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月とかぐや姫  作者: まん丸


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16/19

かぐやの冒険

[ ]内は英語での会話となっております。

「……かぐや、私、ちょっと無理かも」


 昼休みを前にして、月は机に突っ伏していた。


「どうしたのじゃ、月?」


「頭が痛いし、寒気もするし……」


 かぐやが月の額に手を当てる。


「ふむ。熱があるようじゃの」


「やっぱり? 朝からちょっと変だったんだよね……」


 保健室で体温を測ると、三十八度を超えていた。


 学校から連絡を受けたママが迎えに来ることになり、かぐやも一緒に早退した。


 帰宅した月は薬を飲み、リビングのソファで横になった。


「月ちゃん、何か食べられそう?」


「……今はいい。ちょっと寝る」


「そうね。ゆっくり休んでね」


 ママが毛布を掛けたところで、電話が鳴った。


「あら、パパからだわ」


 ママが電話に出る。


「もしもし? どうしたの?」


 しばらく話を聞いていたママの表情が、少し困ったものに変わった。


「ええっ? 今日なの? ……でも、今からお客様がいらっしゃるのよ」


 電話を切ったママは、ため息をついた。


「困ったわねぇ」


「何かあったのかえ?」


「パパがね、大事な忘れ物をしたんですって」


 忘れ物は博多人形だった。


 アメリカ本社から来日していた重役が今日帰国するため、日本のお土産として用意していたものだという。


「会社まで届けてほしいそうなんだけど……月ちゃんはこんな状態だし、大地もまだ帰ってこないし」


「ママが行けばよいではないか」


「もうすぐお客様がいらっしゃるのよ。どうしましょう……」


 すると、かぐやが胸を張った。


「ならば、わしが届けよう!」


「えっ? かぐやちゃん、一人で?」


「うむ! パパ殿の会社なら知っておるぞ」


 先日、月と一緒にパパの会社へ行ったばかりだ。


 そのときの道順は、かぐやの頭の中に完全に記録されていた。


「でも、一人で行くのは心配だわ」


「案ずるでない。道は覚えておる」


「それじゃ、タクシーで行ってね。会社に着いたらパパにお金を払ってもらいましょう」


「たくしー?」


「道路を走っている車よ。屋根にランプが付いているから、すぐわかるわ」


「ふむ。承知した!」


 ママは綺麗に包装された箱をかぐやに渡した。


「割れ物だから、気をつけてね」


「うむ! 必ず届けてみせよう!」


 こうして、かぐやの初めての一人旅が始まった。


 本人にとっては、ほんの少しのお使いのつもりだった。


⸻


 マンションを出たかぐやは、道路を行き交う車を眺めた。


「さて……たくしーとは、どれじゃ?」


 しばらく観察していると、屋根に小さな表示灯の付いた車が近づいてきた。


「おお! あれじゃな!」


 かぐやは手を上げた。


 車が停車し、後部座席のドアが開く。


「お嬢ちゃん、どちらまで?」


 運転手は白髪交じりの年配の男性だった。


「パパ殿の会社じゃ!」


「……会社? 名前は?」


「知らぬ!」


「住所は?」


「知らぬ!」


 運転手は困った顔をした。


「それじゃ、行き先がわからないよ」


「案ずるでない。場所はわかっておる!」


「ほう?」


 かぐやは、パパの会社がある場所の緯度と経度を、すらすらと告げた。


「…………」


「どうじゃ?」


「……ちょっと待ってくれるかい?」


 運転手はカーナビを操作し始めた。


 しかし、普段は住所や施設名で目的地を検索しているため、緯度経度の入力方法がわからない。


