(90)
教職員会議が終わり、魔導士塔へ戻ってきたリーユエンは、五人の生徒たちへ、学院島が一週間後に閉鎖されることを伝えた。
それを聞くなり、ロージーが第一声を上げた。
「まだ後期は始まったばかりなのに、臨時休業して、その後、月三日の休業日を一日に減らしてしまうなんて、あんまりですわ。それに学院島を追い出されて、十日の休みをどこで過ごそうかしら?私の国は遠いから十日では移動時間しか取れませんもの」
ハンツォンも大きく頷いた。
「俺なんか南荒ですよ。十日じゃ、帰りつけませんよ」
マルテンも、モンシェンも、タロナも、実家が遠いことは同じくだった。この近辺に宿などないし、都まで出て行って宿を取るとなったら、お金がかかるのだ。
リーユエンは彼らを見回し、切り出した。
「島の閉鎖は、動力関係の整備のためのやむを得ない措置だ。
とはいえ、そのために、島を出たあなたたちの行き場がないというのも困る。
そこであなたたちが構わないのなら、私の家に滞在してもらおうかと思う。
都の中だから、移動距離はご家族のところへ帰るよりは短いだろう」
その言葉を聞くなり、ロージーの目は輝いた。
「本当にリーユエン先生のお宅にお邪魔して構わないのですか」
リーユエンは、無表情のまま頷いた。
「今回は、やむを得ません。私の旦那様からも許しをもらっています」
ここが学院でなければ、ロージーはリーユエンに抱きついているところだ。
リーユエンは続けた。
「ツカリーゼ教授もご招待したので、ご一緒に移動されます。それから、私の家に滞在中も、普段通りの授業を行う予定です。十日のうち、移動で往復で四日ほどかかりますから、後の六日間は家の方で、後期の学課について授業を行います」
その後、生徒が寝静まった後ウラナから、
「リーユエン様、あの子たちを本当に離宮へ連れて行くのですか」と尋ねられた。
「第三クラスは、全員、実家が遠方にある生徒ばかりなのよ。
学院の勝手な都合で島から出てもらうのだから、自腹で宿泊なんてさせられないわ。
離宮に行ったことがないから、どうせ連れて行っても離宮だって気がつかないだろうし、向こうでも一日中授業をするから、大丈夫よ」
そう言うと、リーユエンはいかにも今思いついたように言った。
「あっ、そうだ、ウラナ、生徒がいる間は、私は魔導士服で過ごしますからね。
明妃だって知られると、教えにくくなるから」
とってつけたような生徒云々は、離宮の中でも楽な格好がしたいリーユエンの言い訳に違いないとウラナにはわかったいた。
けれど、反対しても仕方ないと思い「御意」と答えた。
ただ猊下のことが気になり確認した。
「ロージーはともかく、他の子達は、うっかり猊下にお会いしたら、驚くのではありませんか?」
「大丈夫よ。猊下は、今、玄武法学院内の昇格試験の審査でものすごくお忙しいから、帰ってこられないわ」
三年ごとに、第九月から第十一月にかけて実施される玄武法学院の昇格試験は、筆記試験、学僧同士の論戦試験、教導僧と学僧との問答試験、さらに玄武洞に半月籠る業試験、最後は、猊下との直接問答による口頭試験、これに全て合格すると、学僧は教導僧へ昇格するのだ。そして、この期間、法学院の学僧も教導僧も猊下も、試験関係者は全員、不正防止のため学院内に留まり、外部の者と一切の接触を断つのが慣例だった。
「左様でございましたね。ちょうど今ごろからが、昇格試験の時期でございましたね」
(ウラナの独白)
リーユエン様が離宮にお客様をお招きするなんて、しかもご自身が指導する生徒に、あの美味しいスイーツを差し入れしてくださるツカリーゼ教授もお招きなさいますとは、本当に珍しいことでございます。三ヶ月近く、猊下が法学院に籠ってしまわれるので、もしかしたらお寂しく感じていらっしゃるのかもしれません。
ツカリーゼ教授は、リーユエン様が明妃殿下でいらっしゃることをもうご存知でいらっしゃいますが、サンロージア殿下以外の生徒さんは、そのことをご存知ではないので、決して気づかれないよう、私も気をつけようと思います。
一週間後、魔導士塔の上空に、絨毯に乗ったニエザがやって来た。
「わーい、ニエザ先生だ」
タロナは、上空を見上げ、ニエザへ手を振った。
ニエザは、笑顔で、絨毯をゆっくり敷地へ着陸させた。
「やあ、タロナ、元気そうだね。ロージーに、モンシェン、ハンツォン、マルテン、みんな変わりないね」と、笑顔のニエザは、生徒の横に立つ大男ツカリーゼに気がつき、一瞬ギョッとした。
「ツ、ツカリーゼ教授、先日はお世話になりました」
「あら、気にしないで、それより、今日は私も絨毯に乗せていただくから、よろしくね」
「はい、もちろんです。安全運行しますから、ご安心を」
ニエザの絨毯に生徒五人とツカリーゼ、それからウラナが乗り込んだ。
それで絨毯は満員になった。
ニエザはリーユエンはどうするのだろうと振り返ると、リーユエンは魔獣ソアラスに跨がった。ツカリーゼがその姿を見て驚き尋ねた。
「リーユエン先生、魔獣を連れ出す許可をもらったの?」
「ピセツキー教授から、連れて行って欲しいと頼まれたんです」
「頼まれた?」
「ええ、学生が島から出てしまうので、魔獣の世話が大変なので、一頭でも減らしたいとおっしゃって、ソアラスも連れ出して欲しいと言われました」
それを聞いたツカリーゼ教授は、気難しく気位の高いソアラスの世話が嫌で、ピセツキー教授はリーユエンへ押し付けたに違いないと思った。




