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その冬の休暇中、リーユエンは、グリムエール老師のもとで過ごした。
ドルチェンは、法力で、傷ついた内臓を回復させたが、その後、体が冷え切ったために体調を崩したリーユエンへ、法力を送っては寄越さなかった。
ダルディンは、再審査の際、学院の理事たちに、リーユエンの命が危険に晒されたのは、自分を立ち入り禁止にしたためだと、猛烈に抗議し、リーユエンが攻撃された場合は、同じ強さで攻撃し返す権利を勝ち取った。
これで、悪ガキの尻を蹴飛ばそうと立ち入り許可を取り消されることがなくなり、隠形術で見えないダルディンは、リーユエンがちょっとでも危害を加えられたら、堂々と、確実に、同じだけ相手にお返しした。
その律儀なお返しに、留年生グループも恐れをなし、リーユエンのことを陰で魔物と呼んで避けるようになった。
ツカリーゼは、リーユエンの話を聞くうちに涙ぐんた。
花柄のハンカチを取り出し、涙を拭い「本当にかわいそうに、大変な目にあったのね」と、同情した。
リーユエンは淡々と「結局、厳冬休暇の間、体調をすっかり崩してしまって、寝たり起きたりの状態で、老師のお世話になりっぱなしだったのです」と、締め括った。
リーユエンは、あの頃を思い返し、そういえば、あの時猊下は一度見舞いに来たきり、何も言ってこなくなったのはどうしてなのかと不思議に思った。
内出血が酷かった脇腹は、法力で手当してくれたのに、その後、ひどい風邪をひきこんで、すっかり体調を崩した時は、全く法力を送ってこなかったのだ。
グリムエール老師からは、いい機会だから、自分の体がどの程度のことに耐えられるのか、自分自身で知っておきなさいと、言われた。
確かに、あの時の経験で、法力をもらえない場合の自分自身の体力の限界を知ることができた。
その結果、卒院後一発奮起して、猊下のしごきに耐え体を鍛えまくったし、背丈もずいぶん伸びて、体力がついたのだ。
あの冬の経験が結果として、隊商を率いても無事に戻ってくることができたし、東荒の果てでも、ダルディンとミレイナ王女を無事に蜃市へ畳地連結で送り届けることにも結びついたのだ。
そう思い返すと、グリムエール老師には、全く感謝してもしきれないほどの恩があるのだ。
店を出たツカリーゼは、リーユエンへ「あなたは、旦那様のところへ戻るの?」と尋ねた。
リーユエンは頭を横に振った。「いいえ、私は学院島へ戻ります」
「えっ、どうして、何か用事が残っているの?」
リーユエンの表情がグッと厳しく引き締まった。
「パオディン様のお仕事が終了したので、調息法と導引術の指導をいたします」
ツカリーゼは、ギョッとした。
「あの二人は玄武なのよ、あなたが指導するの?」
「本格的な修行は、また玄武の方からあるでしょうが、私の見たところ、あのお二人には、基礎の基礎さえない状態です。あのまま玄武の教師に指導を受けても、お互いに困ってしまうだけでしょう。なんとか、指導を受けられる状態にまで、基礎だけでも身につけて頂こうと思います」
リーユエンは、あんな凡人以下の何もできない状態で、猊下の法学院へ入学なんてさせられない。そんなことをしたら、離陰大公閣下の顔に泥を塗ることになってしまうし、猊下の指導を直接受けた自分が、何の指導もせずに帰らせてしまっては、猊下に対しても申し訳が立たないと真剣に思っていた。
リーユエンの返事を聞いたツカリーゼの表情が明るくなった。
「そう、あなたも戻るのね。実は、私も戻ろうと思っていたのよ。休暇の間は、私、人形作りに精を出すことにしているの。ねえ、ねえ、今から、人形の材料を買いに手芸用品店を見て回るから、あなたも付き合ってちょうだい」
リーユエンの返事も待たずに、ツカリーゼは彼女を引っ張って行った。
「ツ、ツカリーゼ先生、引っ張らないで〜」
リーユエンは、連行されていった。
夏季休暇に入って二日後
ペリオンはポルブから聞き取った内容を、父であり、サラザルの当主であるデリオンへ、報告した。
報告を聞くデリオンの眉間の皺が狭まり深さを増した。
「ポルブの奴め、成績不良でもう少しで退学処分になりかけ、分家の父親が泣きついてきたので、手を回して何とか卒業させたのに、このような不品行な輩と連んで、我らの家名に傷をつけるところであったのか・・・許し難い」
淡々とした口調であるが、当主が「許し難い」と言った時点で、ポルブの運命は確定した。
そばで控えていた従僕が、すっといなくなった。
おそらく、下知へ行ったのだ。明日あたり、どこかの路上か、運河のほとりで死体が発見され、酩酊のための事故死として処理されるだろう。
「サラザルの者で、他に、この件に関わった者はいるのか」
デリオンの質問に、ペリオンは、どちらの件だろうかと思い、すぐ答えられなかった。
デリオンは薄灰色のグラス越しに、息子へ冷たい視線を向けた。
「氷漬けの件だ。これが、万が一表沙汰になり、サラザルの者が関わっていたとなれば、我々の家名に決定的な傷がつく」
「しかし、リーユエンはこの件の記憶がないそうですよ」
「事件に立ち会った者から漏れる恐れがある。この事件の関係者全て始末する方が良いのかもしれない」
ペリオンは驚愕した。当主は、平素は、迂遠慎重な方法で、物事を解決するのが好みなのだ。
サラザルの名が決して表に出ないよう、そして、依頼者はその名を決して忘れないよう、それが当主のやり方なのに、どうして、この件にそこまで強い態度で臨むのかが不思議だった。
「しかし、もう何年も前の事件ですし、被害者は卒院しているのですから、今更動けば、返って注意を引きませんか」
恐る恐る意見してみた。
デリオンは、椅子の肘掛けを人差し指で叩きながら、しばらく黙考した。




