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エスメルは、驚いた。
酔いが少し回り始めた頭で、カスパルは、六年前に退学処分になったはずだと思い出した。
普段のエスメルなら、魔導士学院を退学処分になった落伍者なんかに声をかけられても、無視しただろう。けれど、今日は、当主グレゴルから厳しく叱責され、それに、あのリーユエンが明妃だと言われ、もうプライドがズタズタになっていた。
愛想良く声をかけられ、つい応じてしまった。
「あなた、こんなところで何をしているの?」
「先生こそ、どうしてこんな所まで降りてこられたのですか?
俺は、この近くで、店を出しているんです。よかったら、寄ってくださいよ」
家に戻るのも嫌だし、もう深夜を過ぎて、まともな宿屋は入り口を閉め切った時間帯だった。
エスメルは、誘われるまま、カスパルの後へついていった。
カスパルの店は、路地裏の突き当たりの角地にある、間口の狭い雑居の五階建ての建物の中の地下にあった。店の中はひんやりして薄暗く、奥の方は闇となって見通せなかった。
長椅子が何客も置かれ、その間は衝立で仕切ってあり、客同士が顔を合わせないですむ配置にしてあった。
「ここって、何の店なの?」
カスパルは、口の端をニッとあげて、
「嗜好品を提供する店ですよ。ちょっとした気分転換や気晴らしに利用するお客が多いですね」と言った。
カスパルは、彼女を奥まった席へ案内し、店員へ合図した。
しばらくすると、店員は水煙管と飲み物を銀製の盆に乗せて運んできた。
エスメルは、眉を寄せ、不審気に飲み物と水煙管とを見た。
カスパルは愛想のいい笑みを浮かべ、飲みものと水煙管を勧めた。
「この飲み物には、頭をすっきりさせる香草のエキスが入っているでんす。そこの蜂蜜を入れて、お好きな甘さに調節して飲んでください。
それからこちらの水煙管も、今は夏なんで、清涼感のある香草エキスを水に溶かしてあります。油っこい料理を食べた後なんかに一服したら、すっきりするんです」
エスメルは勧められるまま、香草茶を一口飲んだ。
「本当ね、何だか、口の中がすっきりして爽やかになるわ。少し苦味があるわね」
と感想を言うと、早速、蜂蜜をひと匙入れて飲んでみた。
「うん、この方が美味しいわね」
「せっかくですから、水煙管もお試しください」
水煙管もカスパルのお勧め文句通り、清涼感があり、体から熱が取れる感じがした。
エスメルは何服か吸ううちに、リラックスしてきた。
「カスパル、あなた、退学処分になった後、どうしていたの?
それに、そもそもどうして退学処分なんかになったのよ。あなたは、優秀な学生だったのにって、魔導工学部の教授は今でも惜しんでいるわ」
「若気の至りですよ、俺は、魔導士階梯試験で、どうしても二階梯に上がれなかったんです。
中央経絡から魔力を流すっていうのが、どうしてもできなかったんです」
「あなたは魔導術は結構使えていたじゃないの」
エスメルが六回生の頃、カスパルは入学し、エスメルが八回生で卒業し、その後魔導士協会で専門課程を終え、教師として赴任した年度に、彼は退学処分を受けて学院から消えたのだ。
エスメルの指摘に、カスパルは肩をすくめた。
「そうなんです、俺は、今でも魔力発動はちゃんとできるし、術だってそこそこは使えるんです。けれど、俺の魔力発動の仕方は、魔導士階梯で決められた発動のやり方とは違うって、合格点を誰も出してくれなかったんです」
「まさか、それが退学の原因なの?違うわよね」
「俺が退学処分になったのは、濡れ衣ですよ。調整魔獣を毒で殺したって、ピセツキー教授が騒いだせいです。俺は、毒なんかやってないのに、本当にひどい先生ですよ」
香草茶と水煙管のおかげで、酔いが覚め、頭がすっきりしてきたエスメルは、ようやく思い出した。
「そうだわ、思い出した。あの時、調整魔獣の一頭が頓死したのよ。
えっと、どの魔獣だったかしら、そうだわ、双頭の蛇食い大鷲が、学生が、朝、世話をしにいったら、嘴から泡を吹いて頓死していたんだわ。あれって、あなたがやった事なの?」
カスパルは首を大袈裟に振った。
「違いますよ。濡れ衣です。冤罪です。俺は、誰かに嵌められたんです。
ちょうど、あの頃、俺の親父が汚職で検挙されて、俺の家は力がなくなったから、他の奴がしたことの泥を被らされたんです」
カスパルは、悔しさの滲む口調で言った。
けれどエスメルは、学院長は頼りなさそうに見えるが、公明正大で、不正を見逃すような人ではないと思っていた。学院長が、退学という最も重い処分を下したのなら、それ相応の理由があったはずだと思った。
「学院長は、恣意的に処分を決定するような方ではないわ。冤罪だったのなら、あなたの方から異議申し立てをすればよかったのに・・・」
あの時、カスパルが異議申し立てをしたという記憶は、エスメルにはなかった。
カスパルは、口元を歪めた。すると愛想のいい表情が消え、ひどく酷薄な表情へと変わった。
「そんなもの、無駄ですよ。俺が犯人にされた理由はちゃんとわかっているんです。
神童リーユエンの一回生の試験のとき、調整魔獣を横取りしようとしたのが俺たちだったから、その魔獣が双頭の蛇食い大鷲だったから、俺が主犯だってことになったんですよ」
エスメルの目がギラっと光った。
「あなた、今、リーユエンって言ったの?」
「ええ、リーユエンです。あいつがチビの癖に、蛇食い大鷲に乗って演習場へ戻ろうとしていたので、俺は仲間と一緒に横取りしようとしたんですよ。
だって、ピセツキー教授は、魔獣の捕まえ方に条件はつけなかったんです。
だから、俺たちが横取りして、それを試験の合格に苦労している学生に渡して、助けてやろうとしたんです」
随分都合のいい論法だが、エスメルには、そんな事はどうでもよかった。




