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私は硝子蝶の夢を見る。
明け方、ひらひらと飛ぶそれは美しい。夢か現実か、本当のところはよくわからない。
でも、それは邪悪さを欠片も見せず、ただ美しいだけ。ステンドグラスを思わせる羽翅が日に日に大きくなっているような気がする。
「あの日、浮気をしたのよ」
義母は遠い目をして、パラソルのあたりを指を差した。
「このまま、この家庭という鳥篭で無為に老いていく自分が怖くて。冒険がしたかったのかしらね。一度の過ちだったけれど、それをあの子に見られたの。相手の男は、蝶の柄の、黒い上着を羽織っていた。それから、あの子は蝶を見るようになった。きっと私はあの子を、いっぱい傷つけてしまったのね」
義母の胸に小さな蝶が止まった。まるでブローチみたいだ。あれ、これは、金属光沢の羽。これもまた、硝子蝶。
「怖かったの。このまま同じ日々を繰り替えさせられることが。それを壊したかった。今にして思えば、なんて無責任な行動だったのか」
ああ、硝子蝶は違うんだ。命を食う禍々しい存在ではない。
これは、多分。
封じ込められた気持ちの具象に過ぎない。
「母は死んだ」
彼が見たのは、諦めて心を殺してしまった母親が自分のために奔放に生きようとしている、その瞬間。蝶のように、動物的で美しい、エゴ。エロス。
それを蝶という形で捕らえた。
そして彼は、気が付いた。それまでの母が死んでしまっていたことに。そして今、この瞬間は生きている。
逆説的なもの。生きた瞬間に立ち会ったから、過去を改竄してしまった。
子供心になんて素直に。
『母は死んでいた。今は生きている。でも、死んだものは生き返らない。では、今目の前にある女は幽霊』
抽象的な母の心を脆く儚い硝子の羽根を持つ蝶に具象化してみせた、その瑞々しい子供の感覚。
そして蝶はすぐさま壊れて消えた。
彼は実母をあの女と呼ぶ。それは多分、家に捕らわれ、死んでいる母を直視したくないから。彼女を犠牲にしているのは、自分でもありうるから。




