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月とかぐや姫  作者: まん丸


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14/18

才能

 三連休の最終日。


 世間はお休みだけど、我が家には関係ない人が一人いる。


 パパだ。


 外資系企業に勤めるパパは、日本の祝日でも仕事になることがある。


 そんなパパが、昨日の夕食の席で突然言い出した。


「かぐやちゃん、明日、私の会社でアルバイトをしてみないかい?」


「あるばいと?」


 かぐやが首を傾げた。


「この前のアンケートでは、ずいぶん助けてもらったからね。今度は会社の仕事を少し手伝ってほしいんだ」


「ふむ。よいぞ」


「即答!?」


 私は思わず突っ込んだ。


 あのアンケート。


 四百万件以上の回答を、かぐやがあっという間に集めて分析してしまった。


 パパは、かぐやが統計学の天才だと思っているらしい。


 ……まあ、普通はそう思うよね。


「月も一緒ならよいぞ」


 かぐやが言った。


「えっ、私?」


「うむ。月も来るのじゃ」


「いや、私は別に……」


「もちろん、月にもアルバイト代を払うよ」


「行きます!」


 即答した。


 ……お金って大事だよね。


     ◇


 翌朝。


 私とかぐやは、パパの運転する車に乗って会社へ向かった。


「月、今日はよろしく頼むよ」


「はーい」


「かぐやちゃんも、よろしくね」


「任せるのじゃ!」


 かぐやは上機嫌だった。


 ……何を任されたのか、分かっているのかな?


 しばらくして、車は大きなオフィスビルの地下駐車場に入った。


 エレベーターに乗って上階へ。


 広い廊下を歩き、パパの部屋へ向かう。


 すると、その手前に三人の男女が座っていた。


 男性が二人。


 女性が一人。


 みんなスーツ姿で、どことなく緊張している。


 ……何だろう?


 私は何気なく三人を見た。


 いつもの癖だ。


 人を見ると、つい鑑定してしまう。


 まず、一人目の男性。


【鑑定】


 頭脳 3/3

 体力 1/1

 健康 1/2


 ……え?


 頭脳、3?


 すごい。


 私がこれまで見てきた人の中でも、かなり優秀な部類だ。


 続いて、二人目。


【鑑定】


 頭脳 3/3

 体力 1/2

 健康 1/1


 また、頭脳3!?


 ちょっと待って。


 こんな人が二人もいるの?


 私は驚きながら、最後の女性を見た。


【鑑定】


 頭脳 3/5

 体力 3/3

 健康 2/5


「…………!」


 思わず足が止まった。


 頭脳、3/5。


 現在の能力は3。


 でも、才能の上限が5!?


 パパと同じ数字だ。


 私が今まで見た中でも、飛び抜けた頭脳を持つパパと、同じ上限。


 ……こんな人がいるんだ。


「月?」


 パパが振り返った。


「どうした?」


「……ううん。何でもない」


 私は慌てて首を振った。


 その時、パパの部屋の前にいた秘書の女性が立ち上がった。


「おはようございます」


「おはよう」


 パパが軽く頷く。


「本日の面接ですが、三名ともお揃いです」


「そうか。ありがとう」


 ……面接?


 私はもう一度、三人を見た。


 なるほど。


 この人たち、パパの会社に入るために来たんだ。


 それにしても。


 頭脳3が三人。


 しかも、そのうち一人は才能上限が5。


 パパの会社って、こんな人たちが集まるところなの?


     ◇


「それじゃあ、私は面接があるからね」


 パパはそう言うと、秘書の人に何か指示を出した。


「かぐやちゃんには、こちらをお願いしよう」


 案内された部屋には、パソコンが用意されていた。


 パパが画面を開き、何やら説明を始める。


「このデータを使って、今後の市場動向を分析してほしいんだ。いくつかの条件を変えた場合の予測もお願いしたい」


「ふむふむ」


「特に、この相関関係が……」


「なるほどのう」


 ……何の話?


