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リーユエンは、目を開いた。
(あれ、ここは、どこかな?離宮・・・違う、離宮は師兄と一緒に絨毯に乗って抜け出したんだ。それから、講義をして、それから滅茶苦茶気分が悪くなって、上級生から隠れる時に使っていた樹洞に入って、休んでいたはず・・・
どうして柔らかい枕が頭の下にある?誰か寝台へ運んでくれた?)
リーユエンが目覚めた気配を察したウラナが、寝台の帷を開けた。
「明妃、お目覚めですか?」
(エエェェッ、ウラナがいる、でもここは離宮じゃないないよね、一体どこなんだ)
リーユエンは完全に目が覚め、上半身を起こした。
開けられた帷の向こうに見えたのは、繊細な蔦薔薇模様の壁紙だった。
「あれ?ここはグリムエール老師の塔・・・」
まだ、ぼんやりした様子のリーユエンへ、ウラナは近寄り、顔をのぞき込んだ。
「昨夜の事を覚えておられますか」
リーユエンはうなずいた。
「ええ、樹洞の中で、しばらく休もうと思って入ったら、気分がますます悪くなって・・・」
リーユエンは、ウラナから、絶対大目玉を喰らうに違いないと、彼女の顔をうかがった。
けれど、ウラナは、妙に静かな表情でリーユエンを見つめた。
「あなたは、嵐の中、樹洞の中で気を失っておられたのです。幸い、ツカリーゼ教授が発見してくださったので、大事にならずに済んだのですよ」
「ツカリーゼ教授が・・・」
(まずい、きっと変形術は解けてたから、教授は、私が明妃だって気がついただろうな・・・困ったな、どうしよう)
ウラナは、温めた麦のお粥をトレーに乗せて持ってくると、リーユエンに食べるよう勧めた。
「猊下もこちらへお越しになったのですが、予定が立て込んでいらっしゃるので、もうお帰りになられました。それで、猊下から、あなたへご伝言がございます」
リーユエンは、お粥をゆっくり食べながら、話を聞いた。
「あなたは、瑜伽業で、以前よりも強力で膨大な量の玄武の陽気にさらされたため、重い法力酔いが起きているそうです。ですから、最低でも、ひと月の間、一切の魔導術の行使を止めること、それから法力も、与えると酔いが酷くなるので、与えられないそうです」
「法力酔い・・・あの症状が全部そうなの?」
ウラナは、生真面目な顔でうなずいた。
「リーユエン様は、凡人でございますから、明妃としていくら優秀でいらっしゃろうと、受け止める法力の量には、凡人としての限界があるそうです。
今回、瑜伽業の過程で、法力は太極石となって外へ出されたけれど、体内に信じられない程の量が一気に流れこんだために、体の方は深刻な法力酔いが起こり、まだ治っていないそうです。猊下は、その可能性にまったく気がついていなかったために、あなたが体調を崩すことになり、本当に申し訳なかったと謝っておられました」
(ふうん、猊下が謝るなんて・・・てっきり、危ない事をしたと怒られて、連れ戻されると思ったのに・・・)
黙々とお粥を食べるリーユエンへ、ウラナは目元をハンカチで抑えながら、悲しげに言った。
「黙って離宮を抜け出すなんて、あんまりでございます。私に一言相談いただきとうございました」
リーユエンは匙を置いて口を拭うと、ウラナをチラッと見た。
「正直に言ったら、離宮を出ては行けないと言うのでしょう」
ウラナの答えは予想外のものだった。
「いいえ、そのような事は申しません。
リーユエン様が、学院教師として、自分の責任を果たされようと苦心なさっておられるのですから、協力するのは、あなたに仕える侍女として当然のことでございます。
これからは、お困りごとがあれば、必ず事前にご相談くださいませ。一人で抱え込んだりなさいませんようにお願いいたします」
ウラナの言葉にリーユエンは微笑んだ。
「ありがとう、ウラナ」
その頃、ヨーダム太師は、出張から戻ってきた学院長を捕まえ、学院長室で吊し上げ、ではなく、事態の前後策について協議中だった。
二人がこもる学院長室の扉近くでは、教師が二人囁き合っていた。
「聞いたか!リーユエン先生は、明妃でいらっしゃるそうだ。
明妃の公務でやむをえず休職したのに、ドロメル派の嫌がらせのために、無理な講義日程を組まされ、過労で倒れてしまったそうだ。
その嫌がらせを先頭に立って指示したのは、エスメル先生だ」
「へえ、エスメル先生は、リーユエン先生とは、模範試合では完敗した上、夏季休暇前の叙勲式典でもリーユエン先生が担任する第三クラスの模範演技は大成功で大ウケだった。それに対して、自分のクラスは、生徒が魔力切れを起こして昏倒し、召喚した火精が暴走するところだったものな」
もちろん、それは、サラザルの当主デリオンの指示のもと、ペリオンが流した噂だった。
デリオンはペリオンへ、具体的に指示を出した。
「良いか、エスメルを徹底的に悪者に仕立て上げろ。
ドロメルの中にもエスメルの激烈な気性に嫌気がさしている者は、多いのだ。これがきっかけとなり、彼女から離反する者が現れれば、エスメルを学院から追い出すことができる。
エスメルを追い出してしまえば、学院内に残るドロメル派は小粒ばかりだ。
あとは、懐柔するなり、追い出すなり、どうとでもできよう」
デリオンの狙い通り、噂は瞬く間に広がった。
その日、クラスの授業を終え、学舎内を歩いていたエスメルは、いつもと空気が違うように感じた。
普段なら、真っ先に駆け寄ってくる本家に近い腰巾着のエスメル派の教員が、すれ違っても声をかけてくるどころか、視線を逸らし、すっと方向を変え、逃げていくのだ。
(一体、どういうこと・・・私は、もしかして、皆から避けられているの・・・?)




