↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月とかぐや姫  作者: まん丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/18

期末テスト

 期末試験が始まった。


 教室には、いつもとは違う緊張感が漂っている。


 最後の最後まで教科書を確認する者。友人同士で問題を出し合う者。すでに諦めたのか、机に突っ伏している者。


 そんな中、ひときわ異彩を放つ生徒が一人いた。


 かぐやである。


 シャッ、シャッ、シャッ。


 静かな教室に、規則正しい音が響いていた。


 かぐやは机の上に硯を置き、慣れた手つきで墨をすっている。


 もはや見慣れた光景だった。


 転校してきた当初こそ奇異の目で見られていたが、今では誰も気に留めない。


 いや、気にしないようにしている、と言った方が正しいかもしれない。


「ねえ、かぐや」


「なんじゃ?」


「もしかして、テストも筆で書くつもり?」


 かぐやは手を止め、不思議そうに月を見た。


「当たり前じゃ。ほかに何で書くというのじゃ?」


「……シャーペンとか」


「そのようなものでは、わしの字が乱れるではないか」


「そ、そう……」


 月はそれ以上、何も言わなかった。


 かぐやの書く文字が美しいことは知っている。


 ただし、その文字を現代人が読めるかどうかは、また別の問題だった。


(……大丈夫なのかな)


 一抹の不安が胸をよぎる。


 だが、今は人の心配をしている場合ではない。


 月には目標があった。


 東京の国立大学に進学すること。


 そのために、普段から勉強には力を入れている。授業の予習復習も欠かさないし、試験前には計画を立てて準備してきた。


 今回の期末試験も、もちろん手を抜くつもりはない。


(よし、集中、集中!)


 月は小さく息を吐き、机の上の筆記用具を確認した。


 その隣では、かぐやが満足そうに墨の濃さを確かめている。


「うむ。よい墨じゃ」


(……本当に大丈夫かな)


 結局、もう一度だけ心配になった月だった。


     ◇ ◇ ◇


 教室の扉が開き、試験監督の教師が入ってきた。


 月たちの学年では見かけない、少し厳格そうな男性教師だった。


「それでは、教科書をしまってください。机の上には筆記用具だけを残すように」


 生徒たちが慌ただしく準備を始める。


 教師は教室を見回しながら、ゆっくりと机の間を歩いていた。


 そして、かぐやの席で足を止めた。


「……君、何をしている?」


「墨をすっておる」


「それは見ればわかる。そうではなく、なぜ墨をすっているんだ?」


「字を書くためじゃが?」


 教師の眉間にしわが寄った。


「ペンは持っていないのか?」


「持っておらぬ」


「鉛筆は?」


「ないのう」


「……君は試験をふざけているのか?」


 かぐやはきょとんとした顔で教師を見上げた。


「なぜじゃ?」


「なぜじゃ、ではない。これは大事な試験なんだぞ。普通の筆記用具を使いなさい」


「これも筆記具じゃが?」


「そういうことを言っているんじゃない!」


 教室のあちこちから、小さな笑い声が漏れた。


 月は額に手を当てた。


(ああ、やっぱりこうなった……)


 教師は咳払いをすると、少し声を低くした。


「君ね、これ以上ふざけた態度を続けるなら、試験を受けさせるわけにはいかなくなるぞ」


「ふむ。では、わしが何の規則に違反しておるのか教えてくれぬか?」


「何?」


「試験で筆を使ってはならぬという決まりがあるのか、と聞いておる」


「そんなことは常識だろう!」


「常識と規則は別物じゃ」


 かぐやは涼しい顔で続けた。


「この竹田鳥山学園は、今年で創立百年を迎えるそうじゃな」


「それがどうした?」


「学園の校則には、試験に使用する筆記具について、こう記されておる」


 かぐやは胸を張った。


「『試験に用いる筆記具は、鉛筆または筆とする』」


「…………」


 教師が黙り込んだ。


「つまり、わしは校則に従っておる。何か問題でもあるのかえ?」


「いや、そんな古い校則が……」


「あるぞ。入学時に配られた冊子に書いてあったではないか」


 教師は困惑した顔を浮かべた。


 どうやら、そんな規則があることなど知らなかったらしい。


 そのときだった。


「……え?」


 月が小さく声を漏らした。


(ちょっと待って。鉛筆、または筆……?)