 私は横から画面を覗き込んだ。


 数字。


 グラフ。


 英語。


 また数字。


 ……うん。分からん。


「かぐや、分かるの?」


「うむ。簡単じゃ」


「……そっか」


 簡単なんだ。


 私にはさっぱりだけど。


「月には別の仕事をお願いするよ」


「えっ、私も分析?」


「いや、月は掃除を手伝ってくれ」


「……掃除?」


「ああ。私が担当している部署の清掃だ。今日は外部の業者さんが入るから、一緒にやってもらいたい」


「…………」


 かぐやは分析。


 私は掃除。


 ……この扱いの差は何?


「もちろん、ちゃんとアルバイト代は払うよ」


「分かりました!」


 仕事に貴賤なし!


 お金をもらう以上、しっかり働かせていただきます!


     ◇


「門脇さんですね?」


 廊下で声をかけられた。


 振り返ると、清掃用具を載せたカートのそばに、一人の女性が立っていた。


 私より少し年上だろうか。


 髪を後ろでまとめた、笑顔の優しそうな人だった。


「はい! 門脇月です。今日はよろしくお願いします!」


「こちらこそ。今日は私と一緒に作業してもらいますね」


「あの、お名前を聞いてもいいですか?」


「月野うさぎです」


「……え?」


「月野うさぎ。ちょっと変わった名前でしょう?」


「いえ! 私、月っていうんです!」


「あら、月ちゃん?」


「はい!」


 うさぎさんは少し驚いた顔をして、それから笑った。


「月ちゃんとうさぎ。何だか縁がありそうね」


「ですね!」


 私は思わず笑ってしまった。


 月とうさぎ。


 なんだか昔話みたいだ。


「じゃあ、月ちゃん。まずは会議室から始めましょうか」


「はい!」


 うさぎさんは清掃用具を取り出しながら、仕事の手順を丁寧に説明してくれた。


「机の上の書類には触らないでね。それから、このクロスは……」


「はい、分かりました!」


 説明を聞きながら、私は何気なくうさぎさんを見た。


 いつもの癖だ。


【鑑定】


 頭脳 1/5

 体力 3/5

 健康 3/5


「…………!」


 ……え?


 私は思わず目を見開いた。


 頭脳、1/5。


 体力、3/5。


 健康、3/5。


 ……全部、才能上限が5!?


 パパの頭脳が5だったときは驚いた。


 さっきの面接の女性も、頭脳の上限が5だった。


 でも、うさぎさんは三つも5がある。


 ……何、この人。


「月ちゃん?」


「は、はい!」


「どうかした?」


「いえ、何でもありません!」


 危ない危ない。


 仕事中だった。


     ◇


 掃除をしながら、私はうさぎさんといろいろ話した。


「うさぎさんって、ずっとこのお仕事をしてるんですか?」


「ううん。いろいろやってきたかな」


「へえ」


「学校も途中で辞めちゃったしね」


「……え?」


「高校、中退してるの」


 うさぎさんは少し照れくさそうに笑った。


「子供の頃からいろいろ大変でね。家の事情もあって、学校に通い続けられなかったの」


「……そうだったんですか」


「それに、私、こんな名前でしょう?」


「え?」


「両親がセーラームーンの大ファンでね。そこから名前を付けたんだって」


「ああ!」


 なるほど!


