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樹洞の中の湿って冷たい地面に、リーユエンはうつ伏せに倒れていた。
ツカリーゼは、慌てて洞の中へ駆け込み、リーユエンを二の腕で抱え起こした。
雷鳴の音が大きく轟いた。
その時、フードが頭からずり落ち、再び空を走る稲妻の明かりの中、髪が白金色に眩く輝いた。
ツカリーゼは驚懼のあまり、息が止まり、危うくリーユエンを腕から落とすところだった。
その髪色を見た瞬間、ツカリーゼの中で、全てがつながった。
(人形のプロポーションが同じだったのも、三体揃って倒れて警告が出ていたのも、全部本体がリーユエン先生だったからだわ。何てこと・・・リーユエン先生は明妃なんだわ)
魔導術概論の講義を早めに切り上げたリーユエンは、ニエザと連絡を取ろうとしたが、激しい眩暈と吐き気で、念話もできない状態だった。
魔力の流れも乱れ始め、変形術を保つのも難しくなってきた。
そして、身を隠すため、強風が吹き荒れる中、林の中に入り、トウヒの大木にできた樹洞の中へ隠れたのだ。
ツカリーゼは、リーユエンの、血の気のない蒼白な顔色と、手が冷え切っていることが気がかりだった。
(明妃殿下は、髪色が白金色だった。と言うことは、リーユエン先生は術で髪色を変えていたのか。
それが解けちゃっているってことは、かなり具合が悪いのね。
どうしようかしら、魔導士塔までは、この悪天候では連れていけないわ)
ツカリーゼは決断した。
役目を果たした人形を、自身のマントのポケットへ収納し、リーユエンを抱き抱えると、職員宿舎へ戻った。
自室へ戻ったツカリーゼが、まず行ったのは、浴槽を素早くピカピカに清掃し、お湯を溜めることだった。
冷え切ったリーユエンの体を温めるためだ。
リーユエンは、とりあえず、長椅子へ寝かせ、濡れた外套を脱がせた。
彼女はその間も、死んだようにぐったりしていた。
「とりあえず、全身を湯船につけて、体を温めましょう。体が冷え切っているわ、一体あそこにどれくらい倒れていたのかしら」
そう独り言を言いながら、ツカリーゼは、リーユエンの魔導士服の襟元の留め具を外しながら、どこまで脱がそうかと考え込んだ。
全部服を着せたままでは、十分温まりにくいし、浴槽から濡れた衣服を着たままあがらせるのも大変そうだった。
途中で意識を取り戻してくれたらいいが、それは今の状態からでは難しそうな気がした。
「でも、相手は明妃殿下だもの、まさか全部脱がせるわけにはいかないし、困ったわね」
と、そう言った瞬間、ツカリーゼは背後に感じたこともない超重量級の凄まじい魔力を感じ、背中が硬直した。
(何、何がいるのよ、竜?海蛇?クラーケン?違う、もっと凄いわ。何、この化け物級の気配、怖い〜)
突然、低く重々しい声が背後から聞こえた。
「我が妃が世話になったようだな」
勝手にガタガタ震え出した歯を必死で噛み締めながら、ツカリーゼは、後ろをそっと振り返った。そして、誰か確認した瞬間、素早く向き直り土下座して頭を床に擦り付けた。
「猊下、誓って不浄な目的ではございません。殿下のお身体は冷え切って危険な状態だとお見受けし、湯で体を温めようとしておりました」
ツカリーゼは決死の思いで叫んだ。
大柄なツカリーゼよりさらに大柄なドルチェン猊下は、リーユエンをじっと見下ろした。
「風呂場へ案内してくれ、わしが世話をする」
そう言うと、猊下はリーユエンを軽々と横抱きした。
ツカリーゼは、猊下を小さな浴室へ案内した。
半時間ほど経って、浴槽からドルチェンは、タオルを持ってきてくれと、ツカリーゼへ指示した。
ツカリーゼは家中のありったけのバスタオルやタオルを全て持っていった。
けれど、リーユエンの体は、ドルチェンが法力でほとんど乾かしてしまっていた。
ツカリーゼは恐ろしくてならなかったが、それでもリーユエンのことを思い、猊下へ
「まだ、外の天候は悪うございます。私の使う寝台で申し訳ございませんが。寝具は全て取り替えましたので、殿下を休ませて差し上げてください」と、申し上げた。
ドルチェンはその申し出をあっさり受け入れた。
「では、案内してくれ」と言い、リーユエンを抱き上げた。
真新しい真っ白なシーツの上にリーユエンを横たえると、ドルチェンはしばらく脈診した。
それから、そばへ控えていたツカリーゼへ向き直った。
「そなたが、いち早く発見し、助けてくれたおかげで大事にならずに済んだ、礼を言う。
だが、どうしてこのような事になったのか、知っているのなら、教えてくれ」
ドルチェンは静かな口調で尋ねた。
玄武国最高位のお方については、気に入らないものはどれほど離れた場所にいても呪殺してしまうとか、その眸に睨まれただけで心の臓が止まるとか、さまざまな恐ろしい噂が飛び交っていた。それに明妃への、常軌を逸した寵愛ぶりも有名だった。
ところが、ツカリーゼの前にいる大玄武は、体こそ大柄で威圧感があったが、態度や話しぶりは穏やかで、静謐な空気を纏っていた。
ツカリーゼは、猊下には取り繕ったことを言っても無駄だろう、必ずなんらかの手段で真相を探り出すだろうと思い、ニエザから聞いた、リーユエンが補講ができないために、講義をしに急ぎ戻ってきたことと、その後、姿を見かけなくなり、人形の異変で気になり探しに出かけたことを、正直に話した。
「人形、そなた、リーユエンの人形を作ったのか?」
ドルチェンに尋ねられたツカリーゼは、もうどうとでもなれと思い、三体の人形を見せた。
ドルチェンは、ちびリーユエンを手に取った。その頬が上気し、眸が縦長へ変わった。
「おお、なんと懐かしい姿だ」
猊下は、手にした人形を嬉しげに見つめた。
「はあっ?」
思ってもみない感想と反応に、ツカリーゼは顎が外れそうなくらい大口を開けた。




