才能
三連休の最終日。
世間はお休みだけど、我が家には関係ない人が一人いる。
パパだ。
外資系企業に勤めるパパは、日本の祝日でも仕事になることがある。
そんなパパが、昨日の夕食の席で突然言い出した。
「かぐやちゃん、明日、私の会社でアルバイトをしてみないかい?」
「あるばいと?」
かぐやが首を傾げた。
「この前のアンケートでは、ずいぶん助けてもらったからね。今度は会社の仕事を少し手伝ってほしいんだ」
「ふむ。よいぞ」
「即答!?」
私は思わず突っ込んだ。
あのアンケート。
四百万件以上の回答を、かぐやがあっという間に集めて分析してしまった。
パパは、かぐやが統計学の天才だと思っているらしい。
……まあ、普通はそう思うよね。
「月も一緒ならよいぞ」
かぐやが言った。
「えっ、私?」
「うむ。月も来るのじゃ」
「いや、私は別に……」
「もちろん、月にもアルバイト代を払うよ」
「行きます!」
即答した。
……お金って大事だよね。
◇
翌朝。
私とかぐやは、パパの運転する車に乗って会社へ向かった。
「月、今日はよろしく頼むよ」
「はーい」
「かぐやちゃんも、よろしくね」
「任せるのじゃ!」
かぐやは上機嫌だった。
……何を任されたのか、分かっているのかな?
しばらくして、車は大きなオフィスビルの地下駐車場に入った。
エレベーターに乗って上階へ。
広い廊下を歩き、パパの部屋へ向かう。
すると、その手前に三人の男女が座っていた。
男性が二人。
女性が一人。
みんなスーツ姿で、どことなく緊張している。
……何だろう?
私は何気なく三人を見た。
いつもの癖だ。
人を見ると、つい鑑定してしまう。
まず、一人目の男性。
【鑑定】
頭脳 3/3
体力 1/1
健康 1/2
……え?
頭脳、3?
すごい。
私がこれまで見てきた人の中でも、かなり優秀な部類だ。
続いて、二人目。
【鑑定】
頭脳 3/3
体力 1/2
健康 1/1
また、頭脳3!?
ちょっと待って。
こんな人が二人もいるの?
私は驚きながら、最後の女性を見た。
【鑑定】
頭脳 3/5
体力 3/3
健康 2/5
「…………!」
思わず足が止まった。
頭脳、3/5。
現在の能力は3。
でも、才能の上限が5!?
パパと同じ数字だ。
私が今まで見た中でも、飛び抜けた頭脳を持つパパと、同じ上限。
……こんな人がいるんだ。
「月?」
パパが振り返った。
「どうした?」
「……ううん。何でもない」
私は慌てて首を振った。
その時、パパの部屋の前にいた秘書の女性が立ち上がった。
「おはようございます」
「おはよう」
パパが軽く頷く。
「本日の面接ですが、三名ともお揃いです」
「そうか。ありがとう」
……面接?
私はもう一度、三人を見た。
なるほど。
この人たち、パパの会社に入るために来たんだ。
それにしても。
頭脳3が三人。
しかも、そのうち一人は才能上限が5。
パパの会社って、こんな人たちが集まるところなの?
◇
「それじゃあ、私は面接があるからね」
パパはそう言うと、秘書の人に何か指示を出した。
「かぐやちゃんには、こちらをお願いしよう」
案内された部屋には、パソコンが用意されていた。
パパが画面を開き、何やら説明を始める。
「このデータを使って、今後の市場動向を分析してほしいんだ。いくつかの条件を変えた場合の予測もお願いしたい」
「ふむふむ」
「特に、この相関関係が……」
「なるほどのう」
……何の話?