「おかしいな……どこから入れるんだ、これ」


「そこにある機械は、場所を示すものではないのかえ?」


「そうなんだけどねぇ……」


 数分後。


「お嬢ちゃん、悪いけど、会社の名前を調べてから乗ってくれるかな」


「ふむ。ならば仕方あるまい」


 かぐやは素直に車を降りた。


 運転手は最後に尋ねた。


「ところで、お金は持ってるのかい?」


「銭か? 一文も持っておらぬぞ!」


「……そうかい」


 タクシーは静かに走り去っていった。


「ふむ。便利そうな乗り物じゃったが、なかなか難しいのう」


 かぐやは少し考えた。


 目的地までの道順は、すべて覚えている。


 ならば、歩けばよい。


「よし! 参ろう!」


 かぐやは博多人形の箱を大切に抱え、元気よく歩き出した。


⸻


 しばらく歩いていると、小さな男の子が道端で泣いていた。


「うわああん! ママぁ!」


「どうしたのじゃ?」


「ママが……いなくなっちゃった……」


「ふむ。迷子というやつじゃな。案ずるでない!」


 かぐやは男の子を近くの交番まで連れていった。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


「うむ! もう母御の手を離してはならぬぞ!」


 男の子に手を振り、再び歩き出す。


 次に出会ったのは、道端のベンチに座り込んでいるおばあさんだった。


「……はぁ、はぁ……」


「どうしたのじゃ?」


「ちょっと……気分が悪くてねぇ……」


「これはいかん!」


 かぐやは近くの通行人に助けを求め、救急車が来るまでおばあさんに付き添った。


「ありがとうね、お嬢ちゃん」


「礼には及ばぬ!」


 救急車を見送り、再び歩き出す。


 ところが。


「ねえねえ、そこの子!」


 今度は若い男たちに声をかけられた。


「めっちゃ可愛いね! 一人?」


「うむ! 一人じゃ!」


「よかったら俺たちと遊ばない?」


「遊ぶ?」


「美味しいものでも食べに行こうよ!」


 かぐやの目が輝いた。


「美味いものとな!?」


「そうそう! 焼肉とか!」


「焼肉!」


 思わず身を乗り出したかぐやだったが、腕の中の箱を見て踏みとどまった。


「……いや、ならぬ!」


「え?」


「わしは今、大事なお使いの途中なのじゃ!」


「そんなの後でいいじゃん」


「ならぬ! 頼まれたことは果たさねばならぬ!」


 かぐやはきっぱりと言い放つと、足早に立ち去った。


「……何だったんだ、あの子」


「いや、めちゃくちゃ可愛かったな……」


 一方、かぐやは少しだけ残念そうだった。


「焼肉……惜しかったのう」


⸻


 やがて、高いビルが並ぶ街にたどり着いた。


「おお! 見覚えがあるぞ!」


 目的地はもうすぐだった。


 ところが。


「……む?」


 どこからともなく、食欲をそそる香りが漂ってきた。


 香ばしい肉の匂い。


 温かな米の匂い。


 かぐやのお腹が盛大に鳴った。


「ぐうううう……」


 匂いのする方を見ると、ビルの前に小さな車が停まっていた。


 車の側面には大きく料理の写真が描かれ、窓から食べ物が売られている。


「なんじゃ、あれは!」


 近づいてみると、色鮮やかな料理が並んでいた。


 白いご飯の上に肉、野菜、チーズ。


「……うまそうじゃ」


 かぐやはじっと見つめた。


「お嬢ちゃん、食べる?」


 店員が笑顔で声をかける。


「うむ! 食べたいぞ!」


「一つでいい?」


「……む」


 かぐやは思い出した。


 自分には一文もない。


「……銭がないのじゃ」


「あら、そうなの?」


