パパとママのつぶやき
その夜。
私が眠っている間に、我が家では重大な会議が開かれていたらしい。
出席者はパパとママの二人。
議題は、かぐやについて。
そして、その会議の結論が、翌朝の私を絶望のどん底に突き落とすことになる。
◇
「今日ね、会社で驚くことがあったんだ」
リビングでコーヒーを飲みながら、パパが口を開いた。
「あら、何かしら?」
「かぐやちゃんのことだよ」
「まあ、かぐやちゃんが?」
「ああ。今日、本社から来ていた役員と会ったんだが、かぐやちゃんが実に流暢な英語で話し始めてね」
「あの子、英語も話せるの?」
「話せるどころじゃない。私よりよほど自然だったよ」
パパは苦笑した。
「それだけでも驚いたんだが、私たちが使っていた投資商品の比較資料を、一目見ただけでわかりやすく作り直してしまったんだ。しかも、計算の間違いまで見つけてね」
「まあ! すごいわねえ」
「すごい、なんてものじゃないよ。あれは専門家でも簡単にはできない」
「かぐやちゃん、頭がいいものね」
「……頭がいいだけで説明できるものかな」
パパはコーヒーカップを置いた。
「それに、月の風邪を治した件もある」
「あら、あれは本当にびっくりしたわね」
「キスをしただけで、あれほどの熱が下がるなんて……」
「大地なんて、倒れちゃったものね」
二人は顔を見合わせて笑った。
だが、ママはふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、かぐやちゃん、前に自分の身体のことを不思議なふうに話していたのよ」
「不思議なふうに?」
「ええ。遺伝子とか、量子頭脳とか……。私には難しくて、よくわからなかったけれど」
「量子頭脳?」
パパの表情が変わった。
「……あの子は、いったいどういう子なんだろう」
「さあ。北海道から来たってことくらいしか」
「ご両親とは話したことがあるのかい?」
「……そういえば、一度もないわね」
しばらく沈黙が流れた。
「それは、少し無責任だったかもしれないな」
「そうねえ。でも、あの子、うちではすっかり家族みたいになっているから」
「だからこそ、一度きちんとご両親とお話ししておこう」
「ええ。それがいいわ」
二人は頷き合った。
その決定が、娘の平穏な日常を粉々にするとも知らずに。
◇
「かぐやちゃん、少しいいかな?」
翌朝の食卓。
パパが新聞から顔を上げた。
「む? 何じゃ?」
「一度、君のご両親とお話がしたいんだ」
ブッ!
私は危うく牛乳を吹き出すところだった。
「……ご、ご両親?」
「ああ。今日は早く帰れるから、夕方六時くらいにお願いできるかな」
「六時じゃな。承知した」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
「うむ!」
……ちょっと待って。
何を普通に約束しているの!?
かぐやのご両親って誰!?
そもそも、この子は千年前に作られた生体アンドロイドで、宇宙から来たんでしょう!?
まさか、北海道から親戚のおじさんでも連れてくるつもり!?
「月ちゃん、どうしたの? 顔色が悪いわよ」
「な、何でもない!」
「昨日の風邪、ぶり返したんじゃない?」
「違う! これは別の病気!」
「まあ、どんな病気?」
言えるわけないでしょう!
宇宙人の保護者面談恐怖症なんて!
かぐやは隣で、のんびり卵焼きを食べていた。
◇
「かぐや! ちょっと!」
登校途中、私はかぐやの腕を引っ張った。
「何じゃ、月」
「今日の六時よ! どうするつもりなの!?」
「父上と話をするのじゃろう?」
「そうじゃなくて! パパはあなたのご両親と話したいって言ってるの!」
「うむ。聞いておったぞ」
「だったら焦りなさいよ!」
「なぜじゃ?」
「なぜって……!」
私は周囲を見回し、声を落とした。
「あなたの正体がバレちゃうかもしれないじゃない!」
「大丈夫じゃ」
「何が大丈夫なのよ!」
「心配するでない」
この自信はどこから来るんだろう。
少しでいいから、私にも分けてほしい。
◇
学校に着いても、私は授業に集中できなかった。
黒板の文字を目で追いながら、頭の中では夕方六時のことばかり考えている。
休み時間。
「ねえ、かぐや。本当に何か考えてるんでしょうね?」
「無論じゃ」
「何を?」
「六時になればわかる」
「今教えてよ!」
「楽しみは取っておくものじゃ」
「楽しみじゃないのよ! 私にとっては大惨事なの!」
「まあ、何のお話ですの?」
突然、横から声がした。
車持星羅だった。
「かぐや様、何かお困りですの?」
「いや、わしは困っておらぬぞ」
「月先輩は、ずいぶん慌てていらっしゃいますけれど」
「だって、このままじゃ、かぐやの出どころがバレちゃうじゃない!」
「……出どころ?」
星羅が首を傾げた。
しまった。
「かぐや様のご出身について、何か問題がございますの?」
「えっ? いや、その……」
「もしかして、由緒あるお家柄を隠していらっしゃるとか?」
「ち、違う違う! 出身地よ、出身地!」
「北海道だと伺いましたけれど?」
「そ、そう! 北海道のどこから来たのかなあって!」
苦しい。
我ながら苦しすぎる。
「まあ! でしたら、わたくしの家の別荘にご招待いたしますわ!」
「別荘とな?」
かぐやが顔を上げた。
「ええ! 北海道にもございますの!」
「美味いものはあるのかえ?」
「もちろんですわ! 海の幸も山の幸も、何でもご用意いたします!」
「それは楽しみじゃ!」
「かぐや! 今はそういう話じゃないでしょ!」
どうして私が秘密を守ろうとするたびに、食べ物の話になるの!?