「でも、学校ではよくからかわれちゃって。何をするにも、だんだん人の目が気になるようになっちゃった」


 うさぎさんは苦笑した。


「今でも、初めて名前を言うときはちょっと緊張するの」


「そうなんですか……」


「でも、月ちゃんは喜んでくれたから、嬉しかった」


 そう言って、うさぎさんは笑った。


 私は、その横顔を見つめた。


 頭脳、1/5。


 もしかして。


 この人は、勉強する機会がなかっただけなんじゃないだろうか。


 もし、ちゃんと勉強できていたら。


 もし、誰かが才能に気づいていたら。


 ……今とは違う人生だったのかな。


 そんなことを考えながら、私はクロスを動かした。


     ◇


 お昼になった。


 午前中の掃除を終えた私は、パパの部屋に顔を出した。


「パパ、お昼どうするの?」


「おや、月。ちょうどよかった」


 パパは書類を机に置いた。


「少し聞きたいことがあるんだ」


「なに?」


「今朝、私の部屋の前に三人いたのを覚えているかい?」


「面接の人たちでしょ?」


「そう。その三人なんだが、月はどう思った?」


「どうって?」


「月は人を見る目があるからね。どんな印象を持ったか、聞いてみたくて」


 ……ふうん。


 パパ、私の鑑定は信じてないくせに、勘だけは信用してるんだ。


「三人とも、すごく優秀だと思うよ」


「ほう」


「男の人二人は、もう十分に能力を発揮してる感じ。でも、体力とか健康面はちょっと心配かな」


 パパが小さく頷いた。


「なるほど」


「で、女の人なんだけど」


「うん」


「今の能力は男の人たちと同じくらい。でも、あの人は全然違う」


「どう違うんだい?」


「伸びしろが、とんでもないの」


 パパの手が止まった。


「伸びしろ?」


「うん。今は三人とも同じくらい優秀だけど、あの女の人はもっともっと伸びると思う」


「どのくらい?」


「パパくらい!」


「……私くらい?」


「そう!」


 パパはしばらく私の顔を見ていた。


 そして、ふっと笑った。


「驚いたな」


「なにが?」


「私も、ほぼ同じ印象を持ったんだよ」


「えっ?」


「男性二人は非常に優秀だ。知識も経験も申し分ない。ただ、少し無理をしているように見えたね」


「うんうん」


「女性は、現時点では二人と同程度の能力だと思う。だが、質問への答え方が面白かった。知らないことに対して、知ったふりをしない。そして、考え方に柔軟性がある」


 パパは感心したように笑った。


「まだまだ伸びる人材だと感じたよ」


「でしょ!」


「いやあ、月の勘は大したものだな」


 ……だから、勘じゃないんだけど。


「私としては、彼女を採用しようかと考えている」


「うん! いいと思う!」


「月もそう思うかい?」


「うん。でもね、パパ」


「なんだい?」


「もっとすごい人がいたよ」


「……え?」


 パパが首を傾げた。


「今朝の三人よりも?」


「うん!」


「それは誰だい?」


「月野うさぎさん!」


「……誰?」


「今日、私に掃除を教えてくれた人!」


「掃除?」


「そう!」


 パパは目を瞬かせた。


「清掃業者の方かい?」


「うん!」


「……月」


「なに?」


「今、私たちは人材採用の話をしているんだが」


「だから、その話だよ!」


 パパは困ったように笑った。


「その方は、どんな仕事をされてきたんだい?」


「いろいろだって。あと、家庭の事情で高校を中退したって言ってた」


「そうか……」


 パパの表情が少し真面目になった。


「それで、どこが優秀だと感じたんだい?」


「頭脳の才能がすごいの!」


「また才能かい?」


「パパと同じくらい! ううん、もしかしたらパパ以上かも!」


「……私以上?」


 パパが苦笑した。


「月、それは少し大げさじゃないかな」


「大げさじゃないって!」


「その方は、何か特別な知識や技術を持っているのかい?」


「それは分かんない」


「……分からない?」


「うん。今はまだ、全然能力を発揮できてないと思う」


 パパは腕を組んだ。


「つまり、現時点での実力は分からないが、将来は私と同等か、それ以上になるかもしれないと?」


「そう!」


「……なるほど」


 パパは椅子の背にもたれた。


「なかなか大胆な評価だね」


「でも、本当なんだよ」


「月。人間の能力は、才能だけで決まるものではないんだ。知識も経験も努力も必要だよ」


「そんなこと分かってるよ!」


「だったら……」


「だから、育てないと無理だって言ってるの!」


 私は少し身を乗り出した。


