↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月とかぐや姫  作者: まん丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/18

クレープ

 放課後。


「くれーぷ! くれーぷ!」


 かぐやは朝とは別人のように元気だった。


 いや、元気すぎる。


「そんなに嬉しい?」


「当然じゃ! 今日は全種類食べられるのじゃぞ!」


「いや、全部は無理だからね?」


「なぜじゃ?」


「胃袋の問題!」


 私の忠告など聞こえていないらしい。


 かぐやは満面の笑みで歩いている。


 その後ろには、クラスの男子たちがぞろぞろと続いていた。


「かぐやちゃん、イチゴ好き?」


「うむ!」


「俺、イチゴ奢るから!」


「俺はチョコバナナ!」


「じゃあ俺は抹茶!」


「おお! 楽しみじゃ!」


 何なの、この集団。


 遠足?


 しかも引率する先生がいない。


 ……いや。


 私が引率なのか?


 そんなことを考えながら歩いていると、聞き覚えのある声が響いた。


「門脇さん!」


「……ん?」


 振り返ると、そこには石上蓮生徒会長が立っていた。


「これはいったい、何の集まりなんだい?」


「ああ、会長。ちょっとクレープを食べに」


「クレープ?」


 会長の視線が、男子たちの先頭にいるかぐやへ向いた。


「かぐやさん!」


「おお、蓮ではないか」


「君も一緒なのかい?」


「うむ! 今日は皆がくれーぷを食べさせてくれるのじゃ!」


「…………」


 会長が男子たちを見た。


 男子たちも会長を見た。


 何やら妙な空気が流れる。


「……なるほど」


 会長が微笑んだ。


「それなら僕もご一緒しよう!」


「は?」


「もちろん、僕もかぐやさんにご馳走するよ!」


「おお! 恩に着るぞ!」


 かぐやは大喜び。


 男子たちは露骨に嫌そうな顔をした。


 ……一人増えた。


 しかも、一番面倒なのが。


     ◇


 商店街に入ると、妙な人だかりができていた。


「何だろ?」


 いつもより明らかに人が多い。


 道の一角には大きな機材が並び、黒い服を着た人たちが忙しそうに動き回っている。


「あ、映画の撮影じゃね?」


 男子の一人が声を上げた。


「マジ?」


「ほら、あそこ! カメラある!」


「すげえ!」


 どうやら映画のロケをやっているらしい。


 見物人が集まって、ちょっとした騒ぎになっていた。


 でも。


「くれーぷ!」


 かぐやには関係なかった。


 人だかりの向こうに、目当てのお店が見えている。


「おい、かぐや!」


 私が呼び止める間もなく、かぐやは人の間をすり抜けて進んでいった。


「ちょっと、君!」


 黒い服を着た若い男性が、かぐやの前に立ちはだかった。


「ここから先は入れません!」


「なぜじゃ?」


「撮影中なんで!」


「さつえい?」


「だから、俳優さんには会えないんですよ!」


「…………?」


 かぐやが首を傾げた。


「何を言うておる?」


「いや、だからね!」


 男性は少し苛立った様子だった。


「ファンの人は、あっちで待っててください!」


「ふぁん?」


「サインとか写真とか、そういうのは無理なんです!」


「何の話じゃ?」


 完全に会話が噛み合っていない。


 私は慌てて駆け寄った。


「すみません! この子、クレープ屋に行きたいだけなんです!」


「今は通れません!」


「でも、お店はあそこなんですけど……」


「撮影が終わるまで待ってください!」


 すると、後ろにいた男子たちが騒ぎ始めた。


「えー! 店に行くだけだろ!」


「通してくれたっていいじゃん!」


「横暴じゃね?」


 周囲がざわつく。


 その時だった。


「みんな、落ち着きたまえ!」


 会長が一歩前に出た。


「ここは僕に任せてくれ」


「会長?」


「こういう時こそ、冷静な話し合いが必要なんだ」


 さすが生徒会長。


 こういうところは頼りになる。


 会長は姿勢を正し、男性に向き直った。


「失礼。責任者を出したまえ」


「…………」


「僕は竹田鳥山学園生徒会長、石上蓮だ。事情を説明していただきたい」


「いや、今忙しいんで」


「ですから、責任者と……」


「後にしてください!」


「…………」


 会長、撃沈。


 肩書きがまったく通用していない。


 当然といえば当然だけど。


「月……」


 かぐやが私の袖を引いた。


「何?」


「くれーぷは?」


「……ちょっと待とうね」


「…………」


 また、あの顔だ。


 絶望の入り口に立っている。


 その時だった。


「何かあったんですか?」


 人だかりの向こうから、男の人の声が聞こえた。


 黒い服の男性が慌てて振り返る。


「あっ! すみません! ちょっと見物の子たちが……」


「見物?」


 現れたのは、背の高い若い男性だった。


 整った顔立ち。


 爽やかな笑顔。


 どこかで見たことがある。


 ……あれ?


