(9)
男子は三階へ上がり、女子は二階へ上がって、荷造りを始めた。
第一と第二クラスの生徒が荷造りする彼らを、にやにや笑いながら見ていた。
休憩室の椅子にふんぞり返って腰掛けた、第二クラスのゲレッツォという大柄な少年は、わざわざモンシェンのそばまで来て、荷物をのぞき込み
「へっ、貧相な荷物だな。できの悪い子組だもんな、大した荷物があるわけないよな」と、いい、モンシェンが、これから袋に入れようと積み重ねておいた教科書をバラバラと崩していった。
モンシェンは、腹が立ったが、ゲレッツォは体が大きく、かっとなると、すぐ手が出る乱暴者だ。相手にしても怪我するだけなので、無視していると、ゲレッツォはますます調子に乗り、モンシェンの肩に手をかけ、後ろへ引っ張り倒そうとした。モンシェンは相手にしたくないと思いながらも、
「やめろよっ」と、叫んだ。
「おい、何をしている」
低い声が、後ろから聞こえた。
「うるさっ…」
ゲレッツォの声が途中から消えた。
モンシェンが振り返ると、ゲレッツォは自分に声をかけた相手を見上げ、固まっていた。ゲレッツォの前に、フードを脱いだリーユエンが厳しい面持ちで立ち、ゲレッツォを見下ろしていた。
「君、クラスは?名前は?」
リーユエンから静かに尋ねられ、ゲレッツォは
「第二クラスのゲレッツォです」と、思わず答えた。
リーユエンは、腕組みし、乱暴者を見下ろし圧をかけながら、
「私は第三クラス担当のリーユエンという。第三クラスの者は宿舎を代えるため、今、荷造り作業中だ。邪魔をしないでやってくれ」と、注意した。
しかし、階段を上がってきた第二クラス担当のエスメルは、その言葉を耳にし、リーユエンへ、猛然と食ってかかった。
「彼の担任は、私よ。勝手に注意しないでちょうだいっ」
リーユエンは、エスメルを見下ろした。
「これは失礼、第三クラスの生徒の荷造りが終われば、それだけ早くここを空けることができるのですから、ご協力をお願いしたい」
冷静な口調で、筋の通った内容ではあるけれど、エスメルには皮肉のように聞こえ、さらに何かもう一言言い返そうとしかけた。しかし、そこへ第一クラス担当のペリオンが上がってきて、
「リーユエン先生、うちのクラスの生徒たちには、邪魔をしないよう注意しておく。学院長が騎獣舎へ案内してくださるそうだ。ここは、私たちが責任を持って見ておくから、騎獣を連れてくればいい」と、声をかけたので、エスメルは、言い返しそびれてしまった。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」と、リーユエンは頭を下げると、階下へ降りた。
リーユエンが行ってしまうと、エスメルは、ペリオンを睨み
「何よ、自分だけ、随分いい子ぶった態度をとるのね」と、絡んだ。
ペリオンは眉尻を下げた。
「彼女は同じ学年担当なのだから、印象を良くしておかないとね。何しろ、ヨーダム太師の高弟なんだから」
エスメルは口をへの字に曲げた。彼女も、ヨーダム太師がどれほど偉い魔導士かは、よくわかっていた。
リーユエンはその高弟であると、学院長は断言したのだから、今後のことを考えたら、関係を良好に保つべきなのだ。けれど、あんな、背が高いだけが取り柄の、神経質そうで無愛想な女に負けるものかと、生来の負けず嫌いが邪魔をして、突っかかってしまったのだ。
半時間ほど過ぎて、リーユエンは長毛の大角羚羊を二頭引いて戻ってきた。そして、五名の生徒を建物の前に集合させた。
キラキラと目を輝かせて、自分を見上げるロージーへ、リーユエンは近寄ると、
「ロージー、君の履いている靴を見せなさい」と、言った。
ロージーは、嬉しそうに魔導服の裾をそっと持ち上げ、刺繍入りの可愛らしい華奢な靴を見せた。それを見たリーユエンは、首を振り
「今すぐ、郊外実習用の編み上げ靴へ履き替えなさい」と、指示した。他の生徒にも
「長距離を歩くので、郊外実習用の靴を履いていない者は今すぐ履き替えなさい」と、指示した。
ロージーはお気に入りの靴を誉められるどころか、履き替えろと言われてがっかりした。
いきなり追い出されて、靴のことにまで気が回らなかった他の生徒たちも、自分用の袋の中から、慌てて靴を探し出し、履き替えた。
皆があたふたと履き替える隙に、リーユエンへこっそり近寄ったロージーは、小声で、
「リーユエンは、長靴を履いているの?」と、尋ねた。リーユエンは、小声で
「ここでは、私のことは先生と呼びなさい。見なさい、魔導服を着ている時は編み上げ靴を履くのよ」と、そっと裾をめくってロージーへ編み上げ靴を見せてやった。
モンシェンは、自分も靴を履き替えながら、ロージーが先生と何か話をしているのを見て、あれ?あの二人はもしかしたら知り合いなんだろうかと思った。
ロージーは、リーユエン先生を見上げて、もの凄く興奮して嬉しそうなのだ。黄金の巻き毛に、真っ青な眸、輝くような笑顔の美少女であるロージーのことを、モンシェンは意識していたが、恥ずかしくて、自分からは話しかけたことがなかった。嬉しそうなロージーの様子を見て、モンシェンは、リーユエン先生のことが羨ましいと思った。
そして、宿舎が代わり、第三クラスの生徒だけになったら、ロージーと話す機会もできるかもしれないと、希望が湧いてきた。