 月は自分の手元を見た。


 そこには、いつも愛用しているシャープペンシルがあった。


(……シャーペンは?)


 かぐやが、ふと月の方を見る。


「ところで月よ」


「な、何?」


「そなたが持っておる、その先から細い芯が出る道具じゃが……」


「シャーペンだけど?」


「それは鉛筆なのかえ?」


「……え?」


「校則には鉛筆か筆とある。ならば、そなたの方こそ校則違反ではないのか?」


「…………」


 月は固まった。


 教師も固まった。


 教室中の生徒たちが、自分のシャープペンシルを見つめた。


 そして、誰かがぽつりとつぶやいた。


「……俺たち、全員アウトじゃね?」


 教室が笑いに包まれた。


「静かに!」


 教師が声を張り上げる。


 しかし、その教師の手にも、シャープペンシルが握られていた。


 かぐやがそれを指さした。


「先生もじゃな」


「…………」


 再び、教室が爆笑した。


 月は机に突っ伏したくなった。


(お願いだから、もう試験を始めて……!)


 結局、学年主任に確認することになり、試験開始は少し遅れた。


 そして、筆もシャープペンシルも使用を認められることになった。


「……それでは、試験を始めます」


 ようやく教室に静寂が訪れた。


 カリカリ、カリカリ。


 生徒たちが一斉に答案用紙へ向かう。


 その中で、ひときわ優雅な動きを見せている者がいた。


 かぐやである。


 筆先が紙の上を滑るように動き、流麗な文字が次々と書き込まれていく。


 月はちらりと隣を見た。


(……なんか、書道の授業みたい)


 しかし、すぐに自分の答案へ視線を戻す。


 今は人の心配をしている場合ではない。


     ◇ ◇ ◇


 一つ目の試験が終了した。


「はあ……」


 月は大きく息を吐いた。


 隣では、かぐやが満足そうに筆を片付けている。


「ねえ、かぐや」


「なんじゃ?」


「お願いだから、変なことして周りの人のペースを乱さないでよね」


「知らぬ。わしはいつも通りにしておるだけじゃ」


「それが問題なんだけど……」


「妙なことを言うのう」


 まるで取り合う気配がない。


 月はそれ以上の説得を諦めた。


 その後も試験は続き、何とか初日の日程が終了した。


「終わったぁ……!」


 月が机に突っ伏した、そのときだった。


「かぐや先輩!」


「かぐやさん!」


 教室の入口から、聞き覚えのある声が響いた。


 星羅と委員長である。


 二人は真っすぐ、かぐやの席へ駆け寄ってきた。


「かぐや先輩! 本日の試験はいかがでしたの?」


「難しい問題はありませんでしたか?」


 月が顔を上げる。


「いやあ、結構難しかったよね。特に最後の問題なんか……」


「月先輩には聞いてませんことよ」


「…………」


(このガキ……!)


 月はこめかみをぴくりと動かした。


 しかし、ここで怒っては大人げない。


「……そうでございますか」


 精いっぱい上品な笑顔を作って答えた。


 星羅は満足そうにうなずくと、再びかぐやへ向き直った。


「それで、かぐや先輩はいかがでしたの?」


「ふむ。取り立てて問題はなかったぞ」


「まあ! さすがかぐや先輩ですわ!」


「やはり、かぐやさんには簡単すぎたのでしょうね」


「この学園の試験など、かぐや先輩にとっては朝飯前ですもの!」


「まったくです。きっと素晴らしい成績でしょう」


 始まった。


 月は無言で筆箱を鞄にしまった。


(はいはい。今日も絶好調ね……)


「かぐや、帰ろう」


「うむ」


 月が立ち上がると、星羅と委員長が同時にこちらを振り向いた。


 キッ!