「残念じゃが、また参ろう」


 かぐやは名残惜しそうに車を振り返った。


 そして、目の前のビルを見上げる。


「さて、パパ殿のところへ行くかの!」


⸻


「かぐやちゃん!?」


 会社の受付に現れた少女を見て、パパは目を丸くした。


「本当に一人で来たのかい?」


「うむ! 約束の品じゃ!」


 かぐやは大切に抱えていた箱を差し出した。


「ありがとう! 本当に助かったよ!」


 パパは箱を受け取ると、ほっと胸を撫で下ろした。


「タクシーはすぐ捕まった?」


「うむ! 乗ったぞ!」


「そうか、よかった」


「じゃが、すぐに降ろされた!」


「……え?」


「それから歩いてきたのじゃ!」


「……歩いて!?」


 パパは思わず声を上げた。


「大変だったろう?」


「うむ! いろいろあって面白かったぞ!」


「……いろいろ?」


 詳しく聞こうとしたところで、背後から声がした。


「[何かあったのかい?]」


 振り返ると、背の高い外国人の男性が立っていた。


 アメリカ本社から来日していた重役だった。


「[申し訳ありません。こちらの子が、私の忘れ物を届けてくれたんです]」


「[そうだったのか。ずいぶん可愛らしいお嬢さんだね]」


 男性はかぐやに微笑みかけた。


「[こんにちは。君の名前は?]」


「[かぐやじゃ。よろしく頼むぞ]」


「…………」


 パパが固まった。


「[素晴らしい英語だね! 海外に住んでいたことがあるのかい?]」


「[ないぞ。わしはずっと日本におる]」


 発音は驚くほど自然だった。


 パパが何か言おうとした、そのとき。


「む?」


 かぐやの視線が、パパの机に向いた。


 開いたノートパソコンの画面に、いくつものグラフと数字が並んでいる。


 それは、機密情報を含まない説明用の比較資料だった。


「[パパ殿、これは何を比べておるのじゃ?]」


「[え? ああ、二つの投資商品の運用成績を比較しているんだよ]」


「[ふむ……]」


 かぐやは画面を覗き込んだ。


「[これでは違いがわかりにくいのう]」


「[そうかい?]」


「[この対比をするなら、こちらの方が見やすかろう]」


 そう言うと、かぐやはパソコンに手を伸ばした。


 カタカタカタッ!


「[ちょ、ちょっと、かぐやちゃん!?]」


 パパが止める間もなく、かぐやの指がキーボードの上を滑る。


 グラフが消え、別のグラフが現れた。


 数字の並びが整理され、二つの商品の違いが一目でわかるようになる。


「[ほう……]」


 重役が画面を覗き込んだ。


「[これは見やすいね]」


「[うむ。ついでに、ここの計算も間違っておったから直しておいたぞ]」


「[……え?]」


 パパの顔が引きつった。


「[間違い?]」


「[うむ。この数値を使うなら、こちらの計算式でなければ合わぬじゃろう]」


 パパは慌てて画面を確認した。


 そして、別の資料と照らし合わせる。


「[……本当だ]」


 担当者が作成した比較資料で、集計期間が一か所だけずれていたのだ。


「[どういうことだい?]」


 重役が身を乗り出した。


「[集計に使っている期間が、一か所だけ違っていたんです。彼女がそれを見つけて……修正しました]」


「[なんだって?]」


 重役は、かぐやを見つめた。


「[君は金融を勉強しているのかい?]」


「[きんゆう? 何じゃ、それは?]」


「[……知らないのかい?]」


「[うむ。じゃが、数字が間違っておるのはわかるぞ]」


 重役はしばらく黙っていた。


 そして、突然笑い出した。


「[素晴らしい! 実に素晴らしい!]」


 パパは額に手を当てた。


 ……この子、いったい何者なんだ?


