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月とかぐや姫  作者: まん丸


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不思議ちゃん

「それ、私の服じゃん!」


 朝の教室に笑い声が広がった。


 笑い事じゃない。


 しかも勝負服だ。


 まだ一回しか着てないのに。


「あとでちゃんと話すからね」


「うむ」


「絶対だからね!」


「承知した」


 本当に分かってるんだろうか。


 先生が手を叩いた。


「はいはい。積もる話は休み時間にしろ。かぐやの席は……門脇の隣が空いてるな」


「えっ」


「ちょうどいいだろ。知り合いみたいだし」


 よくない。


 ものすごくよくない。


 かぐやは嬉しそうに私の隣へ座った。


 その瞬間。


「ねえねえ!」


「かぐやちゃんって北海道のどこから来たの?」


「月とはどういう知り合い?」


「その髪、地毛?」


「彼氏いる?」


 一斉にクラスメイトが集まってきた。


「ちょ、ちょっと待って!」


 かぐやは突然始まった質問攻めにも、まったく動じていない。


「北海道のどこ?」


「知らぬ」


「え?」


「北海道には行ったことがない」


「ちょっとぉ!」


 私は慌てて割って入った。


「昨日、北海道から来たって言ってたじゃん!」


「わしは言っておらぬぞ?」


「言ったことにして!」


「なぜじゃ?」


「お願いだから!」


 クラスメイトたちが顔を見合わせる。


「じゃあ、どこから来たの?」


「宇宙じゃ」


「かぐや!」


「本当じゃぞ?」


「分かったから!」


 次の質問が飛んでくる。


「月とはいつから友達なの?」


「昨日じゃ」


「どこで会ったの?」


「交差点じゃ」


「何してたの?」


「宇宙より戻ったところを、大勢に囲まれておった」


「そこまで言わなくていい!」


 まずい。


 こいつ、聞かれたら全部答える。


「じゃあさ、何歳?」


「さて」


「さて?」


「少なくとも千年前には、この国におったが」


「ストーーップ!」


 私は両手を広げた。


「はい! 質問終了!」


「えー!」


「もっと聞きたい!」


「もうすぐ授業だから! みんな席戻って!」


 チャイムが鳴った。


「ほら! 鳴った! 戻る!」


 不満そうなクラスメイトたちを追い払い、私は椅子に崩れ落ちた。


「……疲れた」


「まだ朝じゃぞ?」


「誰のせいよ!」


     ◇


 一時間目は数学だった。


 先生が黒板に問題を書く。


「じゃあ、これ分かる人?」


 誰も手を挙げない。


 いつもの光景だ。


「おいおい。昨日やっただろ」


 先生が教室を見回し、かぐやで視線を止めた。


「転校初日で悪いが、かぐや。分かるか?」


「うむ」


 かぐやは黒板を見ると、すぐに答えた。


「正解」


「へぇ」


 教室から小さな声が上がる。


 先生がもう一問出す。


 また正解。


 さらに一問。


 正解。


「……かぐや」


「何じゃ?」


「これ、習ったことあるのか?」


「ない」


「ないのか?」


「見れば分かる」


「…………」


 先生が黙った。


 クラスがざわつく。


「え、すごくない?」


「頭めっちゃいいじゃん」


「天才?」


 その後も同じだった。


 数学。


 理科。


 英語。


 何を聞かれても答える。


 先生が説明に困ったところまで、普通に答えてしまう。


「そこは高校では習わないんだが……」


「そうなのか?」


 先生まで困ってる。


 私は机に頬杖をついた。


(この子、学校に来る必要ある?)