「うそ……」


 周囲の女子たちがざわついた。


「えっ、本人!?」


「本物じゃん!」


 私はようやく思い出した。


 石作皇輝(いしづくり・こうき)。


 今、テレビや映画で大人気の若手俳優だ。


 その石作皇輝が、こちらへ歩いてくる。


 そして。


 かぐやを見た瞬間、足を止めた。


「…………」


 目を見開いている。


 ああ。


 また、この反応だ。


「……君」


 皇輝が、かぐやに声をかけた。


「名前、何ていうの?」


「かぐやじゃ」


「かぐや……」


 皇輝は小さく微笑んだ。


「少し、話をしてもいいかな?」


「忙しいのじゃ」


「……え?」


「わしは今、くれーぷを食べに行くところじゃ。そこを通してくれぬか?」


 皇輝が固まった。


 周囲の女子たちも固まった。


 人気絶頂の俳優を前にして、まったく興味を示さない女子高生。


 ……まあ、かぐやだしね。


「いや、ちょっと待って。僕のこと、知らない?」


「知らぬ」


「…………」


「話は終わりかえ?」


 皇輝の笑顔が引きつった。


「いや、僕は……」


 皇輝がさらに何か言おうとした、その時だった。


 スッ。


 二人の間に、一人の男子が割って入った。


「そこまでにしていただこう」


 石上蓮。


 我らが竹田鳥山学園の生徒会長である。


「……君は?」


 皇輝が少し驚いた顔をした。


「申し遅れました。竹田鳥山学園生徒会長、石上蓮です」


 会長は堂々と名乗った。


「彼女は今、急いでいるんです。これ以上引き止めるのはご遠慮いただきたい」


「いや、ちょっと話をしたいだけなんだけど」


「彼女は忙しいと申しております」


「それは分かったけど……」


「でしたら、道を開けていただけますか?」


 おお。


 珍しく会長が格好いい。


 さっきスタッフにあっさり追い返された人とは思えない。


 皇輝は会長を見つめた。


「……君、彼女の何なの?」


「僕は彼女を愛しています!」


「言っちゃったよ!」


 思わず突っ込んだ。


 会長は胸を張っている。


「まだ出会って間もないですが、僕の気持ちは本物です!」


「……そうなんだ」


 皇輝が苦笑した。


「で、付き合ってるの?」


「いいえ!」


「違うんかい!」


 クラスの男子たちからも突っ込みが飛んだ。


「ですが、いつか必ず彼女の心を射止めてみせます!」


 その言葉に、皇輝の表情が少し変わった。


「へえ……」


 何だろう。


 妙な対抗意識が芽生えたような気がする。


 すると、かぐやが会長の袖を引いた。


「蓮」


「何だい、かぐやさん!」


「邪魔じゃ」


「…………」


「くれーぷが遠のく」


「…………」


 会長の肩が落ちた。


 私はそっと目をそらした。


 頑張れ、会長。


 今日も報われないね。


「まあまあ、そう怒らないで」


 皇輝が爽やかな笑顔を浮かべた。


「撮影が終わったら、僕がクレープをご馳走するよ」


「いらぬ」


「……え?」


「奢ってくれる者なら、もう大勢おる」


 かぐやが後ろを振り返る。


 そこには十数人の男子たち。


「「「おう!」」」


 なぜか全員、胸を張った。


「それに、わしは今すぐ食べたいのじゃ。後では困る」


「…………」


 皇輝の笑顔が固まった。


「ふっ」


 その横で、会長が小さく笑う。


「……何がおかしいのかな?」


「いや、失礼。どうやら君も、彼女のことを少し理解したようだね」


「……君も?」


「彼女は安易な誘いに乗る女性ではないのだよ」


 いや、会長。


 クレープには乗ってるから。


「僕はすでに彼女に二度、想いを伝えている」


「……それで?」


「二度とも断られた!」


「威張ること!?」


 会長は胸を張った。


「しかし僕は諦めない! 君とは覚悟が違うのだよ!」


「……え?」


 皇輝は呆然としている。


 無理もない。


 私だって理解できない。


「石作さん! そろそろお願いします!」


 その時、撮影スタッフが駆け寄ってきた。


「ああ、分かった。今行くよ」


 皇輝はもう一度かぐやを見た。


「……じゃあ、また」


「うむ」


 かぐやはすでにクレープ屋の方を見ている。


「…………」


 皇輝は肩を落とし、とぼとぼと撮影現場へ戻っていった。


 あの人気俳優が、こんな姿を見せるなんて。


 ちょっと珍しいものを見た気がする。


 ところが、皇輝は途中でスーツ姿の男性を呼び止め、何やら耳打ちを始めた。


 男性は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにこちらへ歩いてきた。


