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魔導士学院の五回生になった年、第二階梯にこそ達しなかったが、水精召喚術に長けたカスパルは、水法雷電術師であるトロフィーセ教授に師事するだろうと、学生仲間からは思われていた。
しかし、皆の予想に反して、カスパルは、五回生の時に動力機関科のザカリン教授に師事した。
実は、カスパル自身も、法陣魔導術部の実践科を選択するつもりでいたのだ。けれど、選択希望者を一人ずつ面接したトロフィーセ教授は、カスパルへ選択履修させることはできないと言い渡した。
「先生、どうして、俺は不合格なんですか」
真っ青になって尋ねたカスパルに、トロフィーセ教授も残念そうに答えた。
「個人的には、君の魔導術の才能は素晴らしいと思う。しかし、実践科の履修資格を満たす必須要件として、魔導士階梯の第三階梯もしくは、最低でも第二階梯到達者でなければならないのだ。そして履修すれば、最終的には、第四階梯を目指してもらうことになる。
階梯に達していない者が、魔導術の発現を無理に続けると、体内にあるチャクラと経絡を損なってしまうため、この要件は、必ず満たしていなければならないのだ」
カスパルは納得できなかった。
第二階梯に到達していないことは事実だが、自分は、第二階梯どころか、第三階梯到達者にさえ、術の発現で劣るところはないのだ。それなのに、階梯に達していないというだけで、履修が認められないなんて、全く納得できなかった。
「私も残念に思うが、こればかりは仕方がない。君が、第二階梯に達しさえすれば、私はいつだって君の履修を歓迎するよ」
トロフィーセ教授は、毎年このような学生の履修希望を断り続けてきた。教授は、履修を断わられた学生が衝撃のあまり、すっかり自信喪失し、学習意欲が減退することのないよう、励ましの言葉を入れるのを忘れなかった。
専門課程の履修を見送り、一年間、第二階梯を目指し、調息法と導引術の基礎から取り組み直し、そこに到達してから、翌年に希望通りの実践科を履修する者もいた。けれど、カスパルは、そうしなかった。そのまま、履修希望を変え、階梯到達が条件にない動力機関科を履修することにしたのだ。
(第二階梯到達が要件だなんて、そんな馬鹿げた専門課程を蹴って、地味な動力機関科を選択したのが、今になって役立つなんて、何が幸いするか本当にわからないものだ)
カスパルは、動力機関科の演習で、魔導士島の心臓部ともいえる魔導動力機関操作室はよく訪れたし、計器盤の見方や、動力機関の機械操作の方法も熟知していた。
あの頃は、呑み込みが早く、何でもよく気がつき、そのうえ、雑用でも嫌がらずに引き受けてくれるカスパルは、動力機関の操作技師や整備士のお気に入りで、動力室の機密に関わるようなことでも教えてもらえた。
カスパルは、山の中腹の急峻な登山道を登り、蔦の生い茂った岩壁の前で立ち止まった。
(何百年も太平の世が続き、すっかり平和ぼけしているせいで、機関室の主任は、操作室への入室暗号を、偶数年、奇数年、偶数月、奇数月の組み合わせを暗証番号表と照合して、いつも同じ手順で決定していた。あのルールがそのままなら、多分、この暗号で入れるはずだ)
カスパルは、まずエスメルから盗み取った職員証を隠し扉の前でかざした。すると蔦が光り「今月の暗証番号をお願いします」と、声が聞こえ、目の前の空中に魔法陣が現れた。
その法陣へカスパルは微弱な魔力を指先にこめ、暗証番号を入力した。
「認証完了しました。エスメル様、他三名様、入室を許可します」
隠し扉が上へ持ち上がり、機関室へ続く廊下が現れた。
「ポルブ、おまえ、水精を使って変形術をかけろ。エスメルに見えるようにしろ」
ポルブは頷き、水精を召喚すると、自身を、霧状の水の膜で覆い、その膜にエスメルの姿を立体照射した。接近すれば、ただの映像だとわかるが、ポルブの動きに合わせて映像も動くので、かなり近づかなければ気付かれないはずだ。
(すごい、この術は、地味な割に魔力を結構消費するのに、全然魔力が尽きない)
エスメル姿のポルブが先頭に立ち、機関室へ入室した。
操作室にいたのは、本日の太極石交換のために待機中の技師一人と整備士四人で、今朝から作業に備えて動力炉の出力を落とし、動力機関の稼働率も停止状態へ限りなく近づけようと操作する真っ最中であった。そのため、作業に集中し切っていた彼らは、いきなり入室してきた四人に気がつくのが遅れた。
「おい、太極石の搬入は、十時からだろう。えっ、おまえたち誰だ、どこから来た」
主任の技師が気がつき、誰何した時には、もう、彼の体は凍りつき始めた。他の者も何の抵抗もできないまま凍りついた。
カスパルは、薄笑いを浮かべ、まず計器盤へ近寄り、動力炉の状態を確認した。そして、操作パネルで作業を続けながら、ポルブヘ命じた。
「ポルブ、整備士服と技師服の予備を、更衣室から持ってきてくれ。それからゴーズリー、バーカンダーは、そいつらを地底湖のある洞窟の横穴へ隠して、そのままおまえたちも、隠れていろ」
ポルブはカチコチに凍りついた五人を一人ずつ引きずり、動力炉のある地底湖の岩陰に隠した。それから、更衣室を見つけ出し、予備の服を持ち出した。
カスパルが黒の技師服に着替え、ポルブは薄黄土色の整備士服へ着替えた。
十時になると、魔導士島の上空に大鵬鳥が飛来した。鳥が、羽ばたいたまま空中で停止すると、そこから動力保安局技師職の役人二人と整備士一人が、魔法陣で強化した飛行マントを広げ、飛び降りた。皆、背中に信玄袋を担いでいた。そして、何も知らないまま岩壁の近くに着地し、動力室の前の扉に立った。中から扉が開けられると、彼らは、何の疑いもなく廊下から室内へ入った。
そこで、一番年配の技師が違和感に眉を顰めた。
「五人で対応すると聞いていたのに、どうして二人しかいないのだ?」