 そのとき。


 ぐううううう。


 静かな部屋に、盛大な音が響いた。


「[……む。腹が減ったのじゃ]」


 かぐやが真顔で言った。


「[そうじゃ! この建物の下に、美味そうな匂いをさせておる車があったぞ!]」


「[車?]」


「[うむ! 中で飯を作っておった!]」


「[ああ、キッチンカーだね]」


「[それじゃ! あれを食べたいのじゃ!]」


 重役は楽しそうに笑った。


「[それはいい! 私も一緒に行こう]」


「[本当かえ!? では案内してやろう!]」


 こうして、日本支社のトップとアメリカ本社の重役は、一人の少女に連れられてビルの外へ向かった。


⸻


 キッチンカーの前に設けられたテーブルで、三人はタコライスを食べていた。


「[うまいっ!]」


 かぐやが歓声を上げた。


「[これは何という料理じゃ?]」


「[タコライスだよ]」


「[たこらいす? ……タコがおらぬぞ?]」


「[そのタコは、海のタコじゃないんだよ]」


「[なんと! 紛らわしい名じゃのう!]」


 重役は声を上げて笑った。


「[君は本当に面白い子だね。それに、さっきの分析は見事だった]」


「[そうかえ?]」


「[将来、ぜひ我が社で働いてほしいものだ]」


「[よいぞ!]」


「[おや、引き受けてくれるのかい?]」


「[じゃが、一つ条件がある]」


「[何だい?]」


「[毎日、このタコライスが食えるのかえ?]」


 重役は一瞬きょとんとした。


 そして、大声で笑い出した。


「[もちろんだとも! 毎日ご馳走しよう!]」


「[ならば、考えてやってもよいぞ!]」


 パパは頭を抱えた。


 アメリカ本社への就職話が、タコライス一皿でまとまりかけている。


 もっとも、かぐや本人はそんなことなど気にしていなかった。


「[パパ殿! おかわりはできるかえ?]」


「[……もちろんだよ]」


「[うむ! では、もう一つじゃ!]」


⸻


 その日の夕方。


 パパと一緒に帰宅したかぐやは、元気よくリビングに入った。


「月よ! 帰ったぞ!」


「……おかえり」


 ソファに横になった月が、弱々しく答えた。


「どうじゃ? 具合はよくなったかえ?」


「……全然。まだ頭が痛い」


 ママが心配そうに月の額に手を当てた。


「まだ熱が高いわねぇ」


「薬は飲んだんだろう?」


 パパも月の顔を覗き込む。


「うん……」


「明日も下がらなかったら、病院へ行きましょうね」


 ママが優しく言った。


 かぐやは月の顔をじっと見つめた。


「月よ。その熱、下げたいかえ?」


「……そりゃ、下げたいわよ。苦しいもん」


「ふむ。ならば、わしが治してみよう」


「……え?」


「治してやろうと言うておるのじゃ」


 月はぼんやりとかぐやを見た。


「……治せるの?」


「うむ」


「じゃあ……お願い」


 その瞬間だった。


 かぐやは月の両頬を、がしっとつかんだ。


「……え?」


 月が何か言うより早く、かぐやの顔が迫ってくる。


 そして。


「ブチューーーーーッ!!」


「んんんんんっ!?」


 月の目が限界まで見開かれた。


 思考が完全に停止する。


 ママは口元を両手で押さえ、パパは目を丸くしたまま固まった。


 そして大地は。


「……か、かぐや……さん……?」


 ボンッ!


 顔を真っ赤にして、その場に倒れた。


「大地!?」


 ママが叫ぶ。


 しかし月は、それどころではない。


 数秒後。


「んんんんんっ!!」


 ようやく我に返った月は、かぐやの肩をつかんで力いっぱい引き離した。


「な、な、な、何すんのよおおおっ!!」


「む? 治療じゃが?」


「治療って! なんでこんなキスするのよっ!」


「口から薬を注入したのじゃ」


「注入って何よおおおっ!!」


 かぐやは不思議そうに首を傾げた。


「ふむ。ただの風邪じゃったな。もう熱は下がったのではないかえ?」


「そんなわけ……」


 月は言いかけて止まった。


 ……あれ?


 頭が痛くない。


 さっきまでの寒気も消えている。


 身体が嘘のように軽い。


「……ほんとだ。熱がない?」


 ママが慌てて体温計を持ってきた。


 しばらくして、電子音が鳴る。


「……平熱だわ」


「ええっ!?」


 パパが驚く。


 かぐやは満足そうに頷いた。


「うむ! 治療成功じゃ!」


「いやいやいや! ちょっと待って! 治ったのは嬉しいけど、なんでキスなのよっ!」


「口から薬を注入したのじゃ。何か問題があるのかえ?」


「大ありよっ!!」


 月の叫び声がリビングに響く。


 その騒ぎの中、床に倒れていた大地がゆっくりと目を開けた。


 そして、真っ赤な顔のまま、姉とかぐやを見つめる。


 しばらく考え込んだあと、大地は固く拳を握りしめた。


 ……よし。


 俺も風邪をひこう。

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