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ペリオンは、リーユエンが明妃であるという噂を流し、首尾は上々だと思っていた。
ところが、彼がせっかく流した噂を、ツカリーゼ教授自らが乗り出し、片っ端から粉砕してしまい、教職員会議では、学院長から直々の発言で、留めを刺されてしまった。
当主の指示通りの成果が出せず、重苦しい気分で、ペリオンは、魔導鏡を使い、父デリオンと連絡をとった。
ペリオンの報告を、デリオンは淡々と聞き取った。
そして、最後に、ふっと笑みを浮かべた。
「あのリーユエンが明妃であることは、これでもう確定だな」
ペリオンには、当主が断言した理由がわからず、眉を寄せた。
「お前の報告が、あの教師の正体を完全に明らかにしているのにわからないのか」
「ですが、明妃であるという噂はうやむやになってしまったのですよ」
デリオンは、首を振った。
「違う、そこではない、ツカリーゼは、ドルチェン猊下について言及したのだぞ。それによって、皆、恐れ慄き明妃であろうという噂は立ち消えになったのだろう」
「はい、そうですが・・・」
「ツカリーゼの発言内容で注目すべきところは、法座主猊下に言及したという点だ。魔導士ならば、あのお方の恐ろしさは十二分に分かっているはずだ。それが、簡単に口にしているのだぞ。妙だとは思わないのか」
「あっ、そうですね、確かに・・・普通なら軽々しく口に出したりはしないはず」
「呪殺云々など、陰でこっそり言うならともかく、そこまで堂々と言ったりはしない。
ツカリーゼは、ああ見えても慎重な男だ。猊下のことに、軽々しく言及などしないはずだ」
「では、どうして、言及したのですか?」
「誰かが、構わないと許しを出したと言うことだ。そんな許しを出せるのは、猊下ご本人か、明妃しか考えられまい?」
ペリオンは、深く納得した。やっと父の真意を理解した。
「なるほど、リーユエン先生が明妃自身だから、そんな方法で噂を消すことができたのか」
「感心している場合ではないぞ、それは、あの女が、我々の狙いを阻んできたと言うことだ。サラザルの勢力拡大を、あの女は許す気がないのだ」
「我々と敵対するということですか?」
ここで魔導鏡に映る当主は腕組みし、目を細めて思案した。
「恐らくだが、目的は学院内の均衡を保つためだろう。
エスメルの排除を狙ったが、それでは我々の勢力が一気に拡大する。
明妃はそれを嫌ったのだ」
ペリオンは、リーユエンの怜悧な顔を思い浮かべた。確かに、彼女なら、我々が勢力を伸ばし、学院を支配する動きを、座視したままでいるはずがないなと思った。
当主は、またうっすら笑みを浮かべた。
「だが、がっかりする必要はないぞ。明妃であろうと言う噂は、ドロメルの当主の耳にも入れておいたから、今頃、エスメルの失態に激怒しているだろう」
「父上の腕は一体どこまで伸びているのですか?全く神がかった手回しの良さですね」
デリオンは、目尻に皺ができるほど微笑んた。それは、息子に感心されて無邪気に喜ぶ、当主ではない、父親の笑みだった。
「学院内では、明妃を相手にしなければならない。
あの女はエスメルとは違い、思慮深く手強い。当面は、サラザルの利益に反する動きがあっても、明妃が裏で糸を引いているかもしれない。お前は報告だけして、静観しておけ。
下手に歯向かうと、法座主猊下を敵に回すことになる」
「明妃は玄武国第二位の身分ですよ。どうして、わざわざ魔導士学院へ赴任などするのでしょう。法座主猊下がそれを許しているなんて、信じられません」
「何か事情があるのだろうが、玄武の情報を手に入れるのは、難しいのだ。
こちらもできる限り努力する。
おまえは、リーユエンの身辺に近づき、様子を探ってくれ」
魔導鏡は普通の鏡へ戻り、ペリオンの顔を映し出した。
(さあて、どうしようか・・・リーユエン先生は風邪を引いたそうだから、見舞いに行ってみるか)
ペリオンは、リーユエンと、もう少し親しくなってみることにした。
その頃、魔導士塔ではすっかり回復したリーユエンが、姿見を前に悩んでいた。
「困ったわ。魔導術使用禁止だから、変形術も使えない。
この目立つ髪をどうしようかしら…いっそのこと剃り落として、かつらでも被ろうかしら」
そこへウラナが素早く近寄った。
「リーユエン様、そんな事をおっしゃってはいけません。
ヨーダム太師からお預かりした変形薬がございます、それをお使いになってください」
ウラナが差し出した小瓶を、リーユエンは嫌そうな顔で見た。
(やっぱりこれを飲むしかないのか・・・)
変形薬は、変形術とほぼ同じ効き目があり、魔力のない者でも使用できる変装用の薬なのだが、恐ろしく不味いのだ。
「ウラナ、これ、効き目はどれくらいあるの?」
「太師は、効き目を強めにしたから、一回飲めば、一週間保つとおっしゃっておいででした」
(一週間か・・・)
一ヶ月使用禁止なのだから、四回ほど飲まなければならない。
けれど、もう選択肢がないから、飲むしかなかった。
叙勲式典で明妃を目撃したものは多いのだから、変形薬を飲んでおかなければ、いくら声音や所作を変えても、髪色が白金のままでは、明妃だと気づく者も現れるかもしれない。危険を侵したくはなかった。
「分かったわ、飲むわ」
リーユエンは小瓶を取り上げ、蓋をとると、それを一気に口の中へ流し込んだ。
そして、口の中に含んだまま、髪をなん度も撫で始めた。口の中には、煮詰めた苦苦草の青汁みたいな味と、湿った場所に置きっぱなしにした麦藁の匂いが充満し、吐き気が込み上げてきた。
次は、必死で飲み下し、髪色が黒へ変われと頭でイメージし続けた。数秒で、白金に輝く髪は、烏の濡れ羽色の黒髪へと変じた。




