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第三クラスの生徒たちは、日没後、夜闇の中、離宮へ降り立った。そのため、誰も、自分たちの降り立った場所が、プドラン宮殿の最上層に位置する事や、まして法座主府宮の、さらに奥にある離宮であるとは、気が付かなかった。そして、長旅に疲れた生徒たちは、そのまま建物の中に入り、案内されるまま寝台に潜り込み眠ってしまった。
一方、ドロメル家に戻ったエスメルは、当主である父グレゴルに、執務室へ呼び出された。
執務机を前に彼女を迎えた当主は、リーユエンとの関係改善について報告を求めた。
その場で、彼女は、リーユエンが明妃であるはずがないという、自分自身の見解を話した。
「明妃だなんて、ただの噂です。本人も、彼女を介抱したツカリーゼ教授も、それに学園長も、明妃だなんて一言もいいませんでした。嫁ぎ先の家の行事で酒を勧められて、ひどい二日酔いのまま講義を行ったのが、体調不良の原因だそうです。おそらく、名の知れた高家の関係者なのでしょうが、少なくとも明妃ではないと思います」
肘掛け椅子に深々と腰掛けたグレゴルの顔は、エスメルの話を聞くうちに、鉄灰色の眉が眉間にきつく寄り、深い縦皺が刻まれた。
そして、当主は、彼女を鋭い目で睨んだ。
「そなたは、わしの言いつけ通りにしなかったわけだ。
リーユエンと関係修復の努力を、そのような勝手な憶測で怠けておったのだな」
「怠けていたなんて、そんな・・・」
グレゴルは、目の前の机に拳をドンと叩きつけた。
「当主の命令は絶対だ。その教えを忘れたのか。
いつから、そなたは、当主であるわしに逆らうほど偉くなったのだ?」
「お父様・・・私は、ただー」
「言い訳はするな、それにツカリーゼ教授は、わざわざ猊下の名を出したのだ。いくら教職員同士とはいえ、それほど堂々と猊下の御名を出すことが不自然だとは思わなかったのか?
それは、猊下の名を出しても許されると確信があって出したに違いない。
どうして、そのことに気づけないのだ」
若いエスメルとは違い、当主を務めるグレゴルは、サラザルの当主と同じところに目をつけた。
エスメルは真っ青になった。
「そんな・・・嘘よ・・・あいつが、あの女が明妃?」
「そなたは、このところ失点続きだ。その為に、学院内でのドロメルの立場が急速に悪化していると、他の者たちから報告が相次いで上がってきている。
その上、叙勲式で生徒の魔力を枯渇させたことで、父兄の間に、おまえの指導力を疑問視する声まで上がってきているのだ。
この上、明妃とまで関係を悪化させたら、我々ドロメルが数十年かけて築き上げた学院内での勢力が一気に崩壊しかねない。少しは、反省しろっ」
グレゴルから厳しい叱責を受けたエスメルは、屋敷にいるのが耐えられなくなり、街へ飛び出した。
ドロメル当主の屋敷は、プドラン宮の中層部内の上層階地区の一角にある。そこを飛び出した彼女は、行くあてもなく彷徨った。
厳しい当主ではあるが、グレゴルは娘を愛する優しい父親でもあった。彼女を叱りつけることはあっても、必ず父の立場から慰めるなり、元気づけるなりしてくれたのだ。
ところが、今回は、終始一貫して冷たく突き放した態度だった。それほど、サラザルに遅れを取ったことがドロメルの当主として悔しく、その失敗の主要な原因となったエスメルを、たとえ鍾愛の娘でも許し難く、叱責の言葉も激しく厳しいものとなった。
今まで受けたことのない叱責、教師としての資質への疑念にまで言及され、エスメルの自尊心は傷つき、彼女は冷静さを失った。
どうすれば挽回できるかなど、考えることすら苦痛で、混乱した気持ちのまま、知らない間に下層の方へと降っていき、普段は決して行かない場末の盛り場まで行き着いた。
燃えるような真紅の波打つ髪はどこへ行っても一目を引く。まして、下層の盛場では見かけない上等な服装に、きつい目鼻立ちではあっても肉感的で蠱惑的な顔立ちだ。
エスメルへ絡んでくる与太者、酔漢は後をたたなかった。
けれど、エスメルは恐るべき火精の操り手だ。指のひと鳴らしで、高熱の火炎が現れ、それが蛇の鎌首となって、相手に襲いかかるのだから、あわよくばと話しかけたり、彼女に触れようとしたものは、みな、その恐ろしい火蛇に恐れをなし逃げ出してしまった。
治安の悪い地区であろうと、彼女には、自身の身の安全を保つことぐらい余裕でできた。
やがて、彼女の恐ろしさが場末の連中に浸透し、誰もが顔を背け、彼女と関わらないよう、混み合った狭い路地でも避けて通るようになった。
(あら、なんだか随分歩きやすくなったわ)
彼女は、そこかしこに店を出す露天商で、適当に一杯ひっかけたり酒肴を食べ、ご機嫌で狭い路地を歩いた。
しばらくそうしていると、いきなり後ろから肩を軽く叩かれた。
また、与太者かと思い、彼女は火蛇を出そうと身構えた。
「待って、待ってくださいよ。早まらないで、俺は、ちょっかい出すつもりなんかありませんよ。あなたは、エスメル先生でしょ。お久しぶりです」
「誰?」
振り向いたエスメルの前に、黄色のレンズ付きの、銀縁の八角メガネをかけた、顔色の悪い、ひょろひょろと背ばかり高い痩せた若者が立っていた。
「お久し素振りですね。先生、俺のこと、覚えてますか?」
「あなた・・・カスパルなの?」




