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「お父様はなぜ薔薇園を作ったのですか」
私は聞いた。
義父になる人は、恰幅が良かった。初めて会った時は磊落そうに見えたが、よくよく観察すると口うるさく気分屋で、支配的だ。
義母の心が殺されていくのは、この人のせい。
「蝶は薔薇がよく似合う。牡丹も捨てがたい。やはり、赤い色の大輪が、吸い寄せるのだよ、美しいものをな」
義父は汚らしく笑う。
彼はわざと、己の妻に蝶を生み出させているのだ。
小さな庭。
特別縁ある家ではない。しきたりだってないし、特別な歴史があるわけでもない。
なのに、こんなに閉塞している。
私は踵を返した。
「君は蝶を何匹も生み出すだろう」
背に投げかけられた言葉に、私は吐気を覚えた。
心に伸し掛かる重圧。
隣にやってきた彼が、私の肩を抱いた。
煌く蝶が彼から逃げていく。
彼は、多分、私との結婚を重荷に思っているのだ。一人の女に縛られる。家庭という檻。
義父ももしかしたら、蝶を全部出し尽くしてしまったのかもしれない。
私は。
私は?
彼の名前を私ははっきりとした声で呼ぶ。
彼は私を見下ろした。
「結婚したくないのなら、私にプロポーズなんかしなければよかったのに」
彼は大きく目を開いた。そして、それからとても優しい顔をして、言ったのだ。
「……結婚なんて、したくないよ。諦めと不自由、重責を負わせる。でも、だから、辛いから。俺を見てくれる君以外とじゃ、きっと耐えられないと思った。これから先、長い長い人生、魂を殺しながら、綺麗なものを壊しながら生きていく。他の人だったら、俺は心はおろか、体までも削り殺してしまうだろう。それがわかったから、君を選んだ」
大きな、猛禽みたいな蝶がいた。
私の蝶か、彼の蝶か。
二人の間をひらひらと飛ぶ。
「いつか羽がかけ、飛びたてなくなっても」
美しい音を立て、片羽が砕け散る。きらきらと青緑の破片が小さく小さく大気に溶けていく。
蝶は廊下に落ちてもがいている。
「それが俺の羽であっても、君の羽であっても、君なら俺は背負っていけると思う。君なら俺を負って、一緒に飛んでくれると思った」
私は結婚というのを安楽な生活の保障だと思っていた。でも、彼の考えは違ったのだ。
私はきっとこのまま彼と結婚するだろう。たくさんの蝶を失って、義母のような屍になるだろう。彼は義父のようになってしまうのだろう。
「そうね。私も、多分、貴方なら、諦めて背負っていくと思うわ」
みっともない自分をさらして、負ぶさる決意も、この人相手なら多分、出来る。
死が二人を別つ遠い未来に至るまで二人が五体満足でいられる保証はどこにもない。
私たちは欠けながら生きていく。そして多分、一人で立ち行かなくなったらお互いを支えあうだろう。
少なくても彼にはその覚悟があるから、私にプロポーズをしてくれたのだから。私もそれに応じなくてはならない。
私たちは寄り添いながら、庭へと向かった。
歩いていくその背後に、粉々になった蝶の羽翅が点々と落とされていった。
おしまい