「すみません、少しいいですか?」


「はい?」


 男性は私たちに丁寧に頭を下げた。


「私、石作のマネージャーをしております」


「はあ……」


「実は、石作がそちらのお嬢さんと、ぜひまたお話ししたいと申しておりまして」


 かぐやが首を傾げた。


「わしか?」


「はい。よろしければ、連絡先を教えていただけませんか?」


「嫌じゃ」


「…………」


 即答。


「ええと……」


「知らぬ者に教える理由がない」


「そ、それはそうですが……」


「それに、わしは忙しい」


「お忙しい?」


「くれーぷを食べねばならぬ」


「…………」


 マネージャーが固まった。


 その横で、会長が満足そうに頷いている。


「当然だ。彼女はそういう女性なのだよ」


 いや、会長。


 あんたも連絡先を教えてもらえてないでしょ。


「かぐやちゃん!」


 その時、男子の一人が声を上げた。


「駅前にもクレープ屋あるぞ!」


「なんと!」


 かぐやの顔が輝いた。


「本当か!?」


「ああ! ちょっと歩くけど!」


「行くぞ!」


 即決だった。


「ちょっと、かぐや!」


「月! 急ぐのじゃ!」


「はいはい!」


 こうして私たちは、再び移動を開始した。


 十数人の男子たちがぞろぞろと後に続く。


「……あの」


 マネージャーが何か言いかけた。


 けれど、誰も聞いていなかった。


「…………」


 その場に取り残されたマネージャーは、ただ呆然と私たちを見送っていた。


     ◇


「もうすぐだぞ!」


「うむ!」


 駅前に到着した頃には、かぐやはすっかり元気を取り戻していた。


「くれーぷ! くれーぷ!」


「今度こそ食べられるといいね」


「当然じゃ!」


 男子の一人が先頭を歩き、目当てのお店へ案内する。


「あれ? 確かこの辺だったんだけど……」


「どうした?」


「いや……」


 男子が足を止めた。


 私たちも立ち止まる。


 そこには、シャッターの下りた店舗があった。


 そして、入り口には一枚の張り紙。


 『長年のご愛顧、誠にありがとうございました』


「…………」


「…………」


 全員が黙った。


「……潰れてる」


 誰かが呟いた。


「え?」


 かぐやが首を傾げた。


「つぶれる?」


「閉店したってこと」


「へいてん?」


「もう、このお店ではクレープを売ってないんだよ」


「…………」


 かぐやは張り紙を見つめた。


 しばらくして、小さく口を開いた。


「……くれーぷは?」


「ない」


「いちごは?」


「ない」


「ちょこれーとは?」


「ない」


「…………」


 かぐやの肩が、ゆっくりと落ちていった。


 朝に続いて、本日二度目の絶望である。


「……月」


「何?」


「わしは、くれーぷに嫌われておるのか?」


「そんなことないから!」


     ◇


 結局、私たちは駅前のワクドナルドに入ることになった。


 十数人の高校生が一斉に入店したものだから、店員さんもちょっと驚いていた。


 テーブルにはハンバーガーやポテト、ジュースが並んでいる。


 男子たちは相変わらず騒がしい。


「かぐやちゃん、ポテト食べる?」


「俺のナゲットもどう?」


「ジュース足りてる?」


 すっかり餌付け大会である。


 その中心で、かぐやはハンバーガーを両手で持っていた。


 もぐ。


 もぐもぐ。


「…………」


 顔が暗い。


「ねえ、かぐや」


「何じゃ……」


「ハンバーガー、美味しくないの?」


 かぐやは顔を上げた。


「めちゃくちゃ美味しいぞ」


「美味しいんかい!」


「この肉も、ぱんも、実に素晴らしい」


「じゃあ、もうちょっと嬉しそうに食べなよ!」


「しかし……」


「何?」


「くれーぷ……」


「まだ言うか!」


 かぐやはハンバーガーをもう一口かじった。


「……うまい」


「でしょうね!」


「じゃが、くれーぷ……」


「どっちなのよ!」


 私は天井を仰いだ。


 世界中の女子高生から四百万件ものアンケートを集め、パパを驚かせた天才少女。


 その少女が今、たった一枚のクレープを食べられず、人生最大の悲劇に見舞われたような顔をしている。


 ……本当に、何なのこの子。


「月」


「今度は何?」


「明日は、くれーぷを食べられるかの?」


「……さあね」


 かぐやはしばらく考え込んだ。


 そして、残りのハンバーガーを頬張った。


「うまいのう……」


 だから、どっちなのよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。