車持 星羅 (くるまもち セイラ)
「ママ、今日はお弁当いらないから」
朝食の席で、私はそう宣言した。
「あら、どうしたの?」
「昨日アルバイトしたでしょ? お金も入ったし、今日はかぐやと学食に行こうと思って」
「まあ、いいわねえ。じゃあ、今日は二人ともお弁当なしね」
「うん!」
「がくしょく?」
隣に座っていたかぐやが、首を傾げた。
「学校の食堂のことだよ。いろんな料理が食べられるの」
「ほう! 学校に飯屋があるのかえ?」
「そうそう。しかも、うちの学食には名物があるんだよ」
「名物とな?」
「プリン!」
「ぷりん?」
「数量限定なんだけど、めちゃくちゃ美味しいんだって!」
実は私もまだ食べたことがない。
いつも売り切れてしまう、幻の名物プリンなのだ。
「それは食べねばなるまい!」
かぐやが目を輝かせた。
「でしょ!」
「姉ちゃん!」
向かいで朝ご飯を食べていた大地が、突然口を挟んできた。
「なんだよ、お金あるなら俺にも奢ってくれよ!」
「はあ? なんで?」
「昨日バイトしたんだろ? 俺にもなんか奢れよ!」
「やだよ。自分で買いなさい」
「ケチ!」
「じゃあ、あんたが高校生になったら学食で奢ってあげる」
「……は?」
大地が箸を止めた。
「姉ちゃん、俺が高校生になったら卒業してるじゃん!」
「ふふん」
私は勝ち誇ったように笑った。
「よく気づいたわね」
「最初から奢る気ねえじゃん!」
「おほほほほ!」
「性格わりぃ!」
「大地、そんな言葉遣いしないの」
ママがやんわり注意する。
「だって姉ちゃんが!」
「月も弟をからかわないのよ」
「はーい」
朝から騒がしい。
まあ、いつもの門脇家だけど。
◇
朝食を終え、私とかぐやは学校へ向かった。
「月よ、そのぷりんとやらは、どのような食べ物なのじゃ?」
「卵と牛乳で作る、甘くてぷるぷるしたお菓子だよ」
「ぷるぷる……」
かぐやが何やら想像している。
「うむ。楽しみじゃ!」
「ただし、数量限定だからね。売り切れてたら諦めてよ?」
「ならば急がねばなるまい!」
「まだ朝だから!」
今にも走り出しそうなかぐやを、私は慌てて止めた。
……そんなに楽しみなの?
いや、説明した私が悪いんだけどさ。
◇
そして、午前中の授業が終わった。
「かぐや! 行くよ!」
「うむ!」
私たちは教科書を片づけ、急いで教室を出た。
目指すは学食。
そして、数量限定の名物プリン!
今日は絶対に食べてやる!
そう意気込んで廊下を歩いていると、
「月せんぱぁぁぁい!」
背後から、聞き覚えのある声が響いた。
……ん?
この声は。
「月先輩っ!」
振り返ると、小柄な女の子がこちらへ駆け寄ってきた。
「星羅!?」
「お久しぶりですわ!」
車持星羅。
一年生の後輩である。
……そして、なぜか以前から私に付きまとっている、ちょっと困った女の子だ。
「アメリカから帰ってまいりました! 月先輩にお土産もありますの!」
「へえ、帰ってきたんだ。ありがと」
「はいっ! 月先輩にぴったりのものを選んできましたわ♡」
星羅は嬉しそうに笑った。
この子、実はとんでもないお嬢様だったりする。
日本でも有数の大財閥、車持家の一人娘。
両親は現在アメリカに住んでいて、星羅は会いに行くために一週間ほど学校を休んでいた。
そんなお嬢様が、なぜか私にやたらと懐いている。
登校中に待ち伏せされたり、昼休みに教室まで来たり。
まあ、悪い子じゃないんだけど。
「月、その者は知り合いかえ?」
隣にいたかぐやが、ひょいと顔を出した。
「うん。この子はね……」
紹介しようとした私の言葉が止まった。
星羅が、固まっていた。
「…………」
「……星羅?」
返事がない。
その視線は、かぐやの顔に釘付けになっている。
「…………お美しい」
ぽつりと、星羅がつぶやいた。
……え?
