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一昼夜と半日かけて、ニエザは絨毯を飛ばし、学院島へリーユエンを連れて戻ってきた。
飛行の間中、リーユエンは魔導士外套にくるまり、横になったまま死んだように眠り続けた。
島の上空へ来ると、絨毯を空中で止めたまま、ニエザは、リーユエンへ声をかけた。
「リーユエン、もうすぐ島へ到着するけれど、どこで君を降ろしたらいいの?」
ニエザの声に反応し、リーユエンは両手をついて、半身を起こした。
目はまだぼんやりして焦点も定まらず、どんよりした表情でしばらくニエザを見ると、生気のない声で言った。
「第五学舎の第八講義室で講義するので、その近くの林の中へ下ろしてください」
ニエザは眉を顰めた。リーユエンの声がひどく弱々しく聞こえて、このまま講義へ行かすのが不安になってきたのだ。
「リーユエン、本当に大丈夫なのか? 魔導士塔へ戻って休憩してから来たらどうなの?
ちゃんと連れてきてあげるからさ」
ニエザは無理をさせたくなくて提案したけれど、リーユエンは変形術をかけ、もう髪色を黒へ変えてニエザへ微笑んだ。
「ありがとうございます。師兄、このまま、降ろしてもらって大丈夫です。それに、講義の時間まであと少ししかないので、魔導士塔へ寄ったら、遅刻になりますから」
ニエザは、瑜伽業の後に遅刻したってそんなの仕方ないことだろ、と言いたかったが、生真面目なリーユエンが、講師である自分自身に遅刻を許すはずもないかと、諦めた。
「補講ができないなら、資料だけ渡して欠講にしてもよかったんじゃないのか」
ニエザの言葉にリーユエンは頭を横に振った。
「ちょうど、魔導定数と魔導波動関数のところを講義するんです。分かりにくいから、直接講義しないと、資料だけでは、無理ですね」
「・・・・・」
ニエザは呆れた。魔導術概論は、あらゆる魔導術の基礎とはいえ、歴代の担当講師たちは、そんな厄介な部分は割愛してきたはずだ。リーユエンは、そこまで講義するするのかと思い、あまりにも律儀すぎると呆れたのだ。
「分かった、じゃあ下へ降りるからね」
ニエザは言われた通り、林の中の開けた場所に降下し、リーユエンを降ろした。
(ニエザの独白)
私は、リーユエンの指示通り、林の中で彼女を降ろした。
ああ、懐かしいなあと思った。
九年前も二年間ずっと、リーユエンと乾陽大公を絨毯で送迎したんだよね。
あの頃のリーユエンはもっと小さくて、子供っぽい姿で、可愛らしかったな。
最近は、圧倒されるくらい綺麗になっちゃったけれど、中身は意外と変わってないもんなあ。本当に生真面目なところは全然変わってないよ。
でも、すっごく疲れてるみたいだから、心配だな。学院長に様子を見にきてってお願いしておこうかな
蹌踉とした足取りでリーユエンが学舎の中へ入っていくのを確認したニエザは、学院長を訪ねた。
しかし、学院長は、動力炉の太極石交換の件で、ちょうどプドラン宮へ出張し、不在だった。
そのまま講義が終わるまで待っていようかと思ったが、今日は、島内全員集合の晩餐の日なので、生徒たちを食堂まで連れてくる必要があった。
ソアラスに任せてもよかったが、魔獣は生徒二人を前足で掴んで運ぶので、それが危なっかしく見えてしかたなかった。
それに、今日は風も強めだし、自分が運んだ方が安全だろうと思い、ニエザは魔導士塔へ戻ることにした。
第八講義室は、満員だった。
魔導術概論は、リーユエンが臨時講師になる前まで、人気のない講座だった。講義は、魔導術概論に記されたことをそのまま読み聞かせ、簡単な注釈を行うという、退屈な内容だった。
必修科目なので、受講生は多いのだが、まともに出席する者は少なかったのだ。
ところが、臨時講師がリーユエンに代ってからは、実際の魔導術と概論に記された知識の関係を詳細に講義するので、皆、目から鱗が落ちたように、魔導術概論の重要性に気がつき、講義を熱心に受ける者が増加したのだ。
実際、リーユエンの実践的な講義のおかげで、この講座の受講生は、実技試験の成績が大幅に上昇したのだ。それが噂を呼び、正式に受講していない者までこっそり聴講に来たりして、講義室はいつも満室状態だった。
「魔法陣の展開発動後の魔力の放射と消失の過程は、魔導関数で求められ、魔力定数をe、魔力粒子変化数をh=h/2mπ、mは魔法陣の半径で、風の固有振動数をvとして・・・」
リーユエンは、魔導関数方程式を講義室の天井近くへ大きく照射させ、講義を続けた。
今日の講義では、あらかじめ、出席者へ魔導関数の資料が配られた。これを手に入れた学生たちは、内心狂喜した。
今まで魔導数学や魔導物理学の講義を聞いても理解できなかった部分が、まさにその資料では詳細に取り上げられていたからだ。
皆、心の中で「リーユエン先生は神だ」と、崇め奉っていた。
「次に左側の式の横軸の魔力粒子変化数について微分し、求められた変化数を風の振動数vとともに、魔法陣ベクトル関数へ代入し・・・」
しかし、この時、リーユエンは酷いめまいに襲われ、額を抑え、しばらく教壇に肘をついて沈黙した。
皆、リーユエンが突然講義を中断したので、驚いた。
前列にいた学生が、遠慮がちに声をかけた。
「先生、大丈夫ですか」
リーユエンは顔を上げた。
「ああ、すまない」
辛うじて返事はしたけれど、ひどく気分が悪かった。
リーユエンは、微分した後の式を大きく照射させたが、文字が歪んでしまった。
学生たちは、先生はなんだか今日は具合が悪そうだと思った。
リーユエンは八割方の講義を終えたところで、
「あとは、すまないが、資料で確認してほしい。わからないことがあれば、次の講義で質問に答える。今日はここまでにしよう」と、珍しく早めに講義を切り上げた。