私は横から画面を覗き込んだ。
数字。
グラフ。
英語。
また数字。
……うん。分からん。
「かぐや、分かるの?」
「うむ。簡単じゃ」
「……そっか」
簡単なんだ。
私にはさっぱりだけど。
「月には別の仕事をお願いするよ」
「えっ、私も分析?」
「いや、月は掃除を手伝ってくれ」
「……掃除?」
「ああ。私が担当している部署の清掃だ。今日は外部の業者さんが入るから、一緒にやってもらいたい」
「…………」
かぐやは分析。
私は掃除。
……この扱いの差は何?
「もちろん、ちゃんとアルバイト代は払うよ」
「分かりました!」
仕事に貴賤なし!
お金をもらう以上、しっかり働かせていただきます!
◇
「門脇さんですね?」
廊下で声をかけられた。
振り返ると、清掃用具を載せたカートのそばに、一人の女性が立っていた。
私より少し年上だろうか。
髪を後ろでまとめた、笑顔の優しそうな人だった。
「はい! 門脇月です。今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ。今日は私と一緒に作業してもらいますね」
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「月野うさぎです」
「……え?」
「月野うさぎ。ちょっと変わった名前でしょう?」
「いえ! 私、月っていうんです!」
「あら、月ちゃん?」
「はい!」
うさぎさんは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「月ちゃんとうさぎ。何だか縁がありそうね」
「ですね!」
私は思わず笑ってしまった。
月とうさぎ。
なんだか昔話みたいだ。
「じゃあ、月ちゃん。まずは会議室から始めましょうか」
「はい!」
うさぎさんは清掃用具を取り出しながら、仕事の手順を丁寧に説明してくれた。
「机の上の書類には触らないでね。それから、このクロスは……」
「はい、分かりました!」
説明を聞きながら、私は何気なくうさぎさんを見た。
いつもの癖だ。
【鑑定】
頭脳 1/5
体力 3/5
健康 3/5
「…………!」
……え?
私は思わず目を見開いた。
頭脳、1/5。
体力、3/5。
健康、3/5。
……全部、才能上限が5!?
パパの頭脳が5だったときは驚いた。
さっきの面接の女性も、頭脳の上限が5だった。
でも、うさぎさんは三つも5がある。
……何、この人。
「月ちゃん?」
「は、はい!」
「どうかした?」
「いえ、何でもありません!」
危ない危ない。
仕事中だった。
◇
掃除をしながら、私はうさぎさんといろいろ話した。
「うさぎさんって、ずっとこのお仕事をしてるんですか?」
「ううん。いろいろやってきたかな」
「へえ」
「学校も途中で辞めちゃったしね」
「……え?」
「高校、中退してるの」
うさぎさんは少し照れくさそうに笑った。
「子供の頃からいろいろ大変でね。家の事情もあって、学校に通い続けられなかったの」
「……そうだったんですか」
「それに、私、こんな名前でしょう?」
「え?」
「両親がセーラームーンの大ファンでね。そこから名前を付けたんだって」
「ああ!」
なるほど!