「今すぐパパと同じ仕事ができるなんて言ってないよ。でも、ちゃんと勉強して、経験を積んだら、すごい人になるかもしれないんだよ!」


 パパは黙って私を見ていた。


「……月」


「なに?」


「その月野さんという方は、いくつくらいなんだい?」


「私よりちょっと上くらいかな」


「そうか」


 パパは考え込んだ。


 そして、静かに言った。


「月の言いたいことは分かったよ」


「じゃあ!」


「ただし、才能があるというだけで採用するわけにはいかない。本人の希望もあるし、会社として必要な能力もある」


「……うん」


「それに、清掃業者の方なら、うちの社員というわけでもないからね」


 そっか。


 言われてみれば、そうだ。


 私が勝手に決められる話じゃない。


「でも、月」


「ん?」


「その人のこと、もう少し詳しく聞かせてくれるかい?」


「……え?」


「月がそこまで言うんだ。興味はあるよ」


 パパが笑った。


 私は思わず身を乗り出した。


「本当!?」


「ああ。ただし、話を聞くだけだよ」


「うん!」


     ◇


 午後の仕事が終わる頃、パパは本当にうさぎさんと話をしてくれた。


 最初はうさぎさんも驚いていた。


「えっ? 私、ですか?」


「ああ。月から少し話を聞いてね」


 パパは穏やかに言った。


「もし興味があるなら、今後の仕事や勉強について、一度相談してみないかい?」


「でも、私、高校も卒業していませんし……」


「それは、これから学べない理由にはならないよ」


 うさぎさんは目を丸くした。


「うちの会社には、人材を育てるための制度がある。必要な勉強にかかる費用を会社が負担することもあるんだ」


「……学費を、会社が?」


「もちろん、誰でもすぐに利用できるわけではない。適性を確認する必要もあるし、本人の希望も大切だ」


 パパは続けた。


「まずは、どんなことに興味があるのか、聞かせてもらえないかな」


 うさぎさんは困ったように私を見た。


「月ちゃん……私、何かした?」


「何もしてません!」


「じゃあ、どうして……」


「うさぎさんには、すごい才能があると思うんです!」


「……私に?」


「はい!」


 うさぎさんは目を伏せた。


「でも、私、勉強も全然できなかったし……」


「それって、ちゃんと勉強できなかったからじゃないですか?」


「え……」


「私、うさぎさんなら、もっといろんなことができると思うんです」


 うさぎさんはしばらく黙っていた。


 それから、小さく笑った。


「そんなこと、初めて言われた」


 私は何も言えなかった。


「私、ずっと自分には何もないって思ってたから」


 うさぎさんは、ゆっくり顔を上げた。


「……もし、本当に勉強できるなら」


「はい!」


「もう一度、学校に行ってみたいです」


 パパが頷いた。


「分かった。では、まず制度を担当している者に相談してみよう。今のお勤め先との関係もあるから、順番に進めていこう」


「……ありがとうございます」


 うさぎさんは深々と頭を下げた。


 私は、なんだか胸がいっぱいになった。


 まだ何も決まっていない。


 でも、うさぎさんは少しだけ、前を向いているように見えた。


     ◇


 帰りの車。


 かぐやは後部座席で、すっかりくつろいでいた。


「かぐや、今日の仕事どうだった?」


「なかなか面白かったぞ」


「へえ。何が面白かったの?」


「人の世は、数字で測れるものと測れぬものが入り交じっておるのじゃ」


「……難しいこと言うね」


「そうかえ?」


 かぐやは不思議そうに首を傾げた。


 運転席のパパが笑った。


「かぐやちゃんの分析も見事だったよ。想像以上だった」


「そうか。ならばよかった」


「それから月」


「ん?」


「今日はありがとう」


「えっ、何が?」


「月野さんのことだよ。どうなるかは分からないけど、いい出会いだったと思う」


「……うん!」


 私は窓の外を見た。


 夕暮れの街が、ゆっくり流れていく。


 うさぎさん。


 また会えるかな。


 もし会えたら、今度はどんな話をしよう。


 私は少しだけ楽しみになった。


     ◇


 こうして、月野うさぎさんは、新しい人生への一歩を踏み出すことになった。


 彼女が後に、日本人女性初のノーベル経済学賞を受賞し、さらには日本の総理大臣にまで上り詰めることになるとは、このとき誰も想像していなかった。


 ……まぁ、そうなるかもしれない。


 わからんけど!

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