 二人の視線が突き刺さる。


(……怖っ)


 だが、こんなことは日常茶飯事だった。


 月は気にせず、かぐやの荷物をまとめる。


 すると、委員長が何かを思い出したように口を開いた。


「そういえば、かぐやさん」


「なんじゃ?」


「かぐやさんは、将来どちらの大学へ進学されるおつもりですか?」


 突然の質問に、月は手を止めた。


 かぐやは少しも迷わず答える。


「月と一緒じゃ」


「……え?」


 月が思わず声を漏らす。


 しかし、委員長の反応は違った。


「そうですか! それなら僕と一緒ですね!」


 ぱっと顔を輝かせる。


「僕も東京の国立大学を志望しているんです。医学部ですが」


 そう言って、ちらりと星羅を見た。


 ふふん。


 声には出さなかったが、明らかに勝ち誇った顔だった。


 星羅の眉がぴくりと動く。


「……そうですの」


 しかし、すぐに優雅な笑顔を浮かべた。


「わたくしも、かぐや先輩の後輩になれるよう、精いっぱい頑張りますわ!」


「後輩?」


「ええ! かぐや先輩と同じ大学へ進学できるなら、これほど光栄なことはございませんもの!」


「なるほどのう」


 かぐやは感心したようにうなずいた。


 一方、月は二人の顔を交互に見つめていた。


(……ちょっと待って)


 かぐやは確かに、自分と一緒の大学へ行くと言った。


 だが、そもそもかぐやが大学へ進学する必要があるのだろうか。


 そして何より。


(私、まだ合格してないんだけど!?)


