だけじゃない」
パパが次々とメールを開いていく。
「アメリカ、フランス、ドイツ……こっちは韓国か。翻訳までされてる」
「翻訳!?」
「回答する側の言語に合わせて、アンケートが変わってる」
「…………」
私はかぐやを見る。
「これもやったの?」
「読めぬものを送っても仕方なかろう」
「そうだけど!」
正論なのが腹立つ。
パパは画面を見ながら、完全に仕事の顔になっていた。
「これは……すごいな」
パパがそう呟いた時だった。
「パパ殿」
「……僕?」
「他に誰がおる」
「パパ殿……」
ちょっと嬉しそう。
「何だい?」
かぐやがアンケート用紙を手に取った。
「そもそも、この質問状で何が知りたいのじゃ?」
「何が?」
「うむ。質問には目的があろう」
パパが少し驚いた顔をした。
「そうだね」
そして椅子に座る。
「これは大手の衣料メーカーから依頼された調査なんだ」
「衣料?」
「服を作って売っている会社だよ」
「なるほど」
「女子高校生が、どんな服を欲しがっているのか。何にお金を使うのか。一回の買い物でどれくらい使うのか。ブランドを重視するのか、値段を重視するのか」
「ふむ」
「年齢や地域によっても違う。その辺りを調べて、今後の商品開発や販売戦略に使いたいんだ」
かぐやが何度か頷いた。
「つまり、女子高校生の購入動向と購買力を知りたいのじゃな?」
「簡単に言えばそうだね」
「分かった」
かぐやが立ち上がった。
「では、待っておれ」
「え?」
私のパソコンへ向かう。
「ちょっと、また何する気!?」
「仕事じゃ」
「誰の!?」
かぐやは答えない。
ものすごい速さで画面が切り替わっていく。
数字。
文字。
表。
グラフ。
何をやっているのか、私にはさっぱり分からない。
パパだけが黙って画面を見ていた。
「…………」
「パパ?」
返事がない。
やがて、かぐやの手が止まった。
「できたぞ」
時計を見る。
五分くらいしか経っていない。
「何が?」
「欲しかったのであろう?」
画面が切り替わる。
国別。
年齢別。
地域別。
購入価格帯。
購入頻度。
ブランド志向。
流行への関心。
季節ごとの購入傾向。
その他、私には意味の分からない項目まで、綺麗に分類されていた。
「…………」
パパが黙った。
「パパ?」
「…………」
「おーい」
返事がない。
画面をスクロールする。
一枚。
二枚。
三枚。
その顔から、どんどん表情が消えていく。
「かぐやちゃん」
「何じゃ?」
「これ……君がやったの?」
「そうじゃ」
「今?」
「うむ」
「五分で?」
「それくらいじゃな」
「…………」
パパは再び画面を見る。
私はパパの横顔を見ていた。
うちのパパは頭がいい。
ものすごくいい。
私は詳しく知らないけど、外資系の金融会社で日本のトップをやっているくらいだから、たぶん普通ではない。
そのパパが。
完全に固まっている。
「かぐやちゃん!」
突然、パパが立ち上がった。
「なんじゃ?」
「今日、僕と会社に来ないか!」
「は?」
今度は私が固まった。
「ちょっとパパ! 学校!」
「今日は休んでも――」
「ダメでしょ!」
「いや月、これはすごいなんてもんじゃない! この量のデータをたった五分で整理して、しかもこの分析……」
「だからって高校生を会社に連れてかないでよ!」
「かぐやちゃん!」
パパが私を無視して、かぐやを見る。
「一度でいい! 会社に来てくれないか?」
「嫌じゃ」
「…………」
早い。
「なぜ!?」
「今日は月と学校へ行く」
「学校なら明日でも――」
「それに」
かぐやが私を見る。
「帰りに、くれーぷを食べるのじゃ」
「お金ないって言ったでしょ!」
「…………」
パパが黙った。
三秒ほど。
そして。
「そうか」
あっさり引いた。
「分かってくれた?」
「ああ」
さすが大人。
石上生徒会長とは違う。
無理なものは無理だと分かれば、ちゃんと諦める。
「残念だなあ」
「何が?」
「いや、会社の近くにね」
パパは何でもないことのように言った。
「ものすごく美味しいスイーツのお店があるんだ」
かぐやの眉が動いた。
「…………すいーつ?」
私はパパを見た。
「パパ?」
「クレープも美味しいけどね。世の中には、それより美味しいものがたくさんあるんだよ」
「ほう……」
「パパ!」
「何だい?」
「汚い!」
「交渉と言ってくれ」
大人って汚い。
「例えば――」
「待て」
かぐやがパパを止めた。
「何かな?」
「くれーぷより、うまいのか?」
「もちろん」
「…………」
かぐやが黙った。
パパも黙った。
私も黙った。
五秒。
かぐやが考えている。
十秒。
まだ考えている。
これは。
まさか。
十五秒。
「……嫌じゃ」
「…………」
パパの肩が落ちた。
「結構粘ったね」
「月!」
◇
さあ、やってまいりました!
私、謎のナレーターUです!
今回の挑戦者は――
門脇家の大黒柱こと、パパが参戦だぁぁぁ!
対するはもちろんこの人!
千年前からやってきた謎多き美少女、かぐや姫!
まずはパパ殿、真正面から会社へスカウト!
その記録――
三秒!
撃沈!
これは早い!
現在、石上蓮選手が保持する一秒という驚異的な記録には及ばないものの、見事なまでの瞬殺です!
しかし!
ここで終わらないのが大人!
パパ殿、なんと禁断のカードを切った!
スイーツだぁぁぁ!
これは狡い!
実に狡いぞパパ殿!
クレープを覚えたばかりのかぐや姫に、さらなる甘味の存在をちらつかせる!
かぐや姫、考える!
五秒!
まだ答えない!
十秒!
これはいけるか!?
石上選手を遥か後方へ置き去りにした!
そして――
十五秒!
「……嫌じゃ」
撃沈~~~~!
記録、十五秒!
大幅更新だぁぁぁ!
さすが大人!
年季が違う!
しかし結果は同じ!
がんばれパパ殿!
負けるなパパ殿!
次なる挑戦者はいったい誰なのか!
それでは皆様、またいつの日かお会いいたしましょう!
実況は私――
謎のナレーターUがお送りしました!
◇
「月!」
「何!?」
突然、パパが声を上げた。
「学校遅刻するぞ!」
「誰のせいよぉぉぉ!」
今日も門脇家の朝は騒がしい。




