放課後
長かった。
本当に長かった。
転校初日だというのに、かぐやは朝からクラス中の注目を集め、授業では先生を困らせ、休み時間には質問攻めに遭い、昼休みには生徒会長から告白された。
しかも一秒で振った。
ようやく放課後を迎えた頃には、私はもうクタクタだった。
「月、帰るぞ」
「待って」
「何じゃ?」
「その前に買い物」
「買い物?」
私はかぐやの服を指差した。
「いつまで私の勝負服着てるつもり?」
かぐやは自分の格好を見下ろす。
「似合っておるぞ?」
「知ってるよ! 私の勝負服なんだから!」
「では問題なかろう」
「ある!」
大ありだ。
昨日会ったばかりの女の子に、お気に入りの服を永久貸与するつもりはない。
「かぐやの服、買いに行くよ」
「ほう」
「あと、それ」
私はもう一つ、朝からずっと気になっていたものを指差した。
「それ?」
「髪!」
艶のある黒髪が、かぐやの背中を通り越して足元まで伸びている。
「あんたの髪、足元まで来てるじゃん。そんな髪型、アニメでしか見たことないよ!」
かぐやが小首を傾げる。
「おかしいか?」
「おかしいよ! 歩いてて踏まないの?」
「踏まぬぞ」
「そういう問題じゃないの!」
私は髪を眺めながら考えた。
切らせるのは、さすがに可哀想な気もする。
「切れないんなら、美容院でセットしてもらおうよ」
「びよういん?」
「髪を切ったり、綺麗に整えたりするところ」
「なるほど」
かぐやは自分の髪を手に取った。
「長すぎるということじゃな?」
「そうそう」
「そういうことか」
かぐやが目を閉じる。
「んっ」
可愛らしい声が漏れた。
「……え?」
次の瞬間。
足元まで伸びていた黒髪が、するすると短くなり始めた。
「え?」
腰を越え。
「ええ?」
背中を越え。
「ちょ、ちょっと!」
最後には肩の辺りでぴたりと止まった。
前髪も綺麗に揃い、顔の横には真っ直ぐ切り揃えられた髪が残っている。
いわゆる姫カット。
「…………」
かぐやが目を開けた。
「これくらいか?」
「いやいやいやいや!」
「何じゃ?」
「今、髪縮んだよね!?」
「うむ」
「うむ、じゃない!」
思わず髪を掴んでみる。
「痛い」
「あ、ごめん」
普通の髪だ。
どう見ても普通の髪なのに、ついさっきまで足元まであった。
「どうなってんの、それ!?」
「わしの身体じゃ。多少は好きにできる」
「初耳なんだけど!」
「聞かれなんだからの」
「髪の長さ変えられますかなんて、普通聞かないでしょ!」
「そうなのか?」
「そうなの!」
でも。
改めて見る。
肩までの黒髪。
綺麗に揃った姫カット。
悔しいけど。
「……めちゃくちゃ似合ってる」
「そうか?」
「それがまた腹立つ」
かぐやは満足そうに笑った。
「では、服を買いに参ろう」
「ちょっと待って。私はまだ納得してないから!」
さっさと歩き出そうとするかぐやを呼び止める。
「あ、それと」
「何じゃ?」
「お金は持ってるの?」
「あるわけなかろう」
「…………」
あまりにも堂々としていた。
「なんでそんなに偉そうなの!?」
「持っておらぬものは仕方なかろう」
「じゃあ誰が払うのよ!」
かぐやは不思議そうに私を見る。
「月ではないのか?」
「なんでやねん!」
◇
「これ」
「嫌じゃ」
「じゃあ、これは?」
「好かぬ」
「これ可愛いじゃん!」
「ひらひらしすぎじゃ」
「十二単衣着てた人が何言ってんの!」
服屋に入ってから、すでに三十分。
意外だった。
何でもいいと言うかと思ったら、かぐやにはちゃんと好みがあるらしい。
「もっと軽いものがよい」
「軽い?」
「うむ。今の服は動きやすい」
「それ私のだからね」
「分かっておる」
絶対分かってない。
私は店内を見回し、何着か選んだ。
「じゃあ、これ着てみて」
「うむ」
かぐやが試着室へ入る。
しばらくして、カーテンが開いた。
「どうじゃ?」
「…………」
白いトップスにショートパンツ。
肩までになった黒髪も相まって、どこからどう見ても普通の女子高生だ。
いや。
普通ではない。
悔しいくらい可愛い。
「……似合う」
「そうか」
「なんでちょっと得意そうなのよ」
「わしだからの」
「腹立つ!」
結局。
普段着を何着か。
下着や靴下。
靴。
その他、必要になりそうなものを一通り買った。
店を出たかぐやは、いくつもの袋を抱えている。
妙に嬉しそうだ。
「ふむ」
「何?」
「買い物というものは、生まれて初めてしたが」
「うん」
かぐやは袋の中を覗き込む。
「妙に心が昂るものじゃの」
「…………」
その顔は、普通の女の子と何も変わらなかった。
私は少しだけ笑った。
まあ。
喜んでるならいいか。
そして財布を開く。
「…………」
「どうした?」
「今月のお小遣い……」
「うむ」
「ほとんどなくなった」
「そうか」
「そうかじゃない!」
もらったばっかりなのに!
