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ヨーダム太師は、眉を寄せて納得いかない様子だった。
「エスメル一人排除したくらいで、学院内の勢力図が簡単に変わったりはしないだろう」
それには、ドゴロフ学院長が答えた。
「とんでもない。ヨーダム、おまえは、最近の学院の内情を知らなさすぎる。
エスメル先生は、それはもう気性の激しい、強烈な女なのじゃ。ドロメルの派閥の者は、あの女の顔色をうかがって汲々としておる。
何しろエスメルは、あの苛烈極まりないドロメルの当主鍾愛の娘じゃからの。ドロメル派の者は、誰も、あの女に正面切って意見など言えないのじゃ。そのエスメルが排除されたら、学院内のドロメル派は頭を失った蛇と同じじゃ。おっ、ウラナさん、これは、あくまで例えじゃからな」
学院長は、迂闊にも、大蛇の精である、ウラナの前で蛇の例えを出してしまい、大慌てで謝罪した。けれど、ウラナは気にした様子もなく「どうぞ、続きをお話しくださいませ」と、促した。
「エスメルは、気位の高い、負けん気の強い女じゃ。
そんな彼女に対して、明妃殿下に楯突いて、とうとう嫌がらせが高じて、殿下が体調まで崩す原因になったと批判したら、もしかしたら、辞表を叩きつけてやめてしまうかもしれない」
学院長は、内心では、そうなったらそうなったで、おっかなくて、面倒な教師が一人いなくなるからいいかも、なんて呑気に考えた。
続きを引き取りリーユエンが発言した。
「いかにも、あの陰険なサラザルの御当主殿が考えそうなやり口だ。それに協力するなんて、絶対嫌です。ですから、私の方からも、噂を流そうかなって思うのですが・・・」
と、そこで、リーユエンは、ツカリーゼを横目にチラッと見た。そして、ニコッと愛想良く微笑んだ。
「学院長とツカリーゼ教授から、噂に対してコメントを出していただきたいのです」
「コメント?」
学院長とツカリーゼは同時に不思議そう声を上げた。
(ツカリーゼの独白)
リーユエン先生って、魔道士学院創立以来の神童って言われているけれど、それって誇張じゃなかったわ。よく、あんな酷いコメントを思いついたものだわ。私は、ゾッとして思わず叫んだわよ。
「ちょっと、リーユエン先生、私を殺す気なの!勝手に猊下の名前なんか、私が出せるわけないでしょ」
そうしたら、リーユエン先生ったら、とっても色っぽい顔で笑ったのよ。
「大丈夫ですよ。猊下も事情はよくご存知でいらっしゃいますから、ツカリーゼ教授がコメントを出したって、どうせ、私が頼んだってすぐ気がつかれます。教授に文句なんて絶対おっしゃいませんよ」
あなたは、そうやって色っぽく笑っていれば、猊下は何でもお許しなるかもしれないわ。だってあなたの小ちゃな人形を手にして、頬を赤らめて喜ばれるような、純粋なお方なのですもの。猊下ったら、どれだけ明妃殿下のことがお好きなのかしらって思ったけれど、私は、あなたとは違うのよ。本当に勘弁してほしいって思ったけれど、リーユエン先生ったら、
「ここでサラザルの勢力拡大を許したら、今まで築き上げてきた魔道士教育課程がズタズタにされてしまうから、絶対抑えないとダメなんです」って、私もすっかり丸め込まれちゃったわ。
そして、ツカリーゼ教授は、サラザル発信の噂話を口にする者を目撃するや、片っ端から潰していった。
「ちょっと、あなた、何を勝手な事をおほざきになっているのよ。私は、重度の二日酔いでひっくり返っていたリーユエン先生を介抱して上げただけなのよ。
あの人ったら、お家の行事でお酒を勧められすぎて、飲みすぎたのに、二日酔いのまま戻ってきて講義したものだから、ひっくり返ってしまったのよ。
彼女のことを、明妃だと気安く憶測で言って、それがもしドルチェン猊下の耳に入ったら、あなたたちどうするつもりなのよ。私は、絶対呪殺なんかされたくないんですからね。私を巻き込むのはやめてちょうだい。呪殺されたいなら、あなた達だけで騒ぎなさいよ。私を巻き込まないでちょうだい」
そして学院長も奮闘した。ツカリーゼのコメントに被せるように教職員会議の場で発言した。
「リーユエン先生が体調を崩したのは事実だが、ツカリーゼ先生の診立てでは、重度の二日酔いだったそうじゃ。その上、あの日は天候が悪かったから、風邪を引きこんでしまい、当分魔道士塔で養生するそうじゃよ」
(ウラナの告白)
ツカリーゼ教授と学院長が頑張ってくださったおかげで、どうやらリーユエン様が明妃であるという噂は下火になったようでございます。
しかし噂を打ち消すためとはいえ、ご自身が重度の二日酔いだったなんて、大酒飲みみたいに(まあ、実際とんでもない大酒飲みではいらっしゃいますけれど)噂させるなんて、本当に、呆れてものが言えません。
リーユエン様ご本人は、
「法力酔いも二日酔いも、頭痛や吐き気がするところは症状がそっくりなんだから、この程度の違いは構わないよね」
などと、おっしゃられるのです。
いくら明妃だという噂を打ち消すためとはいえ、少しは、ご自身の評判というものを考えていただきたいものです。それに噂を下火にするためとはいえ、猊下のお名前までご利用なさるとは、本当にあざといお方でございます。
(ツカリーゼ先生は心配なさっておいでですが、私も、猊下は呪殺云々なんて、全然気になさらないと思います。だって、やろうと思えばできるけれど、遠くへ法力を飛ばすなんて、リーユエン様のためなら、なさいますが、そんな馬鹿馬鹿しいことのために、飛ばしたりはなさいませんもの)
サラザルの撒き散らした噂は、翌日から、リーユエン演出によるツカリーゼと学院長のコメントによって、打ち消され下火になった。
けれど、エスメルの事を普段からよく思っていなかったドロメル派の女性教諭は、大切な情報の報告という口実で、噂が下火になる前に、いち早く、エスメルへ、リーユエン先生は明妃らしいと伝えてしまった。
それを聞いたエスメルは激しく動揺し、次に自分の正体を隠し、密かに優越感を感じていたに違いないと思い、リーユエンに対して、激しい怒りと恨みを抱いた。