     ◇


 そして休み時間。


「かぐやちゃん!」


 来た。


 また来た。


 私の地獄の時間が始まった。


「好きなアイドル誰?」


「アイドルとは何じゃ?」


「え?」


「じゃあ、好きな歌手は?」


「歌手……?」


「普段何してるの?」


「宇宙におった」


「好きな動画とかある?」


「動画とは何じゃ?」


「休みの日は?」


「休みの日……?」


 勉強の質問には何でも答えられるのに、普通の高校生なら誰でも答えられそうな質問には何一つ答えられない。


「……変わってるね」


「そうか?」


 変わってる。


 めちゃくちゃ変わってる。


     ◇


 ようやく昼休み。


「かぐや、行くよ!」


「どこへじゃ?」


「学食!」


 質問攻めから逃げるように教室を出た。


 食堂へ入った瞬間、かぐやの足が止まる。


「……ここは?」


「食堂」


 かぐやは並んだ料理を見回した。


「これほどの料理から、好きなものを選べるのか?」


「そうだよ」


「……やはり、ここは貴族の子弟が集う学び舎なのでは?」


「まだ言ってんの!?」


 私はカレーを選び、かぐやにも同じものを持たせた。


 席を探していると、周囲の女子が急にざわついた。


「あ、生徒会長」


「今日もかっこいい……」


 視線の先には、一人の男子生徒がいた。


 学ラン姿。


 朝、廊下で見かけた人だ。


 石上蓮(いそのかみ れん)。


 竹鳥の生徒会長。


 成績は学年トップクラス。責任感も強く、生徒からの信頼も厚い。


 そして何より、アイドル顔負けのイケメン。


 本人が近くを歩くだけで女子がざわつくくらい、この学校では有名な人だった。


 その生徒会長が、私たちに気づいた。


「君が今日来た転校生だね」


「?」


「初めまして。生徒会長の石上蓮です」


 かぐやは一度だけ蓮を見る。


「そうか」


 そして、すぐにカレーへ視線を戻した。


「…………」


 蓮の笑顔が止まった。


「月」


「何?」


「この黄色いものは何じゃ?」


「カレー!」


「かれー」


 かぐやが一口食べる。


「……!」


 目を見開いた。


「辛い!」


「カレーだからね!」


「だが、うまい!」


「よかったね!」


「月。この肉は何の肉じゃ?」


「豚!」


「ほう!」


「……あの」


 蓮がもう一度声をかける。


 かぐやが顔を上げた。


「まだおったのか?」


「…………」


 食堂が静かになった。


 私は思わず蓮を見る。


 たぶん。


 石上蓮、十七年の人生で、女の子からここまで相手にされなかったのは初めてだ。


 なのに。


 なぜだろう。


 蓮は怒るどころか、かぐやをじっと見つめていた。


 そして突然、真剣な顔になった。


「かぐやさん」


「何じゃ?」


「好きになりました」


「は?」


 私の口から変な声が出た。


 食堂中の視線が集まる。


「付き合ってください」


「嫌じゃ」


 即答だった。


「早っ!」


 しかも、かぐやはもう蓮を見ていない。


 その視線は、私の隣に置かれた小さな器へ釘付けになっている。


「月」


「……何?」


「あれは何じゃ?」


 指差した先を見る。


「プリンだけど」


「ぷりん……」


 かぐやの目が輝いた。


「わしも食べたい」


「今、告白されたんだよ!?」


「そうなのか?」


「そうなのかって!」


 近くにいたクラスメイトが、ぽつりと言った。


「……かぐやちゃんってさ」


「何?」


「不思議ちゃんなんじゃない?」


「……不思議ちゃん?」


「ああ!」


「それなら全部納得!」


「宇宙から来たとか、千年前にいたとか言ってたのもそれか!」


「なるほどねー」


 次々と頷き始める。


「いや、本当じゃぞ?」


「はいはい」


「設定細かいなぁ」


「設定ではないのじゃが……」


 誰も真剣に聞いていない。


 私はその光景を眺めながら、ふと気がついた。


 もしかして。


 これから私は、いちいち誤魔化さなくてもいいのでは?


「月」


「何?」


「ぷりん」


「……分かったよ」


 朝からずっと重かった肩が、少しだけ軽くなった。


 こうして転校初日。


 かぐやは学校中から『不思議ちゃん』と認定された。


 そして、竹鳥一のモテ男、石上蓮は。


 かぐやと出会って三十秒で恋に落ち。


 三十一秒で失恋した。

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