「でも、学校ではよくからかわれちゃって。何をするにも、だんだん人の目が気になるようになっちゃった」
うさぎさんは苦笑した。
「今でも、初めて名前を言うときはちょっと緊張するの」
「そうなんですか……」
「でも、月ちゃんは喜んでくれたから、嬉しかった」
そう言って、うさぎさんは笑った。
私は、その横顔を見つめた。
頭脳、1/5。
もしかして。
この人は、勉強する機会がなかっただけなんじゃないだろうか。
もし、ちゃんと勉強できていたら。
もし、誰かが才能に気づいていたら。
……今とは違う人生だったのかな。
そんなことを考えながら、私はクロスを動かした。
◇
お昼になった。
午前中の掃除を終えた私は、パパの部屋に顔を出した。
「パパ、お昼どうするの?」
「おや、月。ちょうどよかった」
パパは書類を机に置いた。
「少し聞きたいことがあるんだ」
「なに?」
「今朝、私の部屋の前に三人いたのを覚えているかい?」
「面接の人たちでしょ?」
「そう。その三人なんだが、月はどう思った?」
「どうって?」
「月は人を見る目があるからね。どんな印象を持ったか、聞いてみたくて」
……ふうん。
パパ、私の鑑定は信じてないくせに、勘だけは信用してるんだ。
「三人とも、すごく優秀だと思うよ」
「ほう」
「男の人二人は、もう十分に能力を発揮してる感じ。でも、体力とか健康面はちょっと心配かな」
パパが小さく頷いた。
「なるほど」
「で、女の人なんだけど」
「うん」
「今の能力は男の人たちと同じくらい。でも、あの人は全然違う」
「どう違うんだい?」
「伸びしろが、とんでもないの」
パパの手が止まった。
「伸びしろ?」
「うん。今は三人とも同じくらい優秀だけど、あの女の人はもっともっと伸びると思う」
「どのくらい?」
「パパくらい!」
「……私くらい?」
「そう!」
パパはしばらく私の顔を見ていた。
そして、ふっと笑った。
「驚いたな」
「なにが?」
「私も、ほぼ同じ印象を持ったんだよ」
「えっ?」
「男性二人は非常に優秀だ。知識も経験も申し分ない。ただ、少し無理をしているように見えたね」
「うんうん」
「女性は、現時点では二人と同程度の能力だと思う。だが、質問への答え方が面白かった。知らないことに対して、知ったふりをしない。そして、考え方に柔軟性がある」
パパは感心したように笑った。
「まだまだ伸びる人材だと感じたよ」
「でしょ!」
「いやあ、月の勘は大したものだな」
……だから、勘じゃないんだけど。
「私としては、彼女を採用しようかと考えている」
「うん! いいと思う!」
「月もそう思うかい?」
「うん。でもね、パパ」
「なんだい?」
「もっとすごい人がいたよ」
「……え?」
パパが首を傾げた。
「今朝の三人よりも?」
「うん!」
「それは誰だい?」
「月野うさぎさん!」
「……誰?」
「今日、私に掃除を教えてくれた人!」
「掃除?」
「そう!」
パパは目を瞬かせた。
「清掃業者の方かい?」
「うん!」
「……月」
「なに?」
「今、私たちは人材採用の話をしているんだが」
「だから、その話だよ!」
パパは困ったように笑った。
「その方は、どんな仕事をされてきたんだい?」
「いろいろだって。あと、家庭の事情で高校を中退したって言ってた」
「そうか……」
パパの表情が少し真面目になった。
「それで、どこが優秀だと感じたんだい?」
「頭脳の才能がすごいの!」
「また才能かい?」
「パパと同じくらい! ううん、もしかしたらパパ以上かも!」
「……私以上?」
パパが苦笑した。
「月、それは少し大げさじゃないかな」
「大げさじゃないって!」
「その方は、何か特別な知識や技術を持っているのかい?」
「それは分かんない」
「……分からない?」
「うん。今はまだ、全然能力を発揮できてないと思う」
パパは腕を組んだ。
「つまり、現時点での実力は分からないが、将来は私と同等か、それ以上になるかもしれないと?」
「そう!」
「……なるほど」
パパは椅子の背にもたれた。
「なかなか大胆な評価だね」
「でも、本当なんだよ」
「月。人間の能力は、才能だけで決まるものではないんだ。知識も経験も努力も必要だよ」
「そんなこと分かってるよ!」
「だったら……」
「だから、育てないと無理だって言ってるの!」