◇
放課後。
帰宅するなり、かぐやはリビングのテレビの裏側を覗き込んだ。
「ねえ、何してるの?」
「六時までに支度をするのじゃ」
「支度って?」
「通信機を作る」
「……は?」
かぐやはテレビの背面を開けると、中の部品を手際よくいじり始めた。
そして、どこから取り出したのかわからない小さな装置を取り付けた。
「うむ。できたぞ」
「ちょっと待って! それ、うちのテレビよね!?」
「そうじゃ」
「壊してないでしょうね!?」
「案ずるな。映るぞ」
「そういう問題じゃなああい!」
かぐやは満足そうに頷いた。
「これで六時になれば話ができる」
……何だろう。
ものすごく嫌な予感がする。
◇
そして、午後六時。
門脇家のリビングには、パパとママ、私、そしてかぐやが集まっていた。
大地はまだ自分の部屋にいる。
「それで、かぐやちゃん。ご両親とはどうやってお話しできるのかな?」
「このテレビを使うのじゃ」
「テレビ?」
「うむ。少し待つのじゃ」
かぐやがリモコンを操作した。
画面に、見たことのない模様が浮かび上がった。
「えっ?」
画面が一度暗くなり、やがて一人の人物が映し出された。
整った顔立ち。
年齢も性別も、私には判断がつかなかった。
「久しいのう」
かぐやが手を振る。
「かぐや。予定された通信時刻ではありませんが、異常が発生しましたか?」
「いや、こちらの者たちがおぬしと話したいそうじゃ」
「了解しました」
人物が、パパとママに視線を向けた。
「初めまして。かぐやの製作者です」
「……製作者?」
パパが眉をひそめる。
私は頭を抱えた。
ああああ!
いきなり言っちゃったあああ!
「はい。かぐやは、約千年前に私が製作しました」
「せ、千年前?」
「正確な経過時間をお伝えすることも可能ですが」
「いえ、そこは結構です……」
パパの声が裏返っている。
ママは画面とかぐやを交互に見た。
「それじゃあ、かぐやちゃんは……」
「わしは人間ではないぞ」
「かぐやあああ!」
「何じゃ。隠す必要はなかろう?」
「あると思ってたの! 私は!」
パパはしばらく黙っていた。
そして、深く息を吸った。
「……つまり、あなた方は地球の方ではない、と?」
「そのとおりです」
「なるほど……」
いや、パパ。
なるほどで済む話じゃないからね!?
科学者は淡々と続けた。
「私たちの文明は、あなた方よりはるかに長い時間をかけて発展してきました。しかし、その過程で失われたものがあります」
「失われたもの?」
「友情、愛情、喜び、悲しみ。私たちの祖先が持っていたとされる感情です」
ママが静かに尋ねた。
「……それを、かぐやちゃんに学んでほしいんですか?」
「はい。かぐやには、あなた方の社会で生活し、それらを理解してもらいたいと考えています」
「そうだったのね……」
「ですが、私は最近、説明のつかない現象を経験しています」
「現象?」
「かぐやの安全が確認できない場合、他の研究への集中が困難になるのです。千年間、この個体と関わってきましたが、以前にはなかった状態です」
ママが微笑んだ。
「それは、心配しているんですよ」
「心配?」
「ええ。かぐやちゃんが大切なんですね」
科学者は沈黙した。
「……大切」
初めて聞く言葉の意味を、確かめるようにつぶやく。
「その感情についても、研究する必要がありそうです」
ママは小さく笑った。
「研究しなくても、いつかわかりますよ」
「そうでしょうか」
「ええ、きっと」
しばらくして、パパが口を開いた。
「事情はわかりました。正直、まだ信じられない部分もありますが……」
パパはかぐやを見た。
「この子は、もう私たちの家族の一員です」
「……家族」
「ですから、こちらでの生活については心配なさらないでください」
科学者は、しばらく何も言わなかった。
やがて、静かに答えた。
「ありがとうございます」
かぐやが満足そうに頷く。
「うむ。これでよかろう」
……本当に、これでいいの?
