転校生
翌朝。
「いただきます」
いつもの朝食に、いつもの食卓。ただ一つ違うのは、私の隣に千年前から来たという少女が座っていることだった。
私はパンをかじりながら、目玉焼きに塩を振る。
パッ、パッ。
それを見ていたかぐやが、興味深そうに塩の容器を手に取った。
「こうか?」
「うん。ちょっと振ればいいよ」
「承知した」
かぐやが容器を傾けた、その瞬間だった。
スポンッ、と蓋が外れた。
ドバッ。
「「「あ」」」
私とママと大地の声が重なった。
かぐやの目玉焼きは、たっぷりの塩をかぶって真っ白になっている。
食卓の時間が止まる中、かぐやは塩まみれの目玉焼きをしばらく眺めると、何事もなかったように隣の大地へ顔を向けた。
「そなたもかけるかえ?」
「……!」
大地が無言で首をブンブン縦に振った。
「いや、いらないでしょ!」
私が止めるより早く、かぐやは大地の目玉焼きの上で容器を傾けた。
ドバッ。
もう一つ、真っ白な目玉焼きが完成した。
「…………」
大地は何も言わない。
かぐやは満足そうに塩を置くと、さあどうぞ、とでも言いたげな顔で大地を見た。
大地が箸を持つ。
「え?」
パクッ。
「食べた!?」
無言のまま、大地は目玉焼きを咀嚼している。
すると、かぐやも自分の目玉焼きを箸で切り、そのまま口へ運んだ。
「かぐやも!?」
「?」
「しょっぱくないの?」
「何がじゃ?」
「塩だよ! それだけかけたら普通食べられないでしょ!」
かぐやは不思議そうに目玉焼きを眺め、もう一口食べる。
「うまいぞ?」
「嘘でしょ……」
私は大地を見る。
「大地は?」
「……」
「ねえ、聞いてる?」
「……」
目は開いているし、口も動いている。
でも、心はどこか遠い世界へ旅立っていた。
ママはそんな二人を眺めながら、のんびり味噌汁を一口飲む。
「二人とも、塩分の取りすぎは病気になるから気をつけてね」
「心配するとこ、そこ!?」
朝から疲れる。
私はため息をつきながらパンをかじり、何気なく時計を見た。
「……あ」
もう一度見る。
「やばっ!」
椅子から飛び上がった。
「遅刻する!」
残っていたパンを口へ放り込み、牛乳で流し込む。
そんな私を見て、かぐやが首を傾げた。
「どこへ参るのじゃ?」
「学校!」
「がっこう?」
そうか。知らないのか。
「えっと……同じくらいの歳の子が集まって、先生から色々教えてもらうところ!」
説明しながら鞄の中身を確認する。
「ほう。学問をする場所か」
「まあ、そんな感じ!」
「女子もか?」
「今は普通だよ!」
私は鞄を肩にかけた。
ところが、かぐやは何やら興味を持ったらしい。
「わしも参る」
「無理!」
「なぜじゃ?」
「あんた生徒じゃないでしょ!」
かぐやが少し考える。
「生徒であればよいのか?」
「そういう問題じゃないの!」
時計を見る。もう本当に時間がない。
「とにかく今日はママと一緒にいて。勝手に出歩いちゃ駄目だからね!」
「承知した」
「……本当に?」
「うむ」
ものすごく不安だ。
「じゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい」
ママの声を背中に受け、私は玄関を飛び出した。
◇
「間に合ったぁ……」
自転車を停め、私は竹田鳥山学園の校舎へ駆け込んだ。
通称、竹鳥。
うちの学校には制服がないので、校内を歩いている生徒の格好はバラバラだ。Tシャツにジーンズの子もいれば、お洒落に気合いを入れている子もいる。
そんな中、廊下の向こうを学ラン姿の男子生徒が歩いていた。
制服がない学校で、なぜ学ランなのか。
本人が好きで着ているらしい。
変わった人もいるもんだ。
「おはよう、門脇!」
「おはよ!」
クラスメイトに挨拶しながら教室へ入り、自分の席に滑り込む。
「セーフ……」
昨日から色々ありすぎた。
宇宙から来たと言い張る女の子を拾って、家へ連れて帰ったらミケには嫌われ、大地は一目惚れ。今朝は二人揃って塩まみれの目玉焼きを食べていた。
疲れる。
私は机に突っ伏した。
まあ、学校にいる間くらいは普通に過ごせるだろう。
チャイムが鳴り、担任が出席簿を片手に教室へ入ってきた。
「ほら、席つけー。ホームルーム始めるぞ」
ざわついていたクラスメイトたちが、それぞれの席へ戻っていく。
いつもの朝だった。
ところが先生は出席簿を机に置くと、思い出したように付け加えた。
「ああ、その前に今日は一人紹介する」
「紹介?」
「転校生だ」
一瞬の静寂のあと、教室が一気にざわついた。
「マジで?」
「この時期に?」
「男子? 女子?」
さっきまで眠そうだった連中まで目を輝かせている。
私も少しだけ興味が湧いて顔を上げた。
「女子だ。北海道から来たそうだ」
「北海道!」
「どこ?」
「確か……空知だったかな」
「…………」
空知。
どこかで聞いた。
つい最近。
というか、昨日。
「……まさかね」
嫌な予感がした。
いやいや。
そんなわけがない。
私が家を出た時、あいつはパジャマ姿で朝ご飯を食べていたんだから。
「じゃあ、入っていいぞ」
先生が教室の扉へ目を向けた。
ガラッと扉が開き、一人の少女が教室へ入ってくる。
腰まで届く艶やかな黒髪に、透き通るような白い肌。
そして何より、私には見覚えがありすぎる顔だった。
「…………は?」
教室が静まり返ったのは、ほんの一瞬だった。
「うわ、めっちゃ美人……」
「髪すご……」
「モデルとか?」
あちこちから声が上がる。
少女はそんな視線など気にする様子もなく教壇の横まで歩くと、静かに頭を下げた。
「かぐやじゃ。本日より世話になる。よろしく頼む」
「…………」
私は固まった。
かぐやが教室を見回し、やがて私を見つける。
ぱっと表情が明るくなった。
「月。また会ったの」
ガタンッ!
「うわっ!」
椅子ごとひっくり返った。
「門脇!?」
「大丈夫!?」
クラスメイトの声を聞きながら、私は慌てて床から起き上がる。
「なんで……」
かぐやを指差した。
「なんであんたがここにいるのよ!」
「?」
かぐやは不思議そうに首を傾げる。
その顔を見ているうちに、私はもう一つ、とんでもないことに気がついた。
「……ちょっと待って」
改めて、かぐやを上から下まで見る。
昨日の十二単衣じゃない。
今着ている服は、私がよく知っているものだった。
「それ、私の服じゃん!」
「うむ」
「しかも私の勝負服! 何してんのよ!?」
かぐやは自分の服を見下ろしたが、悪びれる様子は一ミリもない。
「一番わしに合っていたゆえな」
「勝手に着るな!」
「似合っておろう?」
「似合ってるのが余計に腹立つ!」
教室から笑い声が上がった。
私は頭を抱える。
学校にいる間くらいは普通に過ごせる。
ついさっき、そう思った自分を殴ってやりたい。
こうして、私の平穏な学校生活は、朝のホームルーム開始と同時に終わった。