 月は思わず叫びそうになった。


     ◇ ◇ ◇


 帰り道。


 月とかぐやの周囲には、いつもの顔ぶれが揃っていた。


 星羅と委員長である。


 二人はかぐやの左右を固め、まるで要人警護でもしているかのように歩いていた。


「かぐや先輩、お荷物は重くありませんこと?」


「うむ。大したことはないぞ」


「もし重ければ、そこのむさい男子に持たせますわ」


「む、むさい男子!?」


 委員長がショックを受けたように声を上げる。


「男子がお嫌でしたら、月先輩に持たせましょう」


「ちょっと星羅! あんた私を何だと思ってるの!?」


「……何か問題でも?」


「問題しかないわよ!」


 星羅は不思議そうに首をかしげた。


「月先輩は、かぐや先輩のお世話係ではありませんの?」


「違うわよ!」


「まあ。では、普段は何をなさっているんですの?」


「普通に友達やってるわよ!」


「……そうでしたの」


 星羅は少し考え込んだ。


「それなら、なおさらお荷物くらい持って差し上げるべきでは?」


「なんでそうなるのよ!」


「ふふふ。月は人気者じゃのう」


「誰のせいだと思ってるの!」


 かぐやは楽しそうに笑っていた。


 マンションが見えてきても、二人の護衛は帰ろうとしなかった。


「ねえ、二人とも。もうここまででいいから」


「何をおっしゃいますの、月先輩。かぐや先輩を最後までお送りするのは当然のことですわ」


「そうですよ。途中で何かあってはいけませんから」


「何かって何よ。ここ、うちのマンションなんだけど」


「万が一ということもありますわ」


「ないわよ!」


 結局、マンションの入口まで見送られることになった。


「かぐや先輩! 明日も頑張ってくださいまし!」


「かぐやさん、また明日!」


「うむ。そなたらも励むがよい」


 二人は満足そうに帰っていった。


 月はその後ろ姿を見送り、大きくため息をついた。


「……毎日よく飽きないわね、あの二人」


「よい者たちではないか」


「まあ、悪い子たちじゃないけどさ」


 月は少し笑った。


「特に星羅。あの子、私にだけ当たり強くない?」


「仲がよい証拠ではないかえ?」


「絶対違うと思う」


 二人はマンションへ入り、エレベーターに乗った。


 扉が閉まり、静かな機械音とともに上昇を始める。


「ねえ、かぐや」


「なんじゃ?」


「あんた、私と同じ大学を希望してるの?」


「うむ」


「いつ決めたのよ。そんな話、したことなかったじゃん」


「月が行くのであろう?」


「そうだけど……」


 月は少し困った顔をした。


「大学って、そんな簡単に入れるものじゃないんだからね。私だって頑張って勉強してるんだし」


「そうじゃな」


「それに、東京に行くってことは、今の生活ともいろいろ変わるんだから」


「……うむ」


 かぐやは小さくうなずいた。


 そして、ぽつりとつぶやいた。


「……そこまで居れればな」


「え?」


 月には、よく聞き取れなかった。


「何か言った?」


 かぐやは一瞬だけ月を見つめた。


 それから、いつものように笑った。


「わしは月とずっと一緒じゃ」


「……なっ!」


 月の頬が、ほんのり赤くなる。


「な、何よ急に! 恥ずかしいこと言わないでよ!」


「本当のことを言ったまでじゃが?」


「もう! そういうこと、さらっと言わないでよね!」


「では、改まって言えばよいのか?」


「そういう意味じゃない!」


 かぐやは声を立てて笑った。


 月も、つられて笑ってしまう。


「……ほんと、あんたにはかなわないわ」


「ふふっ。そうかえ?」


 エレベーターの到着を知らせる音が鳴る。


 扉が開き、二人は並んで歩き出した。


     ◇ ◇ ◇


 それから数日。


 期末試験は、いよいよ最終日を迎えた。


 初日の筆騒動は、いつの間にか学園中に広まっていた。


 試験監督の教師が交代するたびに、かぐやの机を二度見する。


 しかし、誰も何も言わなくなった。


 どうやら、職員室でも話が通っているらしい。


 かぐやは相変わらず、毎朝せっせと墨をすっている。


 月も、もう何も言わなかった。


 ただ、試験が続くにつれて、月の口数は少なくなっていた。


 朝は教科書を読み返し、休み時間もノートを確認する。


 家に帰ってからも、翌日の科目に備えて机に向かう。


 東京の国立大学を目指す以上、定期試験だからといって気を抜くつもりはなかった。


 そして、最後の科目。


「始めてください」


 教師の声が響いた。


 月は問題用紙をめくり、シャープペンシルを走らせた。


 今まで勉強してきたことを、一つずつ答案用紙へ書き込んでいく。


 時計の針が進む。


 最後の問題を解き終え、月は答案を見直した。


 もう一度、計算を確認する。


 誤字がないか確かめる。


 残り五分。


(……よし)


 もう一度、答案を確認する。


 残り一分。


(大丈夫。やれることは全部やった)


 そして。


 キーンコーンカーンコーン。


「そこまで。筆記用具を置いてください」


 月はシャープペンシルを置いた。


 終わった。


 ついに、期末試験のすべてが終了した。


「…………」


 月はしばらく答案用紙を見つめていた。


 教師が答案を回収していく。


 教室のあちこちから、安堵のため息が漏れた。


「はい、これで全科目終了です。皆さん、お疲れさまでした」


 教師が教室を出ていった。


「…………」


 月はまだ動かなかった。


「……終わった」


 ぽつりとつぶやく。


「月よ?」


「……終わった?」


「うむ。終わったぞ」


 月はゆっくりと顔を上げた。


 そして。


「終わったあああああっ!!」


 突然、両手を突き上げた。


「やった! 終わった! 終わったわよ、かぐや!」


「う、うむ。聞こえておる」


「自由よ! 自由! もう試験勉強しなくていいのよ!」


「いや、月よ。受験勉強は……」


「今は言わないで!」


 かぐやが口をつぐんだ。


 月は勢いよく立ち上がる。


「遊ぶわよ! ガンガン遊ぶわよ!」


「月よ、少し落ち着かぬか」


「落ち着いてられるかああ!」


 近くの生徒が驚いて振り向いた。


 だが、月は止まらない。


「旅行に行って! 美味しいもの食べて! お祭りにも行って!」


「うむ」


「海にも行きたいし! 買い物もしたいし! あ、カラオケも!」


「ずいぶん忙しそうじゃのう」


「それから恋をして!」


 そこで月は、ぴたりと動きを止めた。


「……いや、恋はできるかわかんないけど」


「なんじゃ、それは」


「いいの! そこは今後の努力目標!」


「ふむ。努力でどうにかなるものなのかえ?」


「知らないわよ!」


 月は自分で言って、自分で笑った。


 なんだかもう、何もかもが楽しかった。


 試験のことも、受験のことも、今だけは全部忘れていたい。


 月は両手を腰に当て、鼻息荒く宣言した。


「とにかく! この休み、絶対に無駄にしないんだから!」


 そして、かぐやにびしっと指を突きつける。


「いいわね、かぐや! あんたも付き合うのよ!」


 かぐやは一瞬きょとんとした後、柔らかく笑った。


「ふふっ。承知したぞ、月」


「よーしっ! 遊ぶわよおおお!」


 教室中の視線が月に集まった。


 だが、今の月にはそんなことなど、どうでもよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。