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月とかぐや姫  作者: まん丸


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12/20

おばあちゃん

 その日の夕食。


「おかわりじゃ!」


「……え?」


 私は思わず箸を止めた。


 かぐやが空になった茶碗を差し出している。


「ちょっと待って。かぐや、さっきハンバーガー食べたよね?」


「食べたぞ」


「ポテトも?」


「うむ!」


「ナゲットも?」


「実に美味かった!」


「……それで、まだ食べるの?」


「当然じゃ。夕餉は夕餉じゃろう?」


 いや、そういう問題?


 ワクドナルドでは、男子たちに勧められるまま、結構な量を食べていたはずだ。


 あの細い体のどこに入っているんだろう。


「はいはい、たくさん食べてね」


 ママは嬉しそうに笑いながら、かぐやの茶碗にご飯をよそった。


「ママ殿の料理は実に美味い!」


「あらあら、ありがとう」


 ……この二人、相性いいな。


 向かいに座っている大地は、かぐやをちらちら見ながら黙々とご飯を食べている。


 相変わらず分かりやすい弟だ。


「あ、そうだ。月ちゃん」


 ママが思い出したように言った。


「明日、おばあちゃんのところに行ってくれない?」


「おばあちゃん?」


「そう。ちょっと届けてもらいたいものがあるの」


「えー、明日?」


 明日は土曜日。


 せっかくの休みなのに。


「大地に頼めば?」


 私は弟に目を向けた。


「大地、明日おばあちゃんの家に行ってきてよ」


「えー、めんどくせえ」


「何よ。あんた暇でしょ?」


「暇じゃねえし」


「どうせゲームでしょ?」


「うっせ」


 まったく、可愛くない。


「じゃあ、大地君にはお小遣いを……」


「俺、行く!」


 早っ!


 ところが、ママはにっこり笑った。


「冗談よ」


「なんだよ!」


「じゃあ、月ちゃんとかぐやちゃんでお願いね」


「えっ、決定?」


「お願いね」


 ……決定らしい。


「おばあちゃんとは何者じゃ?」


 かぐやが首を傾げた。


「私のおばあちゃん。ママのお母さんだよ」


「ほう。月の祖母殿か」


「そうそう」


「……祖母殿」


 かぐやが小さく繰り返した。


「どうしたの?」


「いや、何でもないのじゃ」


 そう言って、かぐやはまたご飯を食べ始めた。


     ◇


 夕食が終わる頃、パパが私を呼び止めた。


「そうだ、月。例のアンケートの件だが」


「あっ!」


 忘れてた!


「パパ! バイト代!」


「もちろん、ちゃんと用意してあるよ」


 パパが封筒を差し出した。


「はい、三万円」


「やったー!」


 三万円!


 これだけあれば、しばらくお小遣いには困らない。


「ちょっと、あなた!」


 その時、ママが声を上げた。


「三万円なんて、あげ過ぎよ!」


「いや、しかしね。今回は相当な成果を出してくれたから……」


「高校生のお小遣いに三万円は多すぎます!」


 私は封筒をぎゅっと握りしめた。


「ちょっと待ってよ、ママ! アンケート一件百円って約束だったんだよ?」


「そうなの?」


「四百万件以上集まったんだから、本当は四億円以上なんだよ!」


「……四億?」


 ママがゆっくりパパを見た。


「あなた?」


「いやいや、ちょっと待ちなさい」


 パパが慌てて両手を上げた。


「月、もうじき夏休みだろう?」


「……え? うん」


「その時に、東京へ連れて行ってあげよう」


「東京?」


「ああ。みんなで旅行に行こうじゃないか」


「…………」


 私はパパをじっと見つめた。


「……四億円の代わりに?」


「まあ、そういうわけではないが……」


「絶対そうじゃん!」


 パパは苦笑いを浮かべた。


「東京には楽しいところがたくさんあるぞ」


「……まあ、行きたいけど」


「だろう?」


 ……うまく丸め込まれている気がする。


 すると、かぐやが顔を上げた。


「とうきょう?」


「そう。日本の首都だよ」


「ほう!」


 かぐやの目が輝いた。


「月! とうきょうにも、くれーぷはあるのか!?」


「あるよ。いっぱい」


「なんと!」


 かぐやが両手を上げた。


「とうきょう! とうきょう!」


 ……この子、結局クレープなのね。


     ◇


 翌日、土曜日。


 私とかぐやは、ママに頼まれた届け物を持って、おばあちゃんの家へ向かった。


「月!」


「何?」


「くれーぷはいつ食べるのじゃ?」


「おばあちゃんの家に行った帰り!」


「まだかの?」


「まだ着いてもいないから!」


 今日のかぐやも絶好調だった。


 しばらくして、昔ながらの瓦屋根の家が見えてきた。


「着いたよ」


「ここが月の祖母殿の家か」


「そう」


 私は玄関の呼び鈴を押した。


「おばあちゃーん!」


「あら、月ちゃん! いらっしゃい!」


 玄関から顔を出したおばあちゃんは、私を見て嬉しそうに笑った。


「久しぶりねえ。元気にしてた?」


「うん、元気だよ」


「あらまあ」


 おばあちゃんが私の隣に目を向けた。


「可愛らしいお友達ねえ」


「かぐやじゃ! よろしく頼むぞ!」


「まあまあ、元気な子ねえ」


 おばあちゃんが目を細めた。


 その時だった。


「…………」


 かぐやが、じっとおばあちゃんを見つめていた。


「かぐや?」


 返事がない。


 さっきまであんなに騒いでいたのに。


「……おばあ」


 かぐやが小さく呟いた。


「え?」


「……いや、何でもないのじゃ」


 そう言って、かぐやは微笑んだ。


 でも、その笑顔は、いつもとは少し違っていた。


「さあさあ、上がって。お茶でも飲みましょうね」


「……うむ」


 かぐやは静かに頷いた。


 私は少し不思議に思ったけれど、それ以上は聞かなかった。


     ◇


「はい、どうぞ」


「ありがとう、おばあちゃん」


 私たちは居間に通され、お茶をご馳走になった。


 ママから預かった届け物も、ちゃんと渡した。


「あら、これ届けてくれたのね。助かったわあ」


「ママがよろしくって」


「ありがとうねえ」


 おばあちゃんは嬉しそうに笑った。


 かぐやは、そんなおばあちゃんの顔をじっと見つめている。


「かぐやちゃん、どうしたの?」


「……いや」


「お茶、熱かったかしら?」


「そうではない。よい香りじゃ」


「あら、よかった」


 おばあちゃんはにこにこしている。


 不思議なことに、かぐやはいつもよりずっと静かだった。


「二人とも、この後はどこかに行くの?」


「うん。帰りにクレープを食べようと思って」


「くれーぷ!」


 かぐやが勢いよく顔を上げた。


 ……あ、戻った。


「わしは昨日も食べ損ねたのじゃ! 今日こそ食べるのじゃ!」


「あらあら、クレープが好きなのねえ」


「まだ食べたことがないのじゃ!」


「まあ、そうなの?」


 おばあちゃんがにっこり笑った。


「それなら、おばあちゃんが作ってあげようか?」


「なんと!」


 かぐやが立ち上がった。


「作れるのか!?」


「ええ、昔はよく作ったものよ」


「おおお!」


 かぐやの目がきらきらと輝いている。


 私は少し首を傾げた。


 ……おばあちゃん、クレープなんて作れたっけ?


     ◇


 台所から、何かを焼くいい匂いが漂ってきた。


「月!」


「何?」


「よい匂いじゃ!」


「そうだね」


「これが、くれーぷの香りか!」


「……たぶん?」


 私もちょっと自信がない。


 しばらくして、おばあちゃんがお皿を運んできた。


「はい、お待たせ」


「おお!」


 かぐやが身を乗り出す。


 お皿の上には、丸く焼かれた薄い生地が何枚も重なっていた。


 ……ん?