私は少し身を乗り出した。
「今すぐパパと同じ仕事ができるなんて言ってないよ。でも、ちゃんと勉強して、経験を積んだら、すごい人になるかもしれないんだよ!」
パパは黙って私を見ていた。
「……月」
「なに?」
「その月野さんという方は、いくつくらいなんだい?」
「私よりちょっと上くらいかな」
「そうか」
パパは考え込んだ。
そして、静かに言った。
「月の言いたいことは分かったよ」
「じゃあ!」
「ただし、才能があるというだけで採用するわけにはいかない。本人の希望もあるし、会社として必要な能力もある」
「……うん」
「それに、清掃業者の方なら、うちの社員というわけでもないからね」
そっか。
言われてみれば、そうだ。
私が勝手に決められる話じゃない。
「でも、月」
「ん?」
「その人のこと、もう少し詳しく聞かせてくれるかい?」
「……え?」
「月がそこまで言うんだ。興味はあるよ」
パパが笑った。
私は思わず身を乗り出した。
「本当!?」
「ああ。ただし、話を聞くだけだよ」
「うん!」
◇
午後の仕事が終わる頃、パパは本当にうさぎさんと話をしてくれた。
最初はうさぎさんも驚いていた。
「えっ? 私、ですか?」
「ああ。月から少し話を聞いてね」
パパは穏やかに言った。
「もし興味があるなら、今後の仕事や勉強について、一度相談してみないかい?」
「でも、私、高校も卒業していませんし……」
「それは、これから学べない理由にはならないよ」
うさぎさんは目を丸くした。
「うちの会社には、人材を育てるための制度がある。必要な勉強にかかる費用を会社が負担することもあるんだ」
「……学費を、会社が?」
「もちろん、誰でもすぐに利用できるわけではない。適性を確認する必要もあるし、本人の希望も大切だ」
パパは続けた。
「まずは、どんなことに興味があるのか、聞かせてもらえないかな」
うさぎさんは困ったように私を見た。
「月ちゃん……私、何かした?」
「何もしてません!」
「じゃあ、どうして……」
「うさぎさんには、すごい才能があると思うんです!」
「……私に?」
「はい!」
うさぎさんは目を伏せた。
「でも、私、勉強も全然できなかったし……」
「それって、ちゃんと勉強できなかったからじゃないですか?」
「え……」
「私、うさぎさんなら、もっといろんなことができると思うんです」
うさぎさんはしばらく黙っていた。
それから、小さく笑った。
「そんなこと、初めて言われた」
私は何も言えなかった。
「私、ずっと自分には何もないって思ってたから」
うさぎさんは、ゆっくり顔を上げた。
「……もし、本当に勉強できるなら」
「はい!」
「もう一度、学校に行ってみたいです」
パパが頷いた。
「分かった。では、まず制度を担当している者に相談してみよう。今のお勤め先との関係もあるから、順番に進めていこう」
「……ありがとうございます」
うさぎさんは深々と頭を下げた。
私は、なんだか胸がいっぱいになった。
まだ何も決まっていない。
でも、うさぎさんは少しだけ、前を向いているように見えた。
◇
帰りの車。
かぐやは後部座席で、すっかりくつろいでいた。
「かぐや、今日の仕事どうだった?」
「なかなか面白かったぞ」
「へえ。何が面白かったの?」
「人の世は、数字で測れるものと測れぬものが入り交じっておるのじゃ」
「……難しいこと言うね」
「そうかえ?」
かぐやは不思議そうに首を傾げた。
運転席のパパが笑った。
「かぐやちゃんの分析も見事だったよ。想像以上だった」
「そうか。ならばよかった」
「それから月」
「ん?」
「今日はありがとう」
「えっ、何が?」
「月野さんのことだよ。どうなるかは分からないけど、いい出会いだったと思う」
「……うん!」
私は窓の外を見た。
夕暮れの街が、ゆっくり流れていく。
うさぎさん。
また会えるかな。
もし会えたら、今度はどんな話をしよう。
私は少しだけ楽しみになった。
◇
こうして、月野うさぎさんは、新しい人生への一歩を踏み出すことになった。
彼女が後に、日本人女性初のノーベル経済学賞を受賞し、さらには日本の総理大臣にまで上り詰めることになるとは、このとき誰も想像していなかった。
……まぁ、そうなるかもしれない。
わからんけど!