「なんて……お美しい方……」
星羅の頬が、みるみる赤くなっていった。
「月先輩……」
「なに?」
星羅は、かぐやから目を離さないまま尋ねた。
「こちらの方は……?」
「ああ、うちで下宿してるかぐやよ」
「かぐや……先輩……♡」
星羅はうっとりと名前を繰り返した。
そして、はっとした顔になる。
「……今、下宿とおっしゃいました?」
「うん」
「ま、まさか……一緒にお住まいなんですの!?」
「そりゃ、下宿してるんだから一緒に住んでるよ」
「キィィィィッ!」
「うわっ! 何!?」
星羅が悔しそうにハンカチを噛みしめた。
「月先輩! なんて羨ましい……いえ、なんて抜け駆けですの!」
「抜け駆け!?」
「朝も夜も、かぐや先輩とご一緒だなんて!」
「まあ、同じ家だからね」
「くぅぅ……!」
……何なの、この子。
さっきまで私にお土産を渡そうとしてたよね?
星羅はかぐやに向き直ると、頬を赤らめた。
「かぐや先輩♡ 私、車持星羅と申します!」
「うむ。よい名じゃの」
「っ……!」
星羅が胸を押さえた。
「か、かぐや先輩……!」
そして、何かを決意したように顔を上げた。
「私、先輩に一目惚れいたしました! どうか私とお付き合いしてくださいませ!」
「断る」
『出たぁぁぁぁっ! 記録、〇・八秒! 石上蓮選手の一秒を上回り、現在最速です!!』
「かぐや先輩ぃぃぃ!」
……展開早すぎない!?
星羅はその場に崩れ落ちた。
……いや、立ち直れるの、この子?
すると星羅は、ゆっくりと顔を上げ、私を見つめた。
「月先輩……」
「な、なによ?」
「私、今まで月先輩のことが好きでしたの」
「……え?」
「ですが、私、本当の愛に出会ってしまいましたの!」
「……はい?」
星羅は私の手を両手で包み込んだ。
「月先輩、申し訳ありません!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「月先輩との日々……私、一生忘れませんわ!」
「いや、だから!」
星羅は私の手をそっと離した。
そして、くるりと振り返る。
「かぐや先輩〜♡」
さっきまで泣いていたのが嘘のような笑顔で、かぐやに駆け寄っていった。
「…………」
私は、その場に取り残された。
……なんで?
なんで私が振られたっぽいのよ!?
「かぐや! プリン!」
「おお、そうじゃった!」
私たちは再び学食へ向かって歩き出した。
「お待ちくださいませ!」
星羅が跳ね起きた。
「私もご一緒しますわ!」
「いや、別にいいけど……」
「かぐや先輩のお好きなものなら、私がご馳走いたします!」
「ほう。そなたは気前がよいのう」
「はいっ♡」
……立ち直り早っ!
◇
学食は、すでに大勢の生徒で賑わっていた。
「うわ、混んでる!」
「月、ぷりんはどこじゃ?」
「あっち!」
私はデザートの販売コーナーを指さした。
そこには、小さな札が立っていた。
『本日の特製プリン 残り一個』
「一個!?」
「なんと!」
かぐやが目を丸くした。
「ならば急がねば!」
「そうだね!」
私が一歩踏み出した、そのとき。
「かぐやさぁぁぁん!」
聞き覚えのある声が響いた。
……今度は何!?
「石上会長!?」
生徒会長の石上蓮が、爽やかな笑顔で駆け寄ってきた。
「奇遇だね! かぐやさんも学食かい?」
「うむ。ぷりんを食べに来たのじゃ」
「プリン! なるほど!」
会長は販売コーナーの札を見た。
そして、目を輝かせた。
「では、最後の一個は僕がかぐやさんにプレゼントしよう!」
「お待ちなさい!」
星羅が会長の前に立ちはだかった。
「かぐや先輩のプリンは、この私が買いますわ!」
「君は?」
「一年生の車持星羅です! かぐや先輩をお慕いしております!」
「な、なんだって!?」
会長の顔色が変わった。
「君も、かぐやさんを!?」
「はいっ♡」
「くっ……!」
……いや、二人とも。
プリンは私が食べるつもりなんだけど?
「ちょっと! そのプリン、私が先に狙ってたんだからね!」
私は二人の間に割って入った。
「月先輩!?」
「門脇君!?」
「悪いけど、譲らないよ!」
三人の視線が、最後のプリンに集中した。
……こうして、学食名物プリン争奪戦が幕を開けた。
◇
「石上先輩」
星羅が一歩前に出た。
「車持財閥をご存じですわよね?」
「もちろん。知らない人のほうが少ないだろうね」
「でしたら、お引きいただけます?」
「断る」
「……我が車持グループは、医療分野にも多額の投資をしておりますのよ?」
「それがどうした?」
「将来、お医者様を目指すのでしょう? 私と仲良くしておいたほうがよろしくてよ?」
「心配ご無用。うちは病院を経営しているからね」
「……え?」
「それに、医者になるのは患者を治すためだ。君のご機嫌を取るためじゃない」
「くっ……!」
……なんだろう。
プリン一個を巡って、財界と医療界が衝突している。
たかが数百円のプリンなんだけど!?
「もういい? 私、プリン買ってくるから」
「お待ちなさい!」
星羅が私の前に立ちはだかった。
「月先輩には譲れませんわ!」
「なんでよ!」
「かぐや先輩のプリンを買うのは、この私です!」
「僕も譲る気はないよ!」
会長まで割り込んできた。
……ああ、もう!
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
「ここは公平に、じゃんけんで決めよう!」
会長が提案した。
「望むところですわ!」
「いいよ!」
私たちは向かい合った。
「最初はグー!」
「じゃんけん!」
「ぽん!」
私、グー。
会長、チョキ。
星羅、チョキ。
「やったぁ!」
「くっ……!」
「そんな……!」
私は両手を突き上げた。
「勝った! プリンは私のもの!」
「おめでとう、月!」
かぐやが嬉しそうに拍手した。
「くぅぅ……! 月先輩に負けるなんて!」
「仕方ない。勝負は勝負だ」
会長も悔しそうにうなずいた。
「じゃ、買ってくるね!」
私は意気揚々と販売コーナーへ向かった。
……が。
「…………え?」
プリンが、ない。
さっきまで一個だけ残っていたはずなのに。
「あの、すみません。プリンは……?」
売り場のおばちゃんが申し訳なさそうに笑った。
「ああ、最後の一個ね。たった今、売れちゃったよ」
「…………」
え?
「ほら、あちらの先生が」
指さされた先を見る。
窓際の席。
そこには、音楽の先生が座っていた。
そして。
「ん〜、やっぱりここのプリンは美味しいわねえ」
幸せそうな顔で、プリンを食べていた。
「…………」
私の目の前で。
最後のひと口を。
ぱくり。
「……あ」
先生は私に気づくと、にっこり笑った。
「あら、門脇さん。どうしたの?」
「…………」
「ここのプリン、本当に美味しいのよ。食べたことある?」
「…………」
「数量限定だから、なかなか買えないのよねえ」
……知ってます。
嫌というほど。
「月?」
かぐやが不思議そうに私を見た。
「ぷりんはどうしたのじゃ?」
「…………」
私は静かに天井を仰いだ。
「……負けた」
「じゃんけんには勝ったではないか」
「……人生に負けた」
◇
放課後。
「結局、ぷりんは食べられなんだのう」
「まさか音楽の先生に持っていかれるとはね……」
「明日もあるのかえ?」
「あると思うけど、また売り切れるかもね」
「むう……」
かぐやが残念そうに唇を尖らせた。
私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、帰りにコンビニ寄って帰ろう!」
「おお! ぷりんじゃな!」
「そういうこと!」
◇
夕方。
「ただいまー」
大地が帰ってきた。
リビングでは、私とかぐやがプリンを食べていた。
「むむっ! これは美味いのー!」
かぐやが幸せそうに頬を緩める。
「でしょ? コンビニのプリンもなかなかでしょ!」
「うむ! ぷるぷるしておる!」
「……姉ちゃん」
大地が私たちをじっと見ていた。
「なに?」
「俺のは?」
私はにやりと笑った。
「ふふん。有り難く食べるのよ!」
そう言って、冷蔵庫からプリンを一つ取り出した。
「……え?」
「ほら、あんたの分!」
大地はプリンと私の顔を交互に見た。
「……買ってくれたの?」
「まあね。今日のお姉ちゃんは太っ腹だから!」
「……ありがと」
小さな声でそう言って、大地はプリンを受け取った。
「なんか言った?」
「何でもねえよ!」
そっぽを向きながらも、口元が少し緩んでいる。
まったく、素直じゃないんだから。
「大地よ、一緒に食べようぞ!」
「……うん!」
かぐやに誘われた途端、満面の笑顔になる大地。
……あんた、わかりやすすぎるでしょ。
こうして、学食の名物プリンを巡る長い一日は終わった。
結局、あのプリンは食べられなかったけど。
まあ、たまにはこんな日も悪くない。
……明日こそ、絶対に食べてやる!