 これ、クレープ?


 どちらかというと、薄いホットケーキみたいな……。


「さあ、召し上がれ」


「いただくのじゃ!」


 かぐやは嬉しそうに一枚を手に取った。


 ぱくっ。


「…………」


 もぐ。


 もぐもぐ。


「…………?」


 かぐやの動きが止まった。


「どうしたの?」


「月……」


「何?」


「これは……」


 かぐやが不思議そうな顔で、食べかけの生地を見つめた。


「中に、何か入っておるぞ?」


「え?」


 私も一枚取って、かじってみた。


 ……ん?


 甘いような、しょっぱいような。


 この味……。


「味噌!?」


「あら、そうよ」


 おばあちゃんが嬉しそうに笑った。


「昔はねえ、こうして小麦粉を水で溶いて、薄く焼いて食べたのよ」


「へえ……」


「今日はちょっと甘いお味噌を入れてみたの。昔ながらのおやつね」


 私はもう一口かじった。


 素朴な味。


 甘じょっぱい味噌の香りが、口の中に広がる。


 派手さはないけれど、何だかほっとする味だった。


「……美味しい」


「あら、よかった」


 おばあちゃんが嬉しそうに笑った。


 隣を見ると、かぐやも黙々と食べていた。


「……うまい」


「でしょ?」


「うむ。実にうまい!」


 かぐやは目を輝かせた。


「これが、くれーぷというものか!」


「……え?」


「なるほどのう。皆が食べたがるのも分かるぞ!」


 私は口を開きかけた。


 いや、それはクレープじゃなくて……。


 でも。


 おばあちゃんは嬉しそうに笑っている。


 かぐやも幸せそうに頬張っている。


「……まあ、いっか」


 私は何も言わないことにした。


「おばあ殿! もう一枚いただけるかの?」


「もちろんよ。たくさん食べてね」


「ありがたい!」


 おばあちゃんはかぐやのお皿にもう一枚乗せると、優しく頭を撫でた。


「いっぱい食べて、大きくなるのよ」


「…………」


 かぐやの手が止まった。


 ほんの一瞬。


 何かを思い出したように、目を伏せる。


「……かぐや?」


「…………」


 おばあちゃんは気づかず、にこにこしている。


「どうしたの? お口に合わなかった?」


「……いや」


 かぐやは小さく首を振った。


「とても、美味いのじゃ」


「そう。よかったわあ」


「……本当に、美味い」


 その声は、いつもより少しだけ静かだった。


     ◇


「また遊びにいらっしゃいね」


「うん! ありがとう、おばあちゃん!」


「おばあ殿! ご馳走になった!」


「はいはい。また作ってあげるわね」


「……うむ!」


 かぐやは嬉しそうに笑った。


 私たちはおばあちゃんに手を振り、帰り道を歩き始めた。


 しばらくして、私は隣を歩くかぐやに尋ねた。


「ねえ、かぐや」


「何じゃ?」


「おばあちゃんのこと、気に入った?」


「うむ。よい人じゃ」


「でしょ?」


 かぐやは少しだけ空を見上げた。


「……昔、わしにも、あのような者がおった」


「え?」


「優しくてのう。いつも、わしのことを気にかけてくれた」


「……そうなんだ」


「うむ」


 かぐやは微笑んだ。


 でも、その笑顔は、どこか懐かしそうで。


 少しだけ、寂しそうだった。


 私は何と返していいのか分からず、黙って隣を歩いた。


 やがて、かぐやが私を見た。


「月」


「何?」


「今日はよい日じゃった!」


「……うん!」


 私も笑った。


 こうして。


 あれほどクレープ、クレープと騒いでいたかぐやは、この日を境に、ぱったりとクレープを食べたいと言わなくなった。


 ……本物のクレープを食べる日は、果たして来るのだろうか。


 それは、私にも分からない。

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