(98)
カスパルは、バーカンダーの方へ、半身を乗り出した。
「ああ、あるとも、大いにある。いいか、俺は、動力炉へ入れ替える予定の太極石を、全て奪い取る。それを、おまえたちに手伝ってもらいたい」
ポルブは、北荒の最果てにあるという、北冥海の、氷塊漂う海中へ投げ落とされた程の衝撃を受けた。しかし、ゴーズリーとバーカンダーは、顔を見合わせるとニヤッと笑った。
「面白そうだな。太極石なんて、実物を見たこともないぜ。俺たちも一目拝んでみたいよ」
ポルブは恐る恐る尋ねた。
「学院島は、厳重な結界の中にある。入り込めるのか?」
カスパルは、唇の端を吊り上げ、懐からカードを取り出した。
「職員証がある。中の情報を少し書き換えておいた。これで、島の中へ入り込める。何、入る時だけ使えればいい。石を奪う時には、結界が解除されているはずだから、逃げ出すだけさ」
「でも、学院島は、いま北荒のどのあたりにいるんだ。それは分かるのか」
カスパルは立ち上がった。
「心配するな。師匠が俺たちを、学院島まで送り込んでくれる。その前に、おまえたちは師匠から力を入れてもらえ。その力があれば、動力保安局がつけている警備兵くらい簡単に撃退できる。魔導技師は、技術系の魔導術は得意だが、攻撃魔法は使えない奴ばかりだから、俺が片付けてしまう。それじゃ、出発するぞ」
ポルブは逃げ出したくて堪らなかった。もし、失敗すれば、間違いなく牢屋へ収監されるし、死刑になるか、よくて北荒の最奥地、一年中凍りついた大地にある魔石鉱山で終身労働が確実だった。
師匠のツォンパが、ポルブへ近寄った。そして、彼の背中を軽く叩いて言った。
「おまえは、慎重な性格だ。何事も色々な可能性があることを多角的に見て検討できるのは、長所だ。だが、今回の作戦は、心配不要だ。必ず成功するから、カスパルの指示通りにすれば良い」
普段のポルブなら、そんな事を言われたらますます不信感を募らせていただろう。けれど、ツォンパの言葉を聞くうちに、なぜかしら絶対成功すると信じる気持ちが湧いてきた。
ツォンパは、先に立ち上がり、店の奥の闇の中へ向かった。彼に着いていくと、暗闇の中、床に描かれた白い魔法陣が浮かび上がった。
「では、おまえたちを学院島へ送り込んでやろう。その陣の中へ入りなさい。それから、戦いになったら、魔導術は遠慮なく使うが良い、わしが力を送り込むから、魔力の枯渇を恐れる必要はない」
カスパルと三人は、魔法陣の中へ入った。
魔法陣の前でツォンパは、彼らにはわからない呪禁を唱え、杖を振り上げ、それから振り下ろした。
ポルブの視界は真っ白になり、気がついたら、学院島の中央山嶺の麓に立っていた。
「学院島だ」
「すげえ、本当に移動したんだ」
「一瞬だったな」
興奮気味の三人とは対照的に、カスパルだけは、冷静だった。
「今、八時だ。太極石は十時過ぎにこの島へ運び込まれる。それから前の石を取り出して、新しい石へ入れ替える。前の石を取り出したところで、動力炉の出力は、学院島の浮遊状態を保てる最低出力へ変更され、結界は保てないので、一旦解除される。その時に、動力保安局の連中を一気に片付ける。そして俺たちは、太極石を奪い、もう一度師匠が俺たちを引き戻す算段だ。わかったな」
それから、カスパルは、ポルブへ冷たい視線を向けた。
「ポルブ、おまえは、俺が合図したら、水精を召喚し、動力保安局の技師と警備兵に水をぶっかけろ」
「分かった」
次にカスパルは、ゴーズリーとバーカンダーへ、視線を移した。
「俺は、水に濡れた奴らを瞬間冷凍してしまう。そしたら、おまえら二人の出番だ。交換用の太極石を全て運び出せ」
「分かった。力仕事は任せてくれ」
「よし、では、これから動力炉操作室へ入り、整備士を襲う。ここの整備士は、四人だ。そいつらの整備服を奪い、着替えて、俺たちは整備士になりすまし、動力保安局の技師を待ち受ける」
「おい、カスパル、俺たちに身の丈にあう整備服なんかないだろう」
ゴーズリーの言葉にカスパルは頷いた。
「整備服が無ければ、おまえたちは隠れていろ。俺とポルブで、技師たちの相手をする」
ポルブもまた不安になってきて尋ねた。
「入れ替わっているのに気づかれないかな?」
「大丈夫だ。俺は、動力機関科で、ザカリン教授に師事したんだぜ。技師と話をしたってバレるものか」
と、何とも心強い言葉が返ってきた。
「それに、どうせ、すぐ氷漬けにしてしまうんだ。奴らが偽者だと気づいた時にはもう手遅れなのさ」
「太極石を交換しないままにしたら、学院島は失速して墜落するんじゃないのか?」
ポルブは一番気になっていたことを尋ねた。
カスパルは冷たい視線をポルブへ向けた。
「それがどうした。俺を追い出した学院がどうなろうと知ったことじゃない。墜落したって、ここは北嶺の大森林のど真ん中だ。森の木が潰れるだけさ」
「ああ、楽しみだなあ、早く、都の奴ら来ないかな」
バーカンダーは、大暴れできるだろうとワクワクしていた。魔力を回復したので、身体強化の威力を試してみたくてたまらないのだ。
「さあ、もうすぐ動力操作室にある山の中腹だ。今からは、もうあまり音を立てるなよ」
そう注意すると、カスパルは先頭を進み始めた。




