門脇家
自動ドアが静かに開いた。
その前で、かぐやは立ち止まったまま動かない。
「どうしたの?」
返事がない。
かぐやは首が痛くなりそうなくらい上を向いて、マンションを見上げている。
「……すっごい家じゃの〜」
「え?」
ようやく私を見ると、かぐやは真顔で尋ねた。
「そちは貴族かえ?」
「違うよ!」
「ただのマンションだから!」
「まんしょん……?」
聞き慣れない言葉を確かめるように呟き、もう一度見上げる。
「このような大屋敷、どの貴族とて持ってはおらなんだぞ」
「いや、これ全部うちじゃないから!」
「皆で住んでるの!」
「皆で?」
「そう!」
かぐやはマンションを眺めながら、しばらく考え込んだ。
「……千年で、民はずいぶん豊かになったの」
「まあ……それはそうかもね」
そこは否定できない。
「ほら、行くよ」
私はエレベーターのボタンを押した。
扉が開く。
かぐやは中を覗き込み、一歩後ろへ下がった。
「……箱?」
「エレベーター」
「乗って」
「この中にか?」
「そう」
恐る恐る入ってくる。
扉が閉まり、静かに上へ動き始めた。
「……!」
かぐやが目を見開く。
「箱が動いた」
「エレベーターだからね」
「術か?」
「違うよ」
チーン。
扉が開いた。
「着いたよ」
廊下を歩き、玄関の前まで来る。
鍵を開けると、すぐにママが顔を出した。
「おかえり、月」
「ただいま」
「その子が電話してきた、かぐやちゃん?」
「うん」
かぐやが丁寧に頭を下げる。
「突然の無礼、申し訳ない。今宵は世話になる」
「あらあら。ずいぶん丁寧なのね」
ママはいつものおっとりした笑顔で迎え入れた。
「さあ、入って」
かぐやが玄関へ足を踏み入れる。
その時。
「ニャー」
部屋の奥からミケがやって来た。
「あ、ミケ」
いつものように私の足元まで来る。
そして。
かぐやを見た。
「……」
ミケが固まる。
次の瞬間。
「シャーーーーーーッ!!」
「えっ!?」
全身の毛を逆立て、今まで見たことがないほどの勢いで威嚇している。
「ミケ!? どうしたの?」
ママも驚いている。
「あら……珍しいわねぇ。この子、人にこんなことしないのに」
かぐやがしゃがみ込む。
「猫か」
そっと手を伸ばす。
「シャーーーーッ!!」
ミケが後ずさった。
「……」
かぐやの手が止まる。
「友にはなれぬか?」
「シャーーッ!」
「無理みたいだね」
「残念じゃ」
しょんぼりしながら立ち上がったかぐやが、ふと何かに気付いたように私を見る。
「月」
「何?」
「猫まで飼っておるではないか」
「それがどうしたの?」
かぐやの表情が真剣になる。
「やはり貴族ではないか?」
「だから違うって!」
「これほどの屋敷に住み、猫まで飼うておる」
「間違いなかろう」
「今どき猫なんて珍しくないから!」
ママが不思議そうに私たちを見る。
「何の話?」
「なんでもない!」
私は慌てて話を切った。
ママは気にする様子もなく、かぐやへ微笑む。
「そういえば、かぐやちゃんはどこから来たの?」
まずい。
私はすぐにかぐやを見る。
目が合った。
さっき約束したよね?
千年前とか。
宇宙とか。
絶対に言わないって。
かぐやは小さく頷いた。
よし。
「宇宙じゃ」
(即答かよ!)
「……そら?」
ママが首を傾げる。
「うむ。そらじゃ」
お願いだから、それ以上しゃべらないで!
「ああ!」
突然、ママが手を叩いた。
「空知?」
「北海道の?」
「……え?」
今度は私がママを見る。
「そんなところ、本当にあるの?」
「あるわよ」
「へぇ……」
思わず感心してしまった。
違う違う。
感心してる場合じゃない。
ママは一人で納得したように頷いている。
「だからなのねぇ」
「何が?」
「かぐやちゃん、ちょっと話し方が変わってるでしょ?」
「北海道の方言なのね?」
「……」
かぐやが私を見る。
私は何も言わず、何度も頷いた。
頼む。
今だけは話を合わせて。
「……そのようなものじゃ」
「あら、やっぱり」
「ふーん」
ママはそれだけで納得してしまった。
(そんな北海道弁ないよ!)
(ママが天然で助かった……!)
そこへ、リビングからパパが顔を出した。
「月、お客様かい?」
「うん」
パパを見るなり、かぐやは姿勢を正した。
「突然押しかけて申し訳ない。今宵は世話になる」
「構わないよ。ゆっくりしていきなさい」
かぐやはパパをじっと見る。
そして、私へ尋ねた。
「月」
「今度は何?」
「そなたの家名は?」
「家名?」
「名字のこと?」
「うむ」
「門脇だけど」
「門脇……」
かぐやは少し考える。
「なるほど」
「武家か」
「平家の流れであったか」
「……」
「なんでそうなるの!?」
かぐやは不思議そうに首を傾げた。
その後ろでは、ミケがまだ警戒したまま、こちらを睨んでいる。
どうやら。
我が家の一番目の問題児は、かぐやになりそうだった。




