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リーユエンはため息を押し殺した。
師兄の言う通りだと、本当は声を大にして、一緒に文句を言いたかった。
みんな、人使いが荒すぎる、私のことを何だと思ってるのよ、クラス担任するだけだと思っていたら、意地悪女のエスメルに絡まれてばっかりで、もう、うんざりだ。
こんな事を引き受けなければ、今頃はウマシンタ川まで交易に行き、玉石や黒鋼石を探したり、大顎鰐を捕まえたり、楽しく過ごせたはずなのに、その上、後期授業を一月も休職して、瑜伽業までやらされるなんて、ちょっと酷すぎると言いたかった。
けれど、太極石、それも高品質なものを猊下と一緒に作り出せるのは、今は自分しかいない。学院島の安全な航行に関係する以上引き受けるしかないのだ。
一方、薬草学が専門のハイネルは、先日の臨時職員会議でのやり取りを、心苦しく思っていた。
ハイネルは、リーユエンが在学中、魔導士塔で療養中に風邪を引き込み、高熱が出て苦しんだ時、グリムエール老師に請われ、彼の塔へ、解熱薬や風邪薬を処方して持って行ったことがあった。
その時、ハイネルは、グリムエール老師自身が病気なのだと思い、吹雪の中を急行した。ところが、塔の扉を叩くと、扉を中から開けたのは、グリムエール本人だった。
「老師、お風邪を引いたとお聞きしたのですが・・・」
誤報だったのかと、ハイネルは眉を顰めた。
グリムエールは、「中へ入ってくれ、こんな吹雪の中、呼び立ててすまなかった。病人は二階で寝ておる、診てやってくれ」と、燭台を手に階段を上がって行った。
寝台に寝かされていたのは、小柄な少年だった。顔の左側に紫色に変色した火傷の痕があった。
「この子供は誰ですか?」
「事情があって、ここで養生させている。一回生のリーユエンだ」
ハイネルには、それが誰なのかすぐ分かった。
「リーユエンって、一回生でいきなり飛び級した子ですね。
学期末試験はすべて合格した上に全科目成績は一位だったと聞いています。
でも、どうして老師のところにいるのです?厳冬期休暇中は生徒は学舎に残らないのが原則のはずですが・・・」
第七、第八月の夏期休暇は、学院島に残り、図書館に通ってさらに勉学に励む学生はいるが、第十三、第一、第二月の三ヶ月間にわたる厳冬期休暇は、学生、生徒、それに教師さえも、厳冬期の宿直当番や、研究生物の飼育で必要などの理由がなければ、学院島から出ていくことになっていた。
それは、玄武国において、この三ヶ月間の厳冬期の気候は過酷であるため、プドラン宮の地下都市や、玄武八大公家の領地内の村や荘園で過ごすことが推奨されているからだ。
「事情は後で説明するから、その子の熱を下げて、体が楽になるような薬を処方してやってくれ」
ハイネルは、本草学の研究者で、研究棟には、種々雑多な薬草、毒草を栽培する温室があった。
その薬草や毒草、きのこなどを決して枯らさないように、一年中ずっと学院島に滞在し続け、短期の出張以外他出しない。厳冬期で、医務官は帰省して不在のため、グリムエール老師は、やむをえず、常駐のハイネルを呼び出したのだ。
ハイネルは、リーユエンを診察し、薬を処方した。
ハイネルは、一階に降りて、竈に薬缶を乗せて薬を煎じながら、グリムエールへ尋ねた。
「リーユエンの胸と背中には、神聖紋と玄武紋がありますね、それに明らかに経絡を開かれた痕がある。
こんな酷いことをしたのは、一体誰なんです?」
その時、ハイネルは、グリムエールから、他言無用で、リーユエンがヨーダム太師の直弟子であることと、法座主ドルチェンとの関係について、聞かされた。
法座主の意向に逆らい、あえて魔導士塔で養生させる理由の説明も聞いたのだ。
グリムエールの意見に、ハイネルも全く同感だと思った。
まだ成人もしていないリーユエンが、凡人の暮らしをよく知らないまま、玄武の世界だけで生きていくのは、法座主猊下がお考えのような幸せな生活とは決して言えないと思った。
そのリーユエンが今や明妃となり、玄武国第二位の高貴な身分を得ながら、多忙の身であるにも関わらず、学院のために都からはるばる北嶺の奥地まで来て、教鞭をとってくれたのだ。
それなのに、事情を知らないとはいえ、会議の場では、エスメルから一方的に責められ、ドロメル派の教師たちは、リーユエンの補講を邪魔するために、適当な理由で講義室の空き予定をすべて予約して埋めてしまったのだ。
ドロメル一族が、同じ教師であるリーユエンの足を引っ張る真似をするのは、実に許し難いと思っていた。
ただ、真っ向から逆らうには、相手の勢力が強すぎる。あからさまに歯向かうと、自分の身まで危うくなる。情けないが、あの場では、はっきり反論することができなかった。
けれど、何か自分でも彼女の役に立つことがあるかもしれないと思い、ヨーダムの元を訪ねることにした。
その日、午後の魔導術基礎編の授業を終えたヨーダム太師の元へ、ハイネルがやって来た。
ハイネルは、太師へ深々と揖礼すると、訪ねた目的を話した。
「ハイネル、良い時に来てくれた。ちょうど、わしの方からそなたに会いに行こうと思っておったのだ。実は、このクラスの生徒の一人は、本草学専攻が希望なのじゃ。それで、今月は野外学習を学習計画に組み込むことになっているから、そなたが直接、生徒たちに本草学の実地教育をしてくれないだろうか」
「喜んでお引き受けいたします。どうぞお任せください」
野外学習は、教務課へ事前に届け出ることが必要なので、ハイメルは書類を作成し、規定通りに教務課へ届け出た。
ところが、その情報を、教務課のドロメル派職員から耳打ちされた第二クラスのエスメルは、
「第三クラスだけ、本草学の専門家がついて、野外演習するなんて不公平です。
私のクラスも授業をしてください」と抗議してきた。
エスメルより狡猾なペリオンは、「ハイネル教授お一人で、生徒の世話は大変でしょう。学年合同で野外学習させていただけたら、担任が皆生徒の引率をするので、監督が行き届くと思いますよ」と、尤もらしく意見した。