◇
通信が終わり、テレビは元の黒い画面に戻った。
パパはソファに深く腰掛けた。
「……いやあ、驚いた」
「そうねえ」
ママはいつもどおりだった。
「でも、かぐやちゃんを心配している人がいるってわかって、安心したわ」
「……ママって、すごいね」
「あら、どうして?」
「いや、何でもない……」
私はかぐやを見た。
「ねえ、さっきの通信、大丈夫だったの?」
「何がじゃ?」
「誰かに聞かれたりとか!」
「案ずるな。内容は誰にも読めぬ」
「本当?」
「うむ。わしにしか解けぬ仕組みじゃ」
それを聞いて、私はようやく胸をなで下ろした。
……よかった。
これで、秘密が外に漏れることはない。
そう思っていた。
◇
同じ頃。
日本国内の複数の宇宙観測施設で、異常な信号が検出されていた。
「主任! 未確認の電波を観測しました!」
「発信源は?」
「不明です!」
「国内のどこで受信された?」
「それが……北海道から沖縄まで、日本全土です!」
「何だと!?」
「信号には人工的な規則性があります。しかし、特殊なスクランブルがかかっているようで、内容がまったく解析できません!」
情報は直ちに関係機関へ伝えられた。
海外の宇宙観測施設にも、日本から緊急の照会が入る。
日本政府の担当者たちは対応に追われた。
「つまり、何者かが日本全土に向けて、解読不能な信号を送ったということか?」
「はい。しかし、発信源も目的もわかっていません」
「海外の研究機関は?」
「解析を進めていますが、現時点では手がかりがありません!」
各国の専門家が集められ、徹夜の分析が始まった。
誰が送ったのか。
どこから送られたのか。
何が書かれているのか。
答えは、ひとつも見つからなかった。
◇
一方、門脇家。
「かぐやちゃん、お夕飯のおかわりは?」
「うむ! 大盛りで頼むぞ!」
「はいはい」
ママが笑いながらご飯をよそっている。
パパはテレビのニュースを眺め、大地はかぐやの隣に座ろうとしている。
私は、そんな光景をぼんやり見つめた。
……宇宙人の正体がバレたというのに。
どうして、うちの夕飯はいつもどおりなんだろう。
まあ、いいか。
少なくとも、今夜は平和だ。
そう思いながら、私は味噌汁をすすった。
その頃、世界中の研究者たちが、同じ電波を前に頭を抱えていることなど、知る由もなかった。
◇
翌朝。
私はリビングでテレビをつけた。
「……あれ?」
見慣れない映画専門チャンネルが映っている。
チャンネルを変えると、海外のスポーツ番組。
さらに変えると、有料のアニメ専門チャンネルまで。
「パパ! 何か契約した?」
「いや、何もしていないが?」
「ママは?」
「知らないわよ?」
そのとき、かぐやが朝ご飯を食べながら言った。
「わしが少しいじったのじゃ」
「……何を?」
「テレビじゃ」
「何をしたの!?」
「通信に使うついでに、見られるものを増やしておいたぞ」
「増やしたって……これ、全部有料チャンネルじゃない!」
「有料?」
かぐやが首を傾げた。
「見るだけなのに、なぜ銭が要るのじゃ?」
「そういう仕組みなの!」
「妙な仕組みじゃのう」
……いや、妙なのはあなたの方だから!
すると、パパが画面を覗き込んだ。
「……月、ちょっと待ちなさい」
「何?」
「それ、私が契約しようか迷っていた海外の経済専門チャンネルじゃないか」
「パパ!?」
「いや、もちろん契約は必要だが……画質がいいな」
「感心してる場合じゃないでしょ!」
「かぐやちゃん。便利なのはありがたいけれど、サービスには対価を払わないと、提供する会社が困ってしまうんだよ」
「ふむ……見る者が多ければ、皆が喜ぶと思うたのじゃが」
「気持ちはありがたいよ。でも、世の中にはいろいろな仕組みがあるんだ」
かぐやは少し考え込んだ。
「なるほどのう。では、元に戻すとするか」
「お願い! 今すぐ!」
かぐやはテレビの裏側を覗き込んだ。
そして、ちょちょいと何かをいじる。
「うむ。これでよい」
画面には、いつもの朝の情報番組が映っていた。
私は大きく息を吐いた。
……宇宙人と暮らすって、こんなに疲れるものなの?
まだ夏休みにもなっていないのに。
私の夏は、いったいどうなっちゃうんだろう。
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※これは物語上のフィクションです。
なお、門脇家には後日、関係スタッフが訪問し、視聴料金のお支払いが行われました。
読者の皆様も、有料放送は適切な契約と適切なお支払いでお楽しみください。
、、、、わからんけど!




