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二ヶ月間の夏季休暇も、残り十日となった。
その日、都から魔導整備士が、学院島の動力機関部の定期点検に訪れた。
一定の軌道に沿って空中を浮遊する学院島は、中央山嶺の火口から降りた地下に、浮遊動力の源である魔導動力炉と動力機関があった。
魔導術理論に基づき設計施工された浮遊島の動力機関は、必ず年に一回、魔道士である整備士が、点検整備することになっていた。
今日も、上下繋ぎの整備服を身につけた整備士を、事務局総務部長アデレンが案内した。
「去年第十二月に、大嵐の直撃を受けてしまいました」
「おや、回避措置が遅れたのですか?」
「回避措置はとっていたのですが、どうしたことか、島は我々の指定した進路から外れてしまい、結果的に嵐のど真ん中へ突っ込んでしまったのです」
整備士は眉を寄せた。
「島は、指定進路通りに移動しなかったのですか? それは奇妙ですね。
嵐を避けるための進路の設定自体が誤った訳ではなく、島の進路がずれてしまったのですか」
「はい、その通りです。おい、誰か、去年の大嵐の際の、回避進路の資料を出してくれ」
総務部長の指示を受け、機関部技師の一人が、去年の資料を持ってきた。
整備士は、その資料を、しばらくの間じっくり読み込んだ。
「なるほど、計算式も予想進路にも間違いは見当たらない。
浮遊島に設置してある魔導動力機関は、非常に操作性に優れた機関ですから、操作ミスの可能性も低いですね。
そうだ、いい機会だから、今回は、魔導動力炉の中を開けて、点検しましょう。
動力炉の点検は五十年前ですから、そろそろ確認しておいた方がいいでしょう」
そして整備士は、学院島の中央、大きな火口を開ける成層火山の最深部に降りた。
最深部は、黒い溶岩石が覆い尽くす闇の世界、そこに巨大は両開きの扉があった。
整備士が指を鳴らすと、扉の両側の松明に赤々と炎が灯った。
整備士は、その巨大な扉に近寄ると、扉の中央に刻まれた魔法陣へ手を当て、解錠の呪文を唱えた。扉が軋みながら、開け放たれた。
開け放たれた扉の向こうには、巨大な地底湖が広がっていた。
その地底湖の底に、幼児の頭ほどもある、大きな青白い球体が湖底一面に規則正しく並んでいた。
その球体は、柔らかな光を、強弱を変えながら発し続けていた。しかし、球体の中には、すでに光を失い、黒く煤けたものや、光の強弱のリズムが乱れているものが多かった。
「やはり、取り替えが必要ですね。
この地底湖に沈んでいる光る球体は太極石ですが、いくつかの石に、明らかに劣化が見られます。これが原因で、動力炉の出力が安定せず、進路を変える操作がうまくできなかったのでしょう」
このようなやり取りがあり、五十年ぶりの動力炉の点検報告を受けた学院長は、またしても頭を掻きむしりたくなった。
「なんと、動力炉の心臓部である太極石が劣化し、出力が十分でない状態にあるとは・・・」
整備士が発言した。
「動力炉内の太極石は、最近の石ではありません。まだ一部の劣化ですが、全体が劣化するのは数十年以内です。出力が安定しなければ、浮遊させ続けるのは危険です。早めの全面交換が必要です」
それを聞いて学院長は思い出した。
「確かに、動力炉の太極石は、たいそう古い石なのじゃ。あれは、巽陰大公殿下よりお譲りいただいた石なのじゃ」
初めて聞く話に驚きながら、総務部長が尋ねた。
「巽陰大公殿下とは、玄武八大公家の長老ですね。あの方は明妃に立たれたことがおありなのですか?」
「わしも詳しい年代は知らないが、あの方が殿下付きの敬称なのは、明妃であったからだ。だが実際に位につかれていたのは、少なくとも二千年以上前のことだろうな」
太極石が随分古い時代のものかもしれないと聞いた整備士は、気掛かりな点を伝えておくことにした。
「全体の劣化は数十年以内と報告しました。あくまで私見として申し上げるが、去年の嵐の回避を失敗している以上、劣化のスピードは予想以上に速いかもしれません。できるだけ、早期の交換をお勧めします」
整備士からの動力機関の報告を聞き終えた後も、学院長は頭を悩ませ続けた。
「しかし、困ったな。全面的に変えるとなると、かなりまとまった数が必要となる。法座主府に申請してもすぐに通るかどうか」
整備士が帰った後、学院長は、夏季休暇先から学院へ戻っていた魔導工学部教授のザカリンとも相談した。
整備士の報告書を一読したザカリンの結論も整備士と同じだった。
「動力炉の太極石は、一刻も早く取り替えるべきです。
太極石同士の力のバランスが崩れたら、島は大地へ墜落するやもしれません。
無事に着陸できたとしても、着陸後に太極石を交換すると、浮遊するために莫大なエネルギーが必要となり、せっかく取り替えた太極石を損耗してしまうのです。ですから、取り替えるなら早ければ早いほどいい」
学院長は、本気で太極石の交換という難題に取り組む覚悟を決めた。
翌日、学院長は、故グリムエールの魔導士塔を訪ねた。
「ほう、これは、これは、見違えるようだ」
魔導士塔は、屋根の修復も終わり、荒れていた東西南北の庭も綺麗に手入れされ、見違える姿となっていた。
塔の玄関扉を開け、中へ入った学院長はさらに驚いた。内装工事を終えた塔の中は、今から五百年余り前の、古典期の壁紙が貼られ、重厚で落ち着いた雰囲気の美しい室内へと変わっていた。
学院長の脳裏に、この塔が建てられた頃の思い出が次々に現れた。
「おお、懐かしい姿じゃ、すっかり古びておったが、この塔は、元来こういう姿であった」
二階の部屋の一つから、リーユエンが現れた。