「今月もう買い食いもできない……」
「買い食い?」
「学校帰りにアイス食べたり、クレープ食べたり!」
「くれーぷ?」
「食いつくな! もうお金ないから!」
「そうか……」
露骨に残念そうな顔をするな。
◇
「ねえねえ、そこの二人」
声をかけられた。
振り向くと、若い男が三人。
見た瞬間に分かる。
面倒くさいやつだ。
「二人とも可愛いね。高校生?」
「そうですけど」
「これから暇? 俺らと遊ばない?」
「暇じゃないです」
「まあまあ、いいじゃん」
一人がかぐやを見る。
「君、めっちゃ可愛いね」
「そうか?」
「そうそう。俺らいい店知ってるからさ」
「店?」
かぐやが反応した。
嫌な予感。
「金は持っておるか?」
「かぐや!?」
男が一瞬きょとんとして、それから笑った。
「あるある。奢ってあげるよ」
かぐやの目が少し輝く。
「では、くれーぷを――」
「行かないから!」
「なぜじゃ?」
「知らない人について行っちゃダメなの!」
「だが、金を持っておるぞ?」
「そこじゃない!」
男たちが笑った。
「面白い子じゃん」
「ちょっとだけ遊ぼうよ」
一人が距離を詰めてくる。
その時だった。
「その辺にしておけ」
聞き覚えのある声。
振り向く。
学ラン。
長身。
整いすぎた顔。
「……生徒会長?」
石上蓮が立っていた。
「嫌がっているだろ。もう行け」
「なんだ、お前?」
「竹田鳥山学園、生徒会長の石上蓮だ」
「知らねえよ」
「そりゃそうでしょ!」
思わず突っ込んでしまった。
蓮は一瞬こちらを見た。
「門脇。今は僕に任せてくれ」
「あ、はい」
なんか格好いい。
昼休みに出会って三十秒で告白して振られた人と同一人物とは思えない。
蓮は声を荒らげることもなく、男たちの間に入った。
何を言ったのか全部は聞こえなかったが、しばらくすると男たちは舌打ちしながら去っていった。
「大丈夫だった?」
「うん。ありがとう」
「礼を言う」
かぐやも素直に頭を下げる。
蓮の顔が一瞬で明るくなった。
「いや。無事ならそれでいい」
……やっぱり格好いいじゃん。
そう思った。
思ったんだけど。
「ところで、生徒会長」
「何かな?」
「なんでここにいるの?」
「…………」
「学校から結構離れてるよね?」
「たまたまだ」
「ふーん」
私は蓮を見る。
「服屋の前にもいたよね?」
「……たまたまだ」
「その前の交差点にもいたよね?」
「…………たまたまだ」
私は確信した。
ストーカーじゃん。
「かぐやさん」
蓮が突然、真剣な顔になった。
「何じゃ?」
「やっぱり僕は、君が好きだ」
「また!?」
「付き合ってください!」
「嫌じゃ」
「…………」
早い。
あまりにも早い。
蓮の告白が終わった瞬間には、もう振られていた。
かぐやは何事もなかったように私を見る。
「月」
「何?」
「くれーぷ」
「だからお金ないって!」
◇
かぐやと出会って三十秒で恋に落ち。
三十一秒で失恋した男、石上蓮。
その日の放課後。
少女の危機に颯爽と現れ、再び想いを告げるも。
わずか一秒。
再度撃沈。
石上蓮の恋。
果たして次は、何秒持つのだろうか。
がんばれ石上!
くじけるな石上!
次こそは、せめて五秒くらい悩んでもらおう